第九話 春夏秋冬カノジョ
季節は春。
新しい出会いの季節であり、別れの季節でもある。
この四月から、俺たちは高校二年生になった。
そんな中、俺は四季子に呼び出されたのである。
しかも、呼び出された場所は、一年前と同じく学校の屋上だ。
屋上に行ってみると、すでに四季子は待っていた。
四季子は屋上の手すりに両手を置きながら、遠くの風景を眺めている。
その姿はとても絵になっており、まるで一枚の名画のようだった。
しかし、四季子に声をかけようとしたところで、俺は思わず足を止めてしまう。
四季子の様子がおかしい。
なんと髪の毛の色が黒髪から徐々に変色していってるのだ。
そして、髪の毛の色は完全なピンク色に染まった。
ピンク色の髪の毛……。
間違いない、彼女は春風だ。
「は、春風なのか……?」
「お待ちしておりました、彼方さん。わざわざご足労いただきありがとうございます」
春風は笑顔で俺を迎えてくれた。
その笑顔が嬉しい反面、俺はある不安を抱く。
やっぱり、今の俺では本当の四季子を認識できないようだ。
「どうしたんですか、彼方さん?」
「いや、何でもないよ……」
「そうですか。そういえば、今日も髪の毛を下ろしているんですね。そのお姿も素敵だと思います」
「ああ、ありがとう」
四季子と季咲さんが仲直りした日、俺はもう一人の自分を演じるのをやめた。
いや、やめたというより、必要なくなったのだ。
今の俺には、四季子と季咲さんという、信頼できる人たちがいる。
なので、自分を偽るのをやめて、彼女たちと真っ直ぐに向き合うことを決めたのだ。
「それで? なんで屋上なんかに呼び出したんだ?」
「まあ! 今日は記念日ということをお忘れなのですか?」
「記念日……?」
「今日はわたくしたちが恋人になった記念日ではありませんか。なので、思い出の場所である屋上にお呼びしたんですよ?」
「あ、ああ、そうだったな……」
まずい、完全に忘れていた。
そういえば、今日だったな。
もう一人の自分を演じなくていいと思っていたら、ついそのことを失念してしまっていた。
よくよく考えれば、この季節は毎日のように春風と接することになるんだよな……。
春風は意外と積極的だ。
おそらく、記念日とかも結構覚えているだろう。
これからは気をつけて毎日を過ごさねば……。
それにしても、春風と会うのは久しぶりだから、ちょっと緊張するな。
「その様子だと完全に忘れていたようですね。少しがっかりしましたわ」
「ご、ごめん……」
俺は素直に謝る。
春風は頬をぷくーっと膨らましながら、いかにも不服そうな目つきでにらみつけてきた。
これはまずいな。
たぶん、怒っている。
なんとか機嫌を取らなければ――。
「嘘です。怒ってなんかいませんよ。安心してください」
「ほ、ほんとにごめん。これからは気をつけるよ」
どうやら春風の機嫌は損ねずに済んだらしい。
俺は安堵のため息をつく。
すると、今度はクスリと笑われた。
「ふふっ、またこんな風に彼方さんと会話ができて、とても嬉しいです。今日で最後なのが、少し残念ですけどね……」
「お、おい、それってどういう意味だよ?」
春風は一瞬悲しげな表情をしてから、すぐに笑顔へと戻る。
そして、自分の腕をもう片方の腕で掴んだ。
「そのままの意味です。今日を境に春から冬にかけてのわたくしたちは消えてしまうんですよ」
「な、なんでだよ……?」
「理由はよくわかりません。だけど、もう少ししたらわたくしたちがいなくなる、ということが強く感じられるのです」
「そ、そんな……」
「だから、今日わたくしたちは彼方さんに別れの挨拶をしにきたんです。あ、心配しなくてもいいですよ。元の人格はしっかりと残るので安心してください」
「そ、そうか……」
俺はホッとする。
しかし、春風は寂しそうに微笑むだけだった。
だが、またすぐに満面の笑みを作る。
「それではまず、わたくしから挨拶をさせてもらいますね」
「……わかった」
「彼方さんは最初わたくしを見たとき、驚いていられましたよね。まあ、無理もないでしょう。誰でも最初はそうなります。でも、彼方さんはわたくしのことを『彼女』として認識してくださいましたね。そればかりか、手も繋いでくれました。わたくしはすごく嬉しかったんですよ?」
「俺も初めはドキドキしたけど、春風と触れあえて嬉しかったよ」
「ありがとうございます。お花見でのことや、カラオケに行ったときのことは、わたくし一生忘れませんわ」
「ああ、俺もずっと覚えてるよ」
「それでは失礼します。改めて、ありがとうございました、彼方さん」
「ありがとう、春風。きみの優しい笑顔に俺は救われたよ」
「……はい!」
春風の体から、ピンク色の光があふれ出し、徐々に消えていく。
春風は最後まで、笑顔を絶やさずに消えていった。
次の瞬間、春風の体から黄色い光が飛び出してくる。
それを纏ったとき、今度は茶髪でポニーテールの少女が姿を現す。
どうやら、次は夏帆のようだ。
「おう、久しぶりだな、ともくん」
「ああ、そうだな」
「うちが一番印象に残ってるのは、ともくんと海に行ったときのことかな。ともくんと海で遊べて楽しかったぜ」
「あのときは、疲れるまで遊んだよな」
「そうそう。でも性格は変わっても体力は変わらないから、すぐにバテたけどな」
「それは俺も一緒だよ」
「それで、一番嬉しかったのは、姉貴を助けてくれたことかな。結局、あれは姉貴の自作自演だったけど、ともくんは本気でうちの家族を大切に想ってくれた。それが嬉しくて、あのときはともくんに惚れ直しちまったぜ」
「お、おう……。なんか恥ずかしいな……」
「あと……あのときは殴ってごめんな」
「あのとき……? ああ、俺がお前の水着を――」
「ストーップ! 詳しく言わないでいいから」
「わ、悪い。あのときはごめん」
「大丈夫だ。ま、まあ、今は逆に見てほしいくらいだからな……」
「……え?」
「じゃあな、ともくん! もう会うことはないだろうけど、本物のうちをよろしくな。今までありがとう」
「ああ、わかったよ。今までありがとう、夏帆」
夏帆は笑顔で腰に手を当てていた。
それから全身が黄色い光に包まれる。
そして、夏帆を包んだ光はあっという間に消えていった。
今度は赤色の光に包まれた、赤い髪でツインテールの少女が現れる。
間違いない、彼女は秋葉だ。
「オッチー久しぶり。元気にしてた?」
「ああ、元気だよ」
「よかったー。ところで、オッチーは秋葉との思い出でなにが一番印象に残ってる?」
「うーん……、やっぱりハロウィンのときかな」
「秋葉と一緒じゃん! あのときのコスプレ大会楽しかったよね。あとスイーツパーティーも」
「あのときはガラにもなくはしゃいだな」
「でもね、一番驚いたのは南雲駅前通りのごみ拾いのボランティアだったんだよ。あのとき秋葉は確信したの。オッチーは見た目は不良だけど、ほんとは優しい男の子だってね」
「あのときは一緒に手伝ってくれて、ありがとな。秋葉のそういうところが俺は好きだよ」
「もうっ、オッチーったら。恥ずかしいよー。もっとどんどん好きって言ってくれてもいいんだよ?」
「調子に乗るな」
「へへ、怒られちゃった。……じゃあ、秋葉もそろそろ行くね。今までありがとうオッチー。楽しかったよ」
「楽しい思い出をありがとな、秋葉」
赤い光に包まれた秋葉は、笑顔でピースをしながら、だんだんと消えていった。
それと同時に白い光が吹き出し、体を包む。
それから、冬乃が現れる。
「彼方……」
「よう、冬乃」
「アタシ、ずっとアンタに謝りたかったの。あのときはアンタの言葉を無視したり、勝手にアプリをいれて監視したりしてごめん」
「もう過ぎたことだよ。俺は気にしてないから安心してくれ」
「……ありがと。アンタはやっぱり優しいね」
「そういえば、クリスマスのときはすごいデレデレしてたよな。ギャップがあってめちゃくちゃ可愛かった」
「――っ!? そ、そういうの、面と向かって言われると恥ずかしいわね」
「俺は事実を言ったまでだが」
「ああ、もうそこまで! アタシからもお別れの挨拶を言わせなさいよ」
「悪い悪い」
「……クリスマスのとき、観覧車に乗りながら綺麗な夜景を見たことはずっと忘れないから」
「ああ、俺も忘れないよ」
「ありがとう。こんな性格の悪いアタシといてくれて」
「俺は冬乃の彼氏なんだから当然だよ。それに、彼氏は彼女の悪いところを許してやるくらいの甲斐性が必要だからな」
「ふふっ、そうね。彼方らしいわ。それじゃあ、今までありがとう。また会えたら今度のクリスマスもイルミネーションを観に行きましょうね」
「ああ、約束するよ」
冬乃は笑顔で手を振りながら、光とともに消えていく。
そして、最後に残ったのは、一番最初にこの屋上で出会った四季子であった。
「やっぱり四季子が本当の姿だったんだな」
「そう……みたい」
四季子は腕を後ろで組み、もじもじとしている。
その表情は少しだけ不安げだった。
俺が黙っていると、四季子は意を決したように口を開く。
「あの……智輝は残ったのが私でがっかりしてない?」
「……は? そんなわけないだろ」
「だって私には、春風のような優しさもないし、夏帆のように周りを元気にすることもできない。秋葉のように積極性もないし、冬乃みたいなギャップもないんだよ? こんな私が智輝の彼女でいいのかな、って思って……」
どうやら、四季子はなにか勘違いをしているようだ。
まったく……。
そんな心配はいらないのに。
俺は四季子に近づき、頭を撫でる。
突然のことに、四季子は驚いている様子だ。
それから、俺は優しく微笑みかける。
「そういえば、去年はお前から告白されたんだよな?」
「え? あ、そ、そうだけど……」
「じゃあ、今年は俺から告白させてもらえないか?」
「と、智輝? そ、それは、どういうこ――」
俺は四季子が言葉を最後まで発する前に、優しく抱きしめた。
そして、心の底から想いを込めて、ずっと言いたかった言葉を口に出す。
「四季子、俺はきみが好きだ。だから、これからもずっと俺のそばにいてくれないか?」
「――っ!?」
四季子は返事をせずに俺を抱きしめ返す。
よく見ると、四季子の目からは涙が流れていた。
しかし、それは悲しみではなく、たぶん喜びの感情によるものだろう。
だって、彼女は笑っていたのだから。
「私もあなたのことが大好きです。あなたに出会って、私は初めて恋を知りました。本当にありがとう。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします」
四季子は涙を流しながらも、満面の笑みを浮かべていた。
俺はそんな彼女が愛おしくて、もう一度強く抱きしめる。
そして、そのまま互いに顔を近づけてキスをした。
もちろん、今度は頬っぺたにではなく、唇に。
四季子とのファーストキスは、甘くてしょっぱい味がした。
春夏秋冬カノジョ 松川スズム @natural555
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