06



 仲良く肩を並べて帰っていった玲衣夜と千晴の背を見送っていた藤堂は、斜め後ろから突き刺さる視線を感じて、そちらを見遣った。


「どうした、理。何か聞きたいことでもあんのか?」

「……」


 藤堂の言葉に僅かに逡巡するような素振りを見せた理だったが、切れ長の目で藤堂をまっすぐに見据える。


「……彼は、何者なんですか?」

「彼って、玲衣夜のことか? 何者ってそりゃあ……探偵だろ?」

「そんなことは分かってます。俺が聞きたいのは、そういうことじゃありません」


 納得のいく答えが聞けるまで引きませんとでも言いたげな強い眼差しを受けて、藤堂は困ったような顔で頭をポリポリ掻いてみせた。


「んなこと言われてもなぁ。まぁ俺もよくは分からんが……あいつが変わった奴だってことは確かだな」

「……」

「はは、んなこと知ってるって顔してんなぁ。……前にな、現場で遺体さんに向かって、玲衣夜が話しかけてたんだよ。一人で何してんだって聞いてみたら、玲衣夜のやつ、何て言ったと思う?」

「……さぁ。何て言ったんですか?」

「“――彼女の声を聴いているんだよ。この世に未練を残したまま、あの世には逝けないだろう?”ってなぁ。何当然のことを聞いてんだ、みたいな面して言われたよ」

「……やっぱり、変わった奴ですね」

「はは、だよな。けどまぁ、探偵も俺たち刑事も、事件を解決したいって思う気持ちは一緒だろ? 俺はあいつのことを、頼りになる仲間だと思ってるよ」


 既に姿の見えなくなった玲衣夜たちの去っていった方向を見つめながら話す藤堂。目元に微笑をたたえて、優しい顔つきをしている。


 「それに、俺は玲衣夜に助けてもらった恩があるからなぁ。俺にとってのあいつは――変わりもんで、けど頼りになる、お人好しの良い奴だよ」と。そう言って、少年のように無邪気な笑みを理に向けたのだった。



 ***


 二十時過ぎ、警視庁にて。事件の調書を取り終えた理は、庁内を一人で歩いていた。

 まだ片付けなければならない書類が山ほど残っているのだ。眠気覚ましに珈琲でも飲もうと自動販売機がある休憩スペースに向かえば、そこには後輩であろう先客が二人いて、飲み物片手に雑談を繰り広げている。


「――あいつ、今回も大活躍だったみたいだよな」

「俺たち刑事より活躍してんじゃねぇの?」

「はは、言えてる」


 距離があるが、その話し声は理の耳にもはっきりと届いた。そしてすぐに、玲衣夜の話をしているのだろうということに気づいた。


「でもさ……ちょっと不気味じゃね? 俺一回だけ、事件現場であの探偵の推理する姿を見たことあるんだけどさ。な~んか、一人でぶつぶつ喋ってたんだよなぁ」

「何だよそれ、独り言ってことか?」

「いや、何かさぁ……死体に向かって一人でずっと喋り続けててさ」

「は? 何だよそれ、怖くね?」

「はは、だよなぁ。やっぱ“変人探偵”って噂はほんとだったんだなって確信したよ」


 笑い声を響かせながら楽しそうに雑談を繰り広げる男たち。その頭上から――どこか苛立ちを含んだような、低い声が落ちてきた。


「……おい、お前たち」

「っ、あ、一ノ瀬さん! お疲れ様です!」

「お、お疲れ様です!」


 上司に当たる立場にして、頭の回転も速く洞察力に優れ、抜群の捜査力を誇る若手のイケメンエースとして庁内でも噂されている理の登場に、後輩二人は慌てて立ち上がりその頭を下げた。

 しかし理は、そんな二人をどこか冷めた目で見下ろしている。


「……お前ら、無駄口を叩く暇があるならパトロールにでも行ってきたらどうだ? 陰で他者の評価をしている暇があるなら、事件の一つでも解決してこい」

「……は、はい! 行ってきます!」

「し、失礼します」


 理からの厳しい言葉に大げさなほど肩を跳ね上げさせた二人は、そそくさと休憩スペースから撤退していく。

 そして、その場に一人取り残された理。誰も居ないのをいいことに、大きな大きな溜め息を吐き出しながら缶珈琲を買って、どかりとソファに腰掛けた。


「彼は、一体……」


 理の脳裏に浮かぶのは、締まりのない笑顔を浮かべている玲衣夜だ。

 いつもは能天気でへらへらしているだけの変人ズボラ人間だというのに……事件のことになれば、その推理力であっという間に真相へと辿り着いてしまう、頭の切れる男。あの手腕は只者ではないだろうと、己の勘が言っているのだ。


 ――まぁいい。彼が何者なのかは、追々探っていくことにしよう。


 ぐいっと缶珈琲を飲み干して立ち上がった理は、業務に戻るべく思考を切り替えて、休憩スペースを後にした。……自身が大きな勘違いをしていることに、未だ気づけないままに。




 一ノ瀬玲衣夜は、整った顔立ちに珍しいターコイズブルーの髪色をしていて、基本的にはシンプルな装いをしている。それは単に彼女の好みであって、動きやすいからという理由でもっぱらパンツスタイルでいるだけなのだが――そう、“彼女”なのだ。


 高身長にシンプルな服装、加えて独特の話し方や中性的な顔立ちなどから、大多数の人間に勘違いされてはいるが――玲衣夜は、歴とした“女”なのである。

 それを知る者は少ないが、別に本人が隠しているわけでもない。ただ、周囲の者が勝手に勘違いしているだけなのだ。


 ――――こうして勘違いが勘違いを呼び、一ノ瀬玲衣夜は美形だが変人である探偵(男)として、警察界隈で名を馳せているのであった。


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