第8話『魔女、街を冒険する』

「おぉー」

「列車好きなの?」


 橋の上から走る列車を眺めるメアリーと、不思議そうにその様子を眺めるアイアミ。

 かれこれ30分近く変わらない景色に、アイアミは少しつまらなそうにあくびをする。


「うん、さっき初めて見たんだけど、なんかすごくて好きよ」

「メアリーって、田舎から来たのね」

「田舎、かなぁ?」

「周り緑しかないから田舎みたいなものにゃ」


 黒猫に指摘されて、少し不服そうにしながらメアリーは痺れを切らしたアイアミに手を引かれながら街を歩く。

 ふとガラス細工が並ぶ店の前で立ち止まり、メアリーはガラスに描かれた精密な絵を見入った。


「絵が動いてる……」

晶盤ホルス、訓練された鳩を使って遠隔地に映像を伝送して受像機にその映像を映す日用品ね、これも知らないとなると、本当に森に住んでたりしたとしか思えないわ」


(あってる……)


 なぜだか分からないが、メアリーは少し悔しく思い口をつぐむ。


「森に住んでるにゃねぇ」


 そんなことを言う黒猫の頬を引っ張るメアリー、アイアミはそんな様子を気にもとめずにガラス細工を弄っている。


「色んな番組があって面白いわよ」


 アイアミが振り返ると、メアリーは反対側のお店に釘付けになっていた。

 ショーウィンドウに並ぶ魔法使いのためのローブや帽子が、魅せるように並べられている。


「……綺麗」

「いいわね、見ていく?」

「い、いいのかな……」

「いやお店だし、いいに決まってるでしょう……」

「そうじゃなくて、なんか、こう、きらきらしてて私には厳しいというかなんというか……」


 若者の文化にずけずけと押し入っていいものだろうかと、メアリーはしりすぼみをしている。

 そんなメアリーの背中を物理的に押しながら、アイアミは魔法や列車を眺めていた先程のメアリーに変わって目を輝かせる。


「ひゃ、ひゃぁ、最近の若者はこんな、派手なのを……」

「メアリーも若者でしょうがー、これとかどうかな?」


 アイアミが差し出したのは、黒を基調し所々青く刺繍が成されたローブ。

 現在のメアリーが着用している黒一色のものより、細かく作り込まれている。


「似合う似合う!」

「うーん、確かにこれなら」


 ほぼ強制的に試着を促され、少し落ち着かない気分でメアリーは鏡に映る自分を見つめる。

 いつ見ても変わらない自分の姿が、少し違って見えたメアリーは嬉しそうに着用していたローブを抱きしめた。


「色暗めなのが好きなのよね、そのローブ見たらわかるわよ」

「うーん、そ、そうかも?」


 そのローブというのは、メアリーの真っ黒なローブのこと。

 好きというよりも黒いローブが魔女の鉄則だと思っていただけなのだが、確かに暗い色の方が好む傾向にあるかもしれないとメアリーは着用したローブを見下ろす。


「……」

「それ気に入った?」

「うん、これ好きかも」


 というわけで、購入を決定したメアリーは恐る恐るローブをレジへと持っていく。

 アイアミは店員を呼んで着たまま帰ろうと言ってくれたが、着用した状態で帰るには、今のメアリーに勇気が足りなかった。


「あの、これ」

「はい、ありがとうございます、えっと、代金は銀貨12枚ですね」

「うーんと、これで支払えますか?」


 財布なんて、いつぶりに開けただろうとメアリーは考える。

 いやそもそも開けたことないかもしれないと、内心苦笑しながら店員に財布の中身を渡す。


「あの、すみません、通過で支払って頂かないと……」

「え、あっ、ご、ごごめんなさい!」


 ありえないほどの気まずさに、たじろぐことしか出来ないメアリーを仏頂面で黒猫はしっぽを揺らしている。


「えっと、どうしよう通貨とか持ってないよ猫さんっ!」

「知らんにゃ」

「猫さん!?無慈悲すぎるよ!?」


 騒がしいメアリーの様子を、商品を見ていたアイアミが覗きに来た。


「どうしたの?」

「いや、そのお金なくて」

「ふぅん、まあ別に貸すけど」

「え、いや!ダメですよ!お金の貸し借りは!」


 年下の子供にお金を借りるなんて、大人としてどうなのかと。メアリーは慌てて、よく分からない理由で断った。

 そこに店員が申し訳なさそうな感じで、メアリーに渡されたものを返す。


「ていうか、店員さんに何渡したの」

「これしかなくて…」


 店員に渡したそれを、アイアミに手渡す。


「……え?」


 手渡されたそれを見て、アイアミは固まってしまい。

 心配そうに見つめるメアリーに、アミアミはたどたどしく言葉を紡ぎ始める。


「魔晶石の金塊……えっとじゃあ、そうね、それひとつ、貰うから……金貨10枚?以上の価値はあると、思うけど、一旦これで交換でいい?」

「ほんとに、本当に申し訳ないです……はい」


 結局、通過を恵んでもらってしまったメアリーは申し訳なさそうに肩をすぼめている。


「いや、ほんとに、魔晶石の金塊とか初めて見たよ……そっちの方が価値あるってば」


 そんなこんなで、メアリーはローブを新調することが出来た。

 魔晶石の金塊を目の前に持ってきて眺めながら、アイアミは呟いた。


「どんな田舎から来たのよ本当に」

「えっと、動物が沢山いるところ……かな」

「動物ねえ」


 変な生き物が沢山いる森に住んでいる、なんて言うとそれこそ変に思われかねないとメアリーははぐらかして答える。

 時間もたち、どうやら試験を終えた学生たちの帰宅団が押し寄せているらしく魔法使いばかりが道を歩んでいる。


「あ!おいお前さ!!」

「……?」


 突然声をかけられ、慌てるメアリーだったがどうやら声の主の魔法使いの女の子はメアリーに用はないようだ。

 用があったのは、アイアミの方らしい。


「どうせコネかなんかで受かるんだからよ!わざわざハードル上げんなよな!!お前のせいで主特生しゅとくせいのハードルが上がんだよ!!」

「やめときなよ……ヴァルテリナ家の人にそんなこと言ったらまずいよ……」


 まくし立てる少女に、心配そうに後ろから服をつまむ少女。どちらも試験からの帰りらしいことはメアリーにも察しは着いた。


「はぁ、私があなたが言うように、ハードルが上がる、ような魔法を使ったとして選考はひとりひとりを分けて選んでるんじゃないの」


 心底面倒くさそうにするアイアミと、その態度に余計に腹を立てる少女。

 下手に口出しをできないメアリー、そして同じく狼狽えている後ろの少女と目が合ったが、すぐに視線を逸らされてしまった。


「12人だぞ!選ばれるのは!!たった12人だ!お前がその中の一人分を無駄に浪費してるんだよ!どうせ卒業しても成功が約束されてるやつがよッ……とにかく、迷惑なんだよ」


「私は自分の実力を見せただけ、それが試験の内容だったから、あなたが主特生に選ばれなかったら、自分の実力のせいよ、人のせいにしないで」


 ここは年長者として仲裁に入ろうとしたメアリーだったが、話の内容が点で掴めないため、とりあえず話を理解するためにメアリーは。


「しゅとくせいって?」


 喧嘩中の本人に、直接聞いてみるのとにしたのだった。

 そして黒猫は目を上に向けて、頭を空っぽにすることにした。


「ん?ああ、えっとね、試験の時に成績が優れていた12名が……なんて言うかな、こう、注目の生徒として選ばれるっていうか」

「へえ……なんだかすごいね」


 目を閉じて頭を整理しながら頷くメアリーの様子に、アイアミは少し気を緩めて息を小さく吐いた。


「まあ、優遇されるのよ、学園内での扱いとか卒業後のキャリアとかね、ちなみにこの主特生たちのことを十二使徒って言うのよ」


「な、なるほど」


 「それとメアリー、主特生は12名だけ選ばれるわ、けど決してそれが不動のものってわけじゃない、主特生じゃなくとも成績だったり何か成果を成し遂げたなら、12名の中の1番重要性が低い者から入れ替えられるの」


 目を細めて、喧嘩腰だった少女を見やるアイアミ。

 周囲はこの揉め事から距離をとっているが、野次馬がいないという訳ではなかった。むしろ遠巻きに野次馬に囲まれているような状況だ。


「いわばサバイバル、不満があるならあとからでも上り詰めればいいんじゃないの」


 一触即発いうような空気感が、辺りのざわめきでさえ掻き消した沈黙。

 しかしアイアミが喧嘩腰の少女に見せつけるように、辺りを見渡してみせた。それに釣られるようにその少女も辺りの野次馬に気づいたようだ。


「ねえ、もう行こうよ」

「わぁったよ……けど、お前」


 最後に完全に気を緩めていたメアリーに、その少女は言葉を投げかけた。

 突然のことに、投げかけられた言葉を返すことが出来なかったメアリーを差し置いて少女は言葉を繋げる。


「取り巻きになるつもりか知らねえけど、そいつ有名なだけで、一緒にいてもいいことがあると思わねえ方がいいぞ」


 そう言うと、ふたりは野次馬の中へと消えていった。

 しばらくして、また道を人々が行き交い始める。皆がアイアミを盗み見て通り過ぎて行った。


「えっと、知り合いだったの?」

「ううん、知らない人」


 知らない人、という事実に驚きながらメアリーは話を変えるための話題を頭にめぐらせる。


「アイアミって有名人だったのね」

「私じゃなくて親がね、魔女競技のトップランカーだったのよ」


 目線を右下へやりながら、少し苦そうな顔でアイアミは言葉を落とした。

 そんなことはつゆ知らず、メアリーはまたしても聞いたことの無い言葉を反芻する。


「魔女競技……」

「……まさか」


 唇に折り曲げた指を当てながら、下の方へと視線を向けるメアリーを見て、アイアミは次にくる言葉を悟った。


「魔女競技って、どんなの?」

「やっぱりそうきたか……」


 アイアミはメアリーがどんな田舎に住んでいたのか、余計に気になったのであった。

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