第二章

 ここで人物の紹介をしておこうと思う。

 前述した通り南さんは僕が通っているバーの経営者で、今回の会に僕を誘った人物である。

 いつものように店に立ち寄って一人でグラスホッパーを飲んでいたある日、その話を持ちかけてきた。

「ねえ、藤谷くん。変な家具見たくない?」

「変な家具?どういうこと?」

 食いついてきた、と左の口角だけを吊り上げニヤリとする。

「うちのお客さんにさ、三橋家具の前の社長さんが居てね、変わった家具を集めて住んでるんだよ。それを見せてくれるんだってさ。四年くらい前に行った時に今度は知り合いを誘っておいで、って言われたから藤谷くんどうかなって」

 少し酔っていた僕は、緊張よりも好奇心が上回り、是非とも行ってみたいと返事をした。

「三橋家具って結構大きい会社でしょ?顔も知らない僕が急に行って大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。現役の頃は上昇志向が強いちょっと怖い人だったらしいんだけど、五年くらい前に息子さんに社長の座を譲ってからは丸くなって、お孫さんと二人暮らしだってさ」

 それを聞いてますます好奇心の方が勢いを伸ばした。

「じゃあ今週の土曜日の二十一時ね。場所は後で送るよ」

 不意に舞い込んだ珍しいイベントに帰り道は少々浮き足立っていた。


 それからこの会の主催で、この館の主人である三橋家具の前社長の三橋菊道さん。

 先ほど対応してくれたメイドと孫の直久くんと悠々自適に暮らしているそうだ。

 直久くんの父親である三橋家具現社長の慎次郎さんは、仕事が多忙を極めるためなかなか家に帰れず、母親は三年ほど前に癌で亡くなってしまった。

 息子が妻を亡くしたのとちょうど同じ頃、自身の妻を病気で亡くした三橋さんは直久くんを預かることにしたのだと言う。

 直久くんの面倒を見るのに都合が良かったのと、広い館に一人きりはやはり寂しかったのではないだろうか。


 僕と南さん以外の二人の男はそれぞれ下柳と疋田という名前だった。聞いたところ僕と同じでバーの常連だという。下柳は前回南さんとこの回に参加したそうで、友人の疋田を連れてきたのだ。職業は下柳がコック、疋田が映像制作の仕事をしている。

 サロンでは僕と南さんの向かいの側の席に並んで座っている。


「さて、皆さん本日はお集まりいただきありがとうございます」

 三橋さんがそう言って立ち上がる。

 それを見るとなんとなく居住まいを正してしまう。これが貫禄というものだろうか。

「これから皆様にはこの館に集めたちょっと変わった家具たちをご覧頂きたいと思います」

 三橋さんがチラリとこちらに目をやる。

「おかけのソファのような強烈なものは多くはない、と思いますのでご安心を」

 静かな笑いが起こり、場の空気が和む。照れているような表情を見ると疋田という男も到着した時は僕と同じような反応だったのかもしれない。

「さて、行きましょうか。ああ、篠宮さん。今日はもう帰ってかまわないよ、お疲れ様」

 いつの間にか出入り口のそばに控えていたメイドが静かに頭を下げ、「では失礼いたします」と返事をして出ていった。

 三橋さんが扉へ向かい始めたのを合図に僕らはそれぞれソファから立ち上がり、移動を始めた。

 期待と恐怖の混じった妙な高揚感が否応なく心に湧き上がってくる。

 まだあのような事件が起こるなどと想像もしていない。


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