03



「うぅっ、まだ頭が痛い……ズキズキするよ……」

「だから言ったのに。とりあえず倒れるなんて事態にはならなくてよかったけど……玲衣さん、体力ないんだから。そもそも、数日間事務所に篭りっぱなしの人が炎天下で走るとか無謀だからね。今後は無茶しないこと」

「うむ、善処するよ……」


 大人しく千晴の隣を歩く玲衣夜は、今から三時間ほど前、走り込みを始めたはいいものの、僅か五分ほどで暑さにバテてダウンしてしまったのだ。

 水分を摂ってソファで横になっていれば大分回復したようだが、陽が落ちた今もまだ少し頭痛がするらしく、顔を顰めながらふらふらと覚束ない足取りで歩いている。


「ほら、ここで座って待ってて」


 空いていたベンチに玲衣夜を座らせた千晴は、何か冷たいものでも買ってこようと立ち並ぶ屋台を順に見ていく。

 パッと目に付いたのはかき氷だ。店主にお金を受け渡している家族連れの後ろに並びながら、玲衣夜は何味が好きだろうかと考えてみる。

 ――無難にいちごか、いやでもブルーハワイとかカルピスとかドラゴンフルーツ味とか、こういう変わり種みたいなものも好きそうだよなぁ……。

 想像していたよりもたくさんあるシロップの種類に迷っていれば、背後から見知った声が聞こえてきた。


「あれ? もしかして千晴くん?」

「……こんな所で会うなんて、奇遇ですね」


 千晴が振り返れば、そこには両手にビニール袋を持った山崎がいた。

 薄っすら透けている袋には、焼きそばやお好み焼きといった出店で買ったのであろう食べ物が入っている。山崎の手元からなのか屋台の方からか、ソースの香ばしい匂いが漂ってきて鼻を擽った。


「千晴くんもきてたんだね。……ってことは、もしかして……」

「はい、玲衣さんも一緒ですよ」

「あはは、そうだよねぇ……」


 千晴の返答に、やっぱりとでも言いたげに頷いて小さく肩を落とす山崎。千晴の視線に気づいたのか、山崎は頭を振って慌てた様子で言葉を紡いでいく。


「あ、いや、別にあの人のことが嫌いとかじゃないんだよ? むしろ気さくに声を掛けてくれるし、良い人なだぁって思ってるよ。事件だってパッと解決しちゃって、凄い人だなとも思ってるんだけど……ただ、ねぇ……」

「ただ、何ですか?」

「……ほら、ウチの上司が物凄い目で見てくるからさぁ」

「……あぁ、それは確かに」


 最後は声を潜めて囁くようにして言った山崎の言葉に、なるほどなぁと千晴は頷いた。玲衣夜と山崎が雑談をしている時、理は二人の方をちらりと見ては、大抵射殺さんばかりの視線を送っているからだ。

 そんな鋭い視線を向けられた山崎はいつも震えているし、玲衣夜は……どうだろうか? 気づいているのかいないのか……でも気づいているのだとしたら、「理くんも私たちと一緒に話したいのかい?」などと言って揶揄い倒していそうだ。玲衣夜は理のことを気に入ってるみたいだし。――となるとやはり、理の視線には気づいていないのだろう。



「おい山崎、遅いぞ。何してるんだ」

「千晴、探したよ。いやぁ、座っていたら優しいご老人がジュースをご馳走してくれてね。飲んだら大分回復してきたよ」


 千晴と山崎が話していれば、そこに二つの声が掛けられたのは――ほぼ同時だった。



「なっ……何でお前がここに……!」

「おや、理くんじゃないか。奇遇だねぇ」


 方や顔を顰めて不機嫌さを顕わにし、方や笑顔でひらひらと手を振っている。


「ザキくんもいるじゃないか。今は勤務中かな?」

「あ、はい! 本当は休みだったんですけど、人手不足で駆り出されちゃって…「山崎、余計なことを言うな」はい! すみません!」


 玲衣夜に笑顔で言葉を返す山崎だったが、理にピシャリと窘められて、即座にその口を閉じてしまった。


「えぇ、教えてくれたっていいじゃないか。私と君たちの仲だろう?」

「お前と名前を付けられるような関係になった覚えはない」

「あはは、理くんは今日もツンデレ絶好調だねぇ」

「っ、誰がツンデレだ!」


 いつものように理を揶揄う玲衣夜だったが、何か閃いたのか、突然ぱっと瞳を輝かせてパンッと手を叩いた。


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