第13話『合否の難航』

「ようやく、彼女に届いたのだな、何百年、いや何千年、この時を待って居たのだろうか」


 一人の男が、激情に声を震わせながら美しく整えられた庭園を窓から眺めている。

 しわついた手で杖を握りしめながら、落ち着き払った様子で机の向こう側に佇む女性に向き直った。


「それで、ナタリア君、メアリー・ホーソン様のテストでの様子を聞かせてくれたまえ、私は忙しくてな、ああ、直接お会いしたかった…」

「理事長、その、ホーソン様のテストについてお話が」


 紙束を抱える女性は、四角い眼鏡のガラス越しに理事長を一心に見つめている。

 その様子から何かを汲み取った理事長は、嫌な予感を覚えたが冷静な態度を乱しはしない。


「どうした、設備がひとつやふたつ吹き飛んだのか、それくらいの魔法を使ってもおかしくは無いお方だ、仕方あるまい」

「端的に申しますと、テストの合計値が」

「合計値が?」


 ナタリアと呼ばれている女性は、抱えていた紙束から数枚を引き抜き机の上に並べていく。

 理事長は椅子に腰かけながら、その資料に目を通そうとした……がそれよりも早くナタリアがその問題点を告げた。


「合格ラインに、届いていません」

「……それは、あれか、測定不能みたいなアレか」

「いえ、知識の試験においての点数は平均点数よりも大きく下回っております、面接試験は、平均点数に並ぶ程度でした」


 聞けば聞くほどに、理事長にとって想定外の事実が浮き彫りになっていった。

 使い魔が猫であることや、不正では無いものの道具を利用して実技試験に望んだことなど、想定していたイレギュラーから大きくズレたイレギュラー。


「……それで結果の実技試験の点数は」

「これも、平均点数を、少し下回っています」


 理事長は頭を抱えた。比喩的にも、物理的にも。

 メアリー・ホーソンが受験に参加したことは、その当日に理事長の耳に届いていた。

 そこからは、メアリー・ホーソンが試験など当然のごとく合格するものとして手を回し、動いていたのだ。


「……どうしようか」

「生徒ではなく、教員として彼女を引き止める、もしくは裏口入学ですかね」

「いや、いやいや、いやぁ」


 どうしたものかと天井を仰いでいたその時、扉から重い音が部屋に響いた。

 理事長は、扉に向かって声を上げる。


「ああ、構わん、入りなさい」

「あの、失礼します」


 現れたのは髭の長い教員だ。

 理事長はその教員へと問いかける。


「どうした?」

「実技試験場の修復をおこなっていた際に、生徒の魔法の点数を誤って採点していたことが判明しまして、その生徒の資料がこちらにあると聞いて、早めに対処しないとまずいもので」


 それを聞いた理事長とナタリアは目を見合わせる。

 改めて理事長は、教員へ粛々と問いただした。


「……メアリー・ホーソンのものか」

「はい、その生徒です」


 理事長はひっそり深呼吸を1度だけして、教員再び問いかける。


「何があった?」

「植物を芽吹かせる魔法、として採点していたのですが、色々と、認識が間違っていたようで」

「詳しく聞かせてくれ」


 希望と同時に嫌な予感もまとわりつく、そんな居心地の悪い感覚に襲われながら理事長は話の全容へと踏み込んだ。

 理事長の命令なのであればと、教員は説明を始める。


「通常、植物を咲かせる魔法の類は、地表に植物を出現させるというものですが、メアリー・ホーソンの使った魔法は、石床を突き破り地中まで根が張っていました」


 瞬時に成長した状態の植物を呼び出すのであれば、表面に召喚するのが基本なのだ。植物を魔法で根から成長させるのには時間がかかってしまう。

 しかし、たしかに教員がメアリーの魔法を見た時は、植物が一瞬で闘技場を覆ったのだ。その為に教員はメアリーの魔法を通常の植物魔法だと判断した。


「しかも、その植物群の中に小さなものですが、独自の生態系が築かれている」


 教員はポーチから取りだした小瓶を机の上に、ゆっくりと置く。その小瓶の中では赤い蝶が羽をゆっくりと開閉していた。

 その蝶の羽は、まるで赤い煙でできているかのように目に映った。


「この虫は、未だ発見されていない新種です、これ以外にも新種の虫が多くみられたようなので、生物学担当教授たちがこぞって、現在回収中とのことです」


 一通り説明し終えた教員は、申し訳なさそうにしながら「あのう……」と切り出して言葉を続ける。


「その資料の、実技試験の紙だけ貰えれば」

「ん、これだな」


 理事長はちょうど目前にあった1枚の資料を、教員へと手渡した。教員はポーチに小瓶をしまい込み、代わりに羽根ペンを取り出して資料を訂正していく。


「はい、どうも…………よしと、はい、ありがとうございます、では失礼して」

「ああ、後で資料はナタリア君が返しておくよ」

「それは助かります」


 教員は一礼すると、扉をゆっくりと閉じた。

 その姿を見送った理事長は、ナタリアに視線を移すと疲れたように息を吐きながら質問をした。


「それで、ナタリア君。どうかね点数は」

「理事長、点数の合計値が……」


 ナタリアの言葉に、理事長は眉間によったシワを親指と人差し指で挟んだ。

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