02



 ここ数日は特に仕事も入っておらず、玲衣夜はこれ幸いとばかりに一歩も外に出ることなく、事務所に引きこもっているのだ。


 元々色白で細いのも相俟ってだろうが、玲衣夜の顔はいつも以上に不健康そうに見える。本人に伝えたら「失敬な!」なんて怒られてしまいそうだが、心なしか青白い気もするし、少しでも陽の光を浴びさせてあげたい。というか、まずは外に連れ出さないと。

 オカンモードを発動させた千晴は、駄々をこねさせることなく外に連れ出すいい方法がないだろうかと思案する。そして何気なく視線を彷徨わせていれば、玲衣夜のデスクにのせられた書類の束の中からはみだしている、一枚のチラシが目についた。


「これ……」

「ん? 何だい? ……あぁ、夏祭りのお知らせだね。回覧板に挟まっていたんだよ」


 やっと上体を起こした玲衣夜は、千晴の持つチラシを見て頬を綻ばせている。


「玲衣さん、祭りは好き?」

「ん? そうだねぇ……好きか嫌いかと言われれば好きだよ」


 ――これは、出不精の玲衣さんを外に連れ出すための、いいきっかけになるかもしれない。


 開催日時を見てみれば、日付けは今日のようだ。またソファに横になってしまった玲衣夜のそばに歩み寄って、千晴はチラシを掲げて見せる。


「ねぇ玲衣さん、これ行かない?」

「ん? 夏祭りにかい? そうだねぇ、出店は大いに気になるところだけど……人混みがねぇ。それに外は暑いだろう? 私はこの極楽空間に居続けなければならないという重大な使命があってだね…「でも、夜の時間帯なら日中に比べて涼しいんじゃない?」


 意味不明な理屈をこねながら渋る様子を見せる玲衣夜に、千晴は反論する隙を与えないよう言葉を被せる。


「それにほら、玲衣さんの好きそうなイカ焼きとかりんご飴とか、色々食べれるんだよ?」

「イカ焼き……りんご飴……」

「あとは……焼きそばにかき氷に冷やしパイン」

「……チョコバナナにケバブにお好み焼き」

「わたあめにベビーカステラにフランクフルト」

「……」

「……」


 お互いに思いつく出店の食べ物を言い合い、見つめ合うこと数秒。キリッと真面目な顔をした玲衣夜は、ごくりと生唾を飲みこんでから、すぅっと息を吸い込んだ。


「……千晴……これは行くしかあるまいよ。出店が私を待っている声が、今、聴こえてきた……‼」


 バサリと毛布を落として立ち上がった玲衣夜。その瞳は生気に満ちあふれ、どことなく光り輝いているようにも見える。


「よし、そうと決まれば私は走ってくるとしよう」

「……えっ、走ってくるって……何で?」

「何故って、出店に備えて腹を空かせておかねばならないだろう?」


 当然だろうみたいな顔をしている玲衣夜だが、祭りに備えて炎天下の中走り込みに行こうだなんて思う人は、多分玲衣夜くらいだと思う。


「でも、外かなり暑かったし、止めておいた方がいいんじゃ……」


 玲衣夜は体力があるわけでもないし、というかむしろ皆無だ。

 熱中症にでもなって倒れたら大変だと思い引き止めようとした千晴だったが――その言葉は最後まで続かなかった。千晴の忠告を聞き終える前に、玲衣夜が一人で外に行ってしまったからだ。


「……はぁ、仕方ないな」


 ――正直、こんな暑い中また外に出るだなんて勘弁してほしいっていうのが本音だけど、あの人を放っておくことなんてできるわけもなくて。僕よりずっと年上のくせについ世話を焼いてしまいたくなるし……何でだろう、あの小さな背中に付いて行きたいって、そう思っちゃうんだよね。


 早々にダウンして助けを求めてくる玲衣夜の姿が容易に想像できてしまって、仕方がない人だなぁと、千晴は無意識に口許を緩ませた。

 どうせ直ぐに戻ってくることになるだろうと予想して冷房は付けっぱなしのままに、ちょんまげをして寝ぐせがついたぼさぼさ頭で出て行ってしまった玲衣夜の後を追いかけたのだった。


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