第三章

 サロンを出た僕たちは正面の扉に向かって進んだ。玄関から入った時に右に見えた扉だ。

 その向こうには廊下が伸びていて、左右にあるいくつかの扉を巡っていくようだ。


 最初に入ったのは娯楽室だった。真ん中にビリヤード台が設置されていて、壁際にはキューを立ててある。

「藤谷くん、キューをよく見てごらんよ」

 南さんがニヤリとする。それを見て下柳も疋田に同じように声をかける。

 イタズラっぽく笑う三人に嫌な予感をしつつ、キューの方に向かう。疋田と目が合い、思わず笑ってしまった。

 恐る恐る二人でキューに近づき、観察する。

 しかし白い木製の普通のキューに見え、先ほどソファのような狂気は感じられなかった。

「藤谷さん、ですよね。裏側とか持ち手のところに何かあるんですかね、これ」

 疋田が不意に話しかけてきた。そう言われるとそれも怪しく感じてしまう。

「抜いてみましょうか。ビリヤードなんてほとんどやったことないけど」

 頷きを交わし、十本ほどあるキューの疋田は左から三番目を、僕は右から四番目を手に取る。

 手がじっとりと汗ばんでいるのを感じる。

 意を決して勢いよく引き抜くと、バキリという鈍い音がする。手にかかる抵抗がフッと軽くなりさらに勢いがついたせいで尻餅をついてしまった。見ると僕の持ったキューが中ほどで折れてしまっていた。

 やってしまった!恐怖のあまり勢いをつけ過ぎたか⁉︎と折れてしまった手の中のキューにパニックになる。

 とにかく折れた部分を確認しようとラックに目をやると、上に真っ直ぐ倍近い長さに伸びたキューを掴んだ疋田が唖然として手元を見つめていた。

 冷静になった途端後ろで三人の笑い声と手を叩く音が耳に入ってきた。

「藤谷くん!ナイスリアクション!」

 一際楽しそうに南さんが声を出す。つまりこれは出来の良いイタズラグッズというわけだ。

 僕の選んだものは音を立てて折れたように見え、疋田が選んだものは抜こうとしても伸び続けて一向に抜けないという仕掛けだった。

 全く子供じみているが館の雰囲気と、作りのしっかりとしているせいでまさかこんな仕掛けがあるとは予想もつかない。

「そのラックはね、左から数えて奇数番目のキューにはそんな仕掛けがしてあるんですよ。二人とも当たりを引いたようですね」

 三橋さんが満足げに笑う。恥ずかしさと悔しさで笑うしかなかった。


 次に入った音楽室にあったのはイタズラグッズではなく、一段高くなったステージの上の透明なグランドピアノだった。

 屋根や脚柱、突上棒はクリスタルガラス製。それだけでなくピアノ線もテグスのような透明な糸、それを打つハンマーも透明。白鍵と黒鍵の区別はなく全てが無色透明で、実用よりも見た目のデザインが優先された代物だった。

 思わずおお、と声が出た。

 それを見て三橋さんは前に進み出て登壇すると、これもまた透明な椅子につくと短い曲を弾いてみせる。音楽には明るくない僕には普通のピアノとなんら遜色ない音色に聞こえた。即興のコンサートが終わり拍手が上がると、恭しく頭を下げてまた笑いを誘った。


 部屋を出る時、入る時には気が付かなかったが扉の両側に燭台が置かれているのに気づいて大いに気味の悪い思いをした。

 それぞれ男と女が蝋燭を立てる台を持っており、全身にガラス製の蛇がいくつも巻きついている。こちらの蛇は無色ではなく、男の方は緑色、女の方は紫色に着色されている。どちらの蛇も真紅に輝く目をしており、印象的に見えた。

 先に出た四人に続いて扉を抜けながらちらりと見ると、彼らと目が合ってしまい、心臓が早鐘を打った。

 いよいよ楽しいばかりではない、狂った趣味の館に入ってしまったのだと思わざるを得なかった。

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