第11話 夜に紛れた刺客

 碧の問いに応えたのは、黒髪で黒衣を身に着けた細身の男だ。鵺と呼ばれる男は、地上から自分たちを睨みつける少年に問う。問いかけと言うにはあまりにも不遜な態度で、碧はカチンときた。


「……この家に、秘匿なんて名前を持つ奴はいない」

「秘匿が不足か。我ら鬼の中でも最強の酒呑童子の力を継ぐ娘を渡せ、と言えば良いのか?」

「どちらにしろ、答える義務はない」


 鵺の言葉に内心動揺しつつ、碧は突っぱねる。


(酒呑童子のって。酒呑童子って、あの源頼光に倒されたっていう?)


 伝説かおとぎ話だと思っていた存在の名を聞き、碧は眉間にしわを寄せた。その狂暴な存在と秘翠が重ならず、困惑したのだ。

 碧の反応をどう感じたのか、鵺はため息をついて隣に立つ青年に話しかける。


「おい、お前からも何か言え」

「言った所で、結果は同じだろ? つまり、彼はお姫様を守る騎士ってわけだしな。もしくは、王子様?」


 鵺の言葉に軽い調子で応じたのは、鵺よりもガタイの良い男だ。茨と呼ばれる彼は待ち切れないという様子で軽くその場でジャンプすると、音もなく碧の目の前に着地する。


「!?」

「なあ、騎士様? オレらと一戦交えようぜ」

「は? そもそもお前らは何者……っ」


 碧が尋ね終えるよりも早く、彼の目の前を何かが通過する。跳び退いた碧の前に、何処から出したのかわからない棘のついた鞭を持つ茨が立つ。ぎょっとする碧に対し、茨はにんまりと嗤った。


「自己紹介がまだだったな? オレは茨。その名の通り、茨を中心に植物を操る力を持ってるんだ」

「植物……成程な」


 碧は納得すると共に視線を走らせる。やはり隣の家の玄関先に植えられた茨が不自然なほど長く伸び、茨の手に続いている。彼自身の言う通り、植物を自在に操るらしい。


「そういうことだ!」


 茨はそう叫ぶと、鞭とした茨をしならせた。鞭は風を斬って伸び、碧の頬を殴打しようとする。それは暴風のような速さで、碧は紙一重で後ろに跳び退いた。


「くっ」

「結構素早いじゃねえか。なら、これでどうだ!」

「うあっ」


 ぐっと伸びた茨が碧の背後を突き、背中を殴られた碧が地面に転がる。アスファルトが擦れて、火傷したように熱を持つ傷を作った。じんじんと痛むが、碧はすぐに立ち上がる。

 碧に睨まれ、茨は嬉しそうに手元に戻した鞭を撫でた。針のような棘が無数についている鞭だが、何故か茨の手を傷付けることはない。


「これぐらいで倒れられたら、つまらないからな」

「――ほざけ」


 余裕の笑みを浮かべる茨に対し、碧は手にしていた木刀を正眼に構えた。木刀程度で倒せる相手だとは碧も考えていないが、せめて追い返さなければと気合を入れる。


(そもそも、こいつらは何者なんだ?)


 酒呑童子の名を口にした彼らの正体は何か。見た目は碧たちと何も変わらないが、力が桁違いに強いように感じられる。茨の攻撃で凹んだアスファルトの道路を見て、碧の危機感はより高まっていく。

 背中の痛みは引いていないが、碧は絶えず襲って来る鞭を躱し続け、自分の足にもう片方の足が引っ掛かって転んだ。その際、背中が強い痛みを発する。


「――ッ」

「痛いだろ? ただの人であるお前が、オレらのような鬼に勝てるわけがないんだよ」

「お……に、だと?」

「そう、鬼だ。酒呑童子から連綿と続く、正統なる一族。人であり、力を持つが為に人として扱われなかった、哀れな者たちの末裔なんだよ」

「茨、喋り過ぎだ」


 茨の発言を止めたのは、一切の動きを見せていなかったもう一人の男だ。彼は自分を「鵺だ」と名乗り、茨の隣に飛び降りて立ち上がった。鵺に叱られ、茨は悪びれる様子もなく「すまんな」と軽く謝った。

 茨の言い方にむっとしたらしい鵺だが、仲間割れを避けるために何も言わない。その代わり、膝をついて自分たちを見上げる碧を見下ろした。

 碧は茨の言葉に驚き、呆然と呟く。


「鬼が本当に存在するなんて……」

「鬼など、我々を同胞と見ようともしないお前たち人の付けた名だ。だが、我々は人への憎しみを封じ、密やかに血を繋いで来た。……それも秘匿の力あればこそ」


 眉間にしわを寄せ、鵺は左手で何かを払う仕草をする。すると、彼の手が通ったところに黒々とした靄が浮かび上がった。

 碧が呆然とそれを見詰めている間に、鵺は力を使って靄を鴉の形に変える。鴉は一度羽ばたくと、ぐんっとスピードを上げて碧に突進して来た。


「うっ」


 木刀をかざして鴉から身を守った碧は、旋回して再び向かって来た鴉の動きを躱して木刀で足を打つ。悲鳴を上げた鴉がじたばたと乱暴に羽を羽ばたかせると、碧はもう一度攻撃をあてようと木刀を振り上げた。


「これでっ……何っ!?」

「残念だったな」


 碧の木刀は空を斬り、鴉の姿は跡形もない。振り返ると鵺が嗤っており、彼の手のひらの上に小さな靄の塊があった。


わたしの力は、幻影をつくること。お前が見た鴉は実態を持たず、敵に傷を負わせる。その代わり、鴉自体に攻撃を加えることは不可能……。木刀が当たって苦しんでいるように見えたのは、ただの演技だ」

「――くそっ」


 自分の手が全て無駄だったと言われ、碧は奥歯を噛み締める。徐々に背中を始めとした全身の傷が疼き、意識を保っているのが難しくなっていく。

 それでも諦めず立ち上がる碧に対し、鵺と茨は感心した顔を向けた。


「なあ、鵺。次で最後にしてやろうぜ。何か、こいつ頑張ってるし」

「そうだな。こいつを殺した後、自宅を探せば秘匿も見付かるだろう」

「ふざ……けんな。俺はまだッ」

「じゃーな?」


 碧の精一杯の抵抗を撥ね退け、茨は使っていた茨の先端を千切り、鋭利な刃物へと変化させる。それを仰向けに転がした碧の首筋に付け、にやりと嗤った。


「可哀そうだし、一瞬で終わらせてやるよ。感謝しな」

「……」


 このままでは殺される。碧は必死で次の手を考えるが、思考の半分以上を死の恐怖が支配して考えがまとまらない。つ、と首の薄皮が切られ、生々しい血のにおいが鼻を突いた。


(死ぬのか、俺は。約束、守れないなんて……そんなのは嫌だ!)


 碧の脳裏に浮かんだのは、死を受け入れようとしていた秘翠の顔。彼女が本当に笑えるようにと願った自身の願いを思い出し、碧は力の入っていなかった木刀を持つ手に力を籠める。

 瀕死だったはずの少年の様子がおかしいことに気付き、茨はわずかに刃物を持つ手に力を入れた。すぐにでもやらなければ、と本能が告げる。


「何、だ」

「――茨、離れろ!」


 茨が動くよりも先に、鵺が変化に気付いて警告を発した。

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