05
「あぁ、そうさ。隠したかった何かは、これで間違いないだろうね。それに此処に来る途中、虎さんが、明美さんの手の甲に引っ搔いたような傷痕があったと言っていただろう? ……そのネイルチップの裏側を見ておくれ」
藤堂がネイルチップの裏側を見れば、そこにも黒い染み――血痕が、爪先の部分に僅かに付着している。
「待ってよ、それ……真知子のと同じじゃない……」
黒髪の女性の言葉に、名を出された高木真知子はビクリと肩を震わせた。
薄紫のネイルチップで彩られたその右手で、隠すようにして左手の指先をぎゅっと握りしめている。
「さっき見た時、すべての指にネイルチップはきちんと付けられていたから……きっと予備のものを持ってきていたんだろうね」
真知子の隠された指元を見て、それは確認済みだというように漏らした玲衣夜は、一歩前に出て開いていた距離を詰める。
「……ねぇ高木さん。貴女は此処に着いてすぐ、このハンカチを失くしたと言っていたよね? それならどうして、このハンカチに血痕が残っているんだろう? 包まれていたこのネイルチップは……貴女のものじゃないのかい?」
「……それ、は……」
俯いて震える掌をぎゅっと握りしめている真知子の姿を見て、隣にいた体格の良い男性が声を上げる。
「ま、待てよ! まだそれが明美の血だって決まったわけじゃないだろ!? 真知子が明美を殺しただなんて、そんなことあるわけ…「もう、いいよ」
男性の庇う声を遮るようにして、真知子がぴしゃりと言い放った。その声は今までのおどおどした雰囲気と打って変わり、どこか冷たさを孕んだ声色に感じられる。
「そうよ、私がやったの。私が明美を殺したの」
「……動機を聞いてもいいかい?」
「……私が大介のこと好きって打ち明けたら、応援するって言ってくれたのよ。それなのに……嘘吐いて、本人に全部話して……影で私のこと、笑ってたのよ。……信じてたのに」
「っ、真知子……」
体格の良い男性――大介は、何と言葉を返したらいいのか分からないといった様子で狼狽えている。その様子から、今真知子が話したことは全て事実で、実際に明美本人から真知子の恋心を聞いていたのだろうということが分かった。
「大介に彼女がいることだって、知ってた。叶わなくても、それでもずっと好きだったから……っ、明美が話を聞いてくれるだけで、嬉しかったのに……」
静かに涙を流しながら、藤堂に背中を押されて連行されていくその後ろ姿を、玲衣夜は静かに見守っている。
「……君も、悔いているんだね」
「……玲衣さん、今何か言った?」
上空を見つめてぽつりと呟いた玲衣夜。その言葉が耳に届いた千晴は、視線を辿るようにして空を見上げながら首を傾げた。
「……このハンカチの刺繍は、クロッカスの花だね。花言葉は、“切望”“わたしを裏切らないで”“不幸な恋”。……何とも皮肉なものだねぇ」
千晴に微笑を返すだけで疑問には答えず、玲衣夜は手にしたままのハンカチに視線を落とす。
誰に聞かせるでもなく、囁くようにして言った玲衣夜。その表情からは、玲衣夜が悲しんでいるのか、怒っているのか――今、何を思い考えているのか。読み取ることはできそうになくて。
「……よし。千晴、帰ろうか」
河川敷の方へと移動し、現場にしゃがみこんで手を合わせた玲衣夜は、静かに立ち上がって千晴の隣に並んだ。
千晴がその手をそっと握れば、瞳をぱちぱち瞬いた玲衣夜はへにゃりとだらしのない笑みを浮かべて、空いている方の手で千晴の頭に手を伸ばす。
「うん、やっぱり千晴はかわいいねぇ」
「……ちょっと。僕のこと、犬かなにかと勘違いしてない?」
「ん~、しているわけないだろう? 千晴は私の大切な助手だからね」
「……ただのアルバイトに、助手は言い過ぎだよ」
「ふふ、そうかい?」
千晴はそっと視線を逸らしながらも、玲衣夜の掌を黙って受け入れている。その表情からは分かりにくいが、焦げ茶色の髪から覗く耳は薄っすらと赤く染まっていて、照れていることが伝わってくる。
千晴の頭から手を下ろした玲衣夜は、繋がれた片方の手をゆらゆらと揺らしながら、ゆったりとした歩調で歩き始める。
「よし、今日は外食にしようか」
「……え、ほんとに? 何食べるの?」
「そうだねぇ……ラーメンなんてどうだい?」
「いいじゃん。最高」
「だろう?」
足を止め、顔を見合わせて笑い合った二人は、藤堂や理といった顔見知りの刑事たちに一足先に帰ることを伝えてから、その足でラーメン屋へと向かうのだった。
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