第四章


 音楽室を出て少し進むと廊下はここで左に一度折れている。

 曲がり角の壁にタペストリーがあった。先ほど音楽室で見たような蛇は巻き付いていなかったものの、磔のように両手を広げ両足をまっすぐ伸ばした姿勢の男の首にかけられている。タペストリーは緑色の地に毒々しいオレンジ色で幾何学的な模様が刺繍されており、こちらはこちらでなんとも気味の悪いものだった。

 できるだけそちらを見ないようにしつつ、三人についていく。

 先頭は三橋さん。続いて南さん、下柳、僕、疋田と並んでいた。

 後ろの疋田と僕はすっかり疲れてしまって、時々顔を見合わせては力なく笑い合った。

「さて、次はこちらの部屋です。どうぞ」

 扉の先は今までより少し広い空間で壁の四面は造り付けの本棚になっている。

 図書室のようだ。街の図書館と違い、きっちり資料が詰められているというよりも読書を楽しんだり、調べ物をするための部屋、といった趣きで中央の空間にはメモ帳やペンが置かれたテーブルがに二つ用意されていた。

 今度はこのテーブルに何か仕掛けが……?と胸に不安が忍び寄り始めていたその時。

 そのテーブルに誰かが座っているのに気づいた。

「おや、直久。何をしているんだこんな時間に」

 壁にかけられた時計を見るとおそらく二十一時二十分ごろを指していた。

 おそらく、というのは何やら文字盤の数字がごちゃごちゃとした計算式の形しておりそのまま針の先に数字がなく、アナログ時計なので位置で推測したためである。

 三橋さんは黙ったままいる直久に無言で近づいていく。さっきまでと随分違う雰囲気だった。

「来なさい」

 そう一言こぼすと、彼の手をぐいと掴んで引っ張り、半ば無理やり連れてこちらへ戻ってくる。

「すみませんな、すぐ戻りますのでこちらのお部屋で少々お待ちいただけますか。本も自由に手に取っていただいて構いませんので」

 僕らの返事を待つこともなく、さっさと出ていってしまう。直久の俯いた顔の怯えて見開かれた目が目に残った。

 バタンと扉が閉じられ、僕らは追いかけることもできずとにかく待つことしかできなかった。廊下から聞こえた泣き声が遠ざかっていくのが微かに聞こえた。夜更かしを叱られたのだろう。しかしあの恐ろしいほどの冷酷な扱いにうら寒いものを感じざるをえなかった。

 少し経って、三橋さんの声が図書室に響いて来るのが聞こえた。詳しくは聞き取れないが激しい調子であることはわかった。


 それから三十分ほどその声が聞こえていたが、その声がある時、パッタリと止まったのである。

 どうやら終わったようだ、と僕ら四人は目で同意する。僕は南さんになんとなく小さな声で話しかける。

「かなり激しい調子だったね。そこはやっぱり元やり手社長の教育ってことなのかな」

「うん、かなりだったね。ギャップというか、やっぱり穏やかなばっかりじゃ社長ってのは務まらないのかもね」

 しかし、お説教が済んだはずの三橋さんはしばらく待っても戻ってこなかった。声を落としているだけなのかとも思ったが、胸騒ぎがした。

「南さん、二人がどこに行ったかわかる?」

「え?うーん。多分上の三橋さんの部屋にいたんじゃないかな。上の方から聞こえた気がするし」

「一緒に様子を見てこよう」

 下柳と疋田にここで待っているように伝えて、僕ら二人は玄関ホールの階段から二階に上がった。

 灯りがポツポツとしか灯っていない二階は薄暗かった。

 廊下には花瓶を置いてあるミニテーブルが距離を置いて並んでいて、黒い普通のテーブルと、変わった形、分離した二つのパーツを鎖で繋いであるものやうずくまった子供、床から水が噴き上げているようなものなどが、ついになる形で並んでいてまた不思議な空間を演出していた。

「確かこちら側の奥に……」

 そう呟き進む南さんに着いていく。確かここだ、という扉は他の扉と違い、中のあかりが灯っているのがわかった。

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