第17話 里の分断

「本当に、申し開きすべきこともございません」


 碧に実質敗れた鵺と茨は、隠れ里に立ち戻っていた。長老の前で床に額をこすりつけ、二人は助命嘆願する勢いで平伏している。体の傷を癒す暇もなくここにいる二人の姿は痛々しい。

 彼らの前には感情を消した長老、浪の立ち姿がある。じっと二人の若者を見詰める視線からは何も読み取れず、顔を上げかけた茨は急いで平伏に戻った。


「……顔を上げよ、二人共」


 ため息と共に吐き出された言葉は、鵺と茨を震えさせるのに充分な威力を持っていた。そこに怒りの感情はないが、呆れや諦めがややにじむ。


「鵺、茨。何があった? お前たちが怪我をして帰って来るなりここに来るなど、今まで一度もなかっただろう」


 大抵、一度自宅に戻って休んでから報告に来ていたはずだ。隠れ里を見付けた外の人間を追い返した時も、人喰いの熊を倒した後も、この里の用心棒である二人は、涼しい顔をして報告に来ていたのだから。

 浪がそう口にすると、茨が力いっぱい握り締めた拳で床を殴りつけた。「くそっ」と憎々しげに呟くと、眼光鋭く浪を射抜く。


「長老、あれは何だ? 何処にでもいる無力な子どもが、木刀で立ち向かって来やがったんですよ。あの青い光を見た途端、鵺は退くと言うし」

「青い光だと?」


 思わず声を上げた浪に対し、応じたのはそれまで黙っていた鵺だった。


「……ええ。長老、あの光は伝説の通りなら」

「……」


 腕を組み、何か熟考する素振りを見せる浪。鵺と茨は黙って彼の次の言葉を待っていたが、浪が口にしたのは少し別のことだった。


「先程、お前たちが戻る前にあやつらがやって来た」

「あやつら、とはもしや『酒呑童子回帰派』の?」

「その通り。再び『秘匿』を渡せと迫ってきおった」


 軽く首を横に振ると、浪は苦々しげに顔を歪ませる。

 酒呑童子回帰派とは、酒呑童子の生きた時代こそが鬼にとっての理想だと夢想する連中のことだ。そのため、酒呑童子の力を受け継ぐと言われる『秘匿』の力を我がものとしようと画策し、歴代の里の人々と対峙してきた。


「今まで、あの娘程酒呑童子の、祖先の力を強く受け継いだ者はいなかった。あやつらの耳には入らぬように細心の注意を払った気でいたが、何処からか漏れていたらしい」

「紀花は、以前にも秘匿を渡せと言って来ていましたよね。確か、その時は私たちが追い返したはず。しかし、何で今更」

「秘匿がいないことが、バレたんだろ」


 違いますか? 茨が鋭い目で浪に問えば、鵺がハッとした顔で浪を見詰めた。

 二人の青年たちに見詰められ、浪は力なく頷くことしか出来ない。


「その通りだ。彼女は言ったよ。『もしも私(わたくし)たちが先に秘匿を見付け捕らえたとしたら、彼女は私たちが頂きますわ。宜しいですわね?』とな。勿論断ったが、訊く耳を持つ連中ではない」


 紀花は高笑いを残して去り、しばし後に鵺たちが戻って来たというわけだ。

 沈痛な面持ちで悔しさをにじませる浪に対し、茨は「でも」と抵抗を試みる。


「オレらがあいつらより先に秘匿を取り戻せばいいだけの話でしょう? 二度と、あの坊主に遅れは取りませんよ」

「……そう、だな。お前たち二人が奪い返せばいいだけの話、か。頼むぞ」

「「はい」」


 茨が先に出て、鵺はその場に残った。長老も彼を追い出そうとはせず、いるに任せる。


「長老、あの光は」

「ああ。……まさか、とは思うがな」


 二人の共通認識がある。確証はないが、碧が鬼の一族にとって極めて危険な存在である可能性だ。その証左の一つに、青い光がある。

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