【H+3h22m~H+7h42m】
【永禄十六年(1573年)急襲作戦当日 H+3h22m 小黒丸城】
周囲の掃討は済み、新田勢の本陣組は近隣にある小黒丸城に入っていた。
きっちりと縛り上げ、また、抵抗をあきらめた様子であることから、俺はソントウ……、足利尊棟との一対一での対面に入っていた。
「沿岸航法を越えての蒸気船による突貫なんて、戦国の域を越えている。ルール違反だろう」
詰問というには、口調は柔らかい。
「それを言うなら、大砲についても、戦国統一オンラインでは対象外のはずじゃないのか?」
「戦国統一シリーズで大砲を扱っていなかったのは、戦国前期から中盤までは出てこないし、鉄砲に加えてとなると煩雑に過ぎるというバランス上の判断だったんだと思う。織田家の野望の方では、採用しているタイトルも多かったし、戦国の範疇から外れてはいないだろう」
淡々とした声音は維持されている。まあ、大砲の開発は新田の方が先だったのだろうが。
幾つかの開始時期を設定することで、戦国初期も含めて対象として来た戦国統一シリーズに対し、織田家の野望の方は、主役を信長に据えていることもあって、後期が中心になる場合が多かった。戦国の終焉期、あるいは後始末時期の大坂冬の陣、夏の陣あたりでは、かなりの量の砲弾が大坂城に浴びせられたわけで、そうなれば盛り込むべきなのだろう。三、四十年あとの話ではあるが。
さらには、マルチプレイのタイトルなどでは、初期から兵種の一つとして採用されるケースすらあったようだ。
「関ヶ原モード的な決戦を挑んできたのはわかる。ただ……、戦国統一以外のSLGでの関ヶ原モードに馴染んでいて俺も気付けなかったんだが、関ヶ原、設楽ヶ原の戦いは、秀吉亡き後の豊臣政権内部での主導権争いであって、別立ての勢力が雌雄を決する場ではないんじゃないか? ましてや、南北朝になぞらえられそうな現状では、よりそぐわない概念だろう」
俺がぶつけた疑問に、十六代将軍閣下は意外そうな、不本意そうな表情で応じてきた。
「それはもちろん、わかっていたさ。そちらが奥州に深入りしているのが悪いんじゃないか。そこをほどほどにして、織田を踏み潰すなり上杉を従属させるなりして畿内に入っていれば、そちら勝利でのエンディングだった。当初は、震電か陸遜が新田の家中にはいるものの、方針決定権まではないのかも、と分析していた。だが、お前が当主だったからには、待たれているのかと思ってたんだが」
「いや、陸遜以外の所在はつかめていなかったし、そもそもこの時代に来ているのかも、また、生き延びているかどうかもわからないと考えていた。畿内に踏み込まなかったのは、武田、上杉との不可侵の約定で塞がれたからでな」
「お前なあ……。ソロプレイモードの認識だったんなら、なおさらもっとまじめにやるべきだったんじゃないのか」
足利十六代将軍は憤然と言葉を続けた。
「動きがないから、東西を分け合うまで待たれていたものかと思っていたんだ。ならばと、わざわざ東西朝なんて演出までして、華々しく決着をつけるつもりだったのに、こんないなすような手を使ってくるとは……。まあ、瀬戸際認識だったのなら仕方ないか」
「悪いな。確かに、こちらは必死だったんだ。家族もいたし」
「あの娘たちか……」
苦笑を浮かべたソントウは、ふと窓外に目を向けた。
「関ヶ原ではどうなっているかな」
二人の間では、北陸での戦いの様子が伝われば、両陣営がすぐにも開戦するだろうことは確かめる必要もない事柄だった。
「お前がこうして急襲してくる以上、対策がされていないはずもない。残念ながら、ゲームオーバーだな」
「買い被りだが、構えているのは確かだ」
「だよなあ。……できれば、敗れるにしても決戦によって、というのが好みだったが、まあ、悪くないプレイだった」
「なあ、ソントウ。本気で、足利家の名誉回復を狙っていたのか?」
「史実では、さすがに情けない滅び方だったからな。時代の流れだと言ってしまえばそれまでだが」
「今回で、お前の中では足利の復権は成功したのか?」
「ああ、このプレイではきちんと戦い、きちんと敗れた。奇襲は無効だなんて言うつもりもない。関ヶ原に乗るも乗らないも、そちらに委ねたわけだからな」
「畿内を直接支配して、持久戦に持ち込めば、そちらに負けはなかったんじゃないのか」
「んー……、そうだな。どうしても勝ちたかったわけでもない。お前と正面から、ほぼ互角の戦力で雌雄を決する機会を逃すわけにはいかなかった。経済力と物量で押し潰すんじゃ、つまらないだろう?」
ソントウの言葉は、必ずしも強がりだとは言い切れなかった。
外洋船による外洋からの突貫は、なにも新田の専売特許ではない。精強な水軍によって、東国沿岸を荒らし回る動きをされたら、ジリ貧に追い込まれていただろう。
そして、逆のことが新田にできたかと言われると、心許ない面がある。民との近さが、足利と新田では異なるという事情もあった。
口に出さなくても、俺の認識は共有されているのだろう。ソントウが全力でリアルな戦国ゲームをプレイしてきたのに対して、俺は戦国転生の認識で、震電ではなく新田護邦として人生を過ごしてきた。
対手が戦国ゲーム的な行動制限を自らに課していなければ……。できること総てを行って新田を潰しに来ていたなら。
「俺は、お前が当然だと考えていたルールを無視していたんだな」
「なに、ルール設定はそれぞれにするものだ。自由度の高いゲームなら、どう自らを縛ってプレイするかが、本質ともなる。気に病む必要はないさ」
これもまた本気の発言であるようだ。同じルールで、出発点も同等にして争っていたなら、どうなっていたのだろうか。立場が逆になっていた可能性も充分にあった。それでもなお、ソントウはいいプレイだったと認識しているようだ。
「それに、剣術の腕も思う存分に試せたしな。あの太宰府天満宮での剣術大会は、素晴らしい時間だった。技術は未来の方が上かもしれないが、気迫や心根となると話は変わるからな。本当に、生きていてよかったと思えた」
「柚子はまだ、戦い足りなさそうなんだが」
「あの娘は、強くなるだろうな。今回の斬り込みの際にも、格段の進歩を遂げていた。ただ……、俺には、彼女が到達する境地を見届けることはできない。それは純粋に残念だ」
「見届けられないのか?」
「斬首が相当だろう。よくても切腹だな」
今上を吉野に追いやろうと策動して逃走を促し、いざ去られたら別の帝を擁立したからには、そう考えるのも当然なのかもしれない。
ただ……、それもまた芸がない。
「なあ、ソントウ。ものは相談なんだが」
「うん?」
「新たなゲームを始めないか?」
「戦国剣術ゲームか? 確かに決着をつけたい剣豪はいるが」
「いや、違う。ましてや、柚子を相手にした戦国恋愛ゲームでもない。そんな展開は俺が許さない。……もっと、お前好みのタイトルさ」
捕縛した敵将に伝えるべき内容は、なかなか派手なものになりそうだった。
◆◆◇永禄十六年(1573年)H+4h53m 関ヶ原東◇◆
新田護邦と足利尊棟が関ヶ原に想いを馳せていた頃、その東方、美濃の竹中半兵衛の旧領辺りに置かれている東軍の本陣では、緊迫感は保ちつつものんびりとした空気が流れていた。
越前強襲がこの日に行われるというのは、当然ながら彼らにも伝達されている。嵐でもあれば延期されるとの話もあったが、実施方向だとの二日前時点の状況を知らせる伝令は、今朝早くに到着している。
そもそもが十日ほど前からの急な計画だったので、予想される強襲に対応した砲兵陣地の大転換には多くの手数を要したが、それも今朝には完了している。
上泉秀胤が率いる砲術部隊に、築城、土木担当の黒鍬衆だけでなく、一般の兵員も投入されての徹夜続きの突貫工事は、祭りの様相を呈して賑やかに行われた。その達成感も、この日の昼過ぎまでの仮眠で区切りがつけられようとしていた。
関ヶ原方面の主将は、明智光秀が務めている。方面軍は真田幸綱、師岡一羽が束ね、上杉、織田の軍勢も近隣に配置されていた。
砲術系は上泉秀胤が束ね、全般的な連携は用土重連を軸に、上杉からの河田長親、織田からの池田恒興らが担当している。
鉄砲隊は雑賀衆に、阿南姫、佐竹義重が指揮役を務める新田陣営の精鋭が揃っている。また、各種部隊を率いて関東を任地とする諸将が参集していた。
「動くとしたら、そろそろですかな」
師岡一羽は、軍師的役割から軍団長的な方向にシフトしており、家中でも指折り数える統率役となっている。応じたのは、重鎮的存在である真田幸綱だった。
「越前から近江までは、早馬なり忍者なりでも数刻といったところだからな。想定通り、一報を受けて急進してくるとしたら、間もなくだろう」
越前奇襲案を耳にしたときには驚愕した彼らだったが、そもそもが関ヶ原での七夕決戦に付き合う必要はないとの理解に至れば、やるべきことは見えてくる。
従来は七夕を期して両軍が関ヶ原に進み、一大決戦が行われる想定で物事を進めてきた。大砲の運用にしても、どれだけ早期に黒鍬衆を砲兵陣地の予定地に到達させ、工事にかかれるかを繰り返し調練してきた。
だが、現状では、いきなり動き出した敵を迎え撃つべく、準備が進められている。
「今日の奇襲が成功すればよし、そうでなければ……」
光秀はそう言いながらも、祈るような面持ちである。越前強襲部隊の勝利条件も、彼らは把握していた。
「最悪は、北陸攻めの軍勢の壊滅ですな。さらに言えば、我ら関ヶ原勢が大敗し、突破されるまでを考える必要がありましょう」
真田幸綱の口調に悲壮感はあまりない。護邦の最悪のところから考えていくやりようは、特に幹部勢に色濃く伝播していた。
「そうなったら、佐竹、宇都宮らと戦ったときのような、軍団単位のゲリラ戦で抗戦しましょうぞ。防衛陣地に拠れれば、逆転の目もあります」
砲術家となりつつある上泉秀胤は、陣地構築の重要性を熟知している。新田の各地にある大砲やバリスタなどの兵器類を投入すれば、ある程度の戦力差のある相手とでも一蹴は避けられるとの自負が彼にはあった」
「けれど、殿は関東や奥州を焦土にする展開を望まれましょうか」
師岡一羽の言葉に、方面軍の総大将が応じる。
「それは確かに。ならば、蝦夷地に向かいますかな」
「いや、いっそ海を渡るのはいかがか」
そう口にしたのは、鉄砲隊を束ねる将の一人である佐竹義重だった。
「さすが、明への渡航経験のある義重だな。香港か?」
「いえ、香港は柑太郎様には狭い。あめりかとやらを斬り取りましょうぞ」
緊張感は漂っているが、縮こまる風土は新田にはない。大真面目で提案する義重の様子が周囲の笑みを誘う。
新田の嫡子である柑太郎は、職人仕事に触れて、世界との関わりに興味を持ったようだ。その言動は、当主が還らぬ人となっても、束ねとなりそうと目されていた。厩橋にいる新田柑太郎の左右には、事実上の軍事・政務のナンバーツーである青梅将高と芦原道真が控えている。奇襲部隊が全滅する事態ともなれば、幼い当主をこの二人が支えることになるのは、家中での共通認識となっている。
にこやかな表情で応じたのは、本来なら柑太郎の隣にあってもおかしくない光秀だった。年齢的な問題もあるが、男装の宰相の隣にいるべきは青梅将高だと本心から思える人物でもある。
「それもまた、楽しそうではあるが……、その未来は潰させてもらう。ここで勝つぞ。越前がどうなっていても、仮に全滅していたとしても、こちらで勝てば新田の天下だ」
全員が表情を改めて応じたとき、伝令が飛び込んできた。関ヶ原を抜けて、騎馬が駆けて来ているというのである。その旗指し物は、敵勢進出を表すものだった。各自が床几を蹴り、持ち場へと駆けていった。
先立つこと一刻。関ヶ原の西側入口近くで行われていた足利幕府首脳陣の会合は、あっさりと打ち切られた。
「結局は、各自の好きにするということか」
吉川元春の呟きに、応じたのは島津氏の当主である義久だった。
「棟梁不在ですと、直臣衆にまとめられる人材はいないようですな」
「双樹殿がおられれば、話はまた別なのでしょうけれどな」
穏やかな口調で、小早川隆景が応じる。毛利元就亡き後、毛利家はこの息子二人が事実上の指導者となっていた。
軍議では、全軍で越前へ救出に向かうべきだと主張する者もいたが、新田が仕掛けた以上は、尊棟が脱出するかどうかが総てで、いまさら介入しても意味がない、との見解も強い支持を集めた。
そうであるなら、関ヶ原に突入して、東方の敵を蹴散らすべきだ。それが、総ての状況を通じての当主の心に沿う振る舞いである、との耽羅の星主の主張は、同席者の心に染み通っていく響きがあった。
「あやつらは、結局のところ、戦いたいだけではないのか」
吐き捨てるような元春の言葉に、隆景が応じる。
「そうかもしれん。ただ、主将の安否が不明な状態なら、手近な敵勢に突撃するという話もわからないでもない。武田と蒙古が動くのなら、座視しているわけにはいくまいよ」
彼らの視線の先では、キリシタン大名勢が声高に突入の相談を進めていた。彼らまでが前進するのに、後れを取るわけにはいかない。毛利の首脳二人がそう感じるのも、無理のないところだった。
従来からの幕臣衆は手勢をまとめて越前へ向かい、他が関ヶ原に突入する形となった。
七夕が迫ってはいても、関ヶ原への進軍はこれまで東西両陣営とも行ってはいない。紳士協定というわけでもないが、特に西軍においては、突発的な戦闘を招けば棟梁の機嫌を損ねる恐れがあると考えられていたのだった。
まず進んだのは、武田と蒙古勢だった。一方の東軍側からは、上杉輝虎、真田昌幸、黒田孝高の軍団が進み出ている。
武田はまっすぐに上杉の毘の旗目指して進んでいく。蒙古は、残る二つの軍団へと急進した。
両軍が接触するかしないかというところで、後続の島津、毛利、キリシタン大名勢も進軍してくる。たまらぬといった風情で、黒田、真田の両軍は退いていった。
蒙古勢は、上杉と戦う武田の助勢に向かうことはせず、追撃態勢に入る。他の大名勢も続いたが、大友宗麟だけは上杉勢を背後から衝こうとする動きを見せた。一方で、武田勢は上杉と正面から激突していた。
信玄が率いているからには武田軍なのだが、実際には甲斐信濃の出身者はほとんど軍中にはいない。足利尊棟が手ずから集めた騎馬向きの兵を中心に集められた兵たちは、けれど充分な練度を保っていた。新足利幕府の主戦として各地を巡ってきたからには、将兵の気心は知れている状態だった。
「ちょっと追撃が激しすぎやしないか」
真田昌幸が漏らす泣き言めいた言葉に、矢沢頼綱が叱咤に近い反応を返した。
「言っても仕方がありますまい。こうなれば、もはやてんでばらばらに逃げるしかありません。それでもお役目は達せられます。それ、官兵衛殿もそうしておられますぞ」
「なんと、あやつには負けてはおられぬ。者ども、散れーっ。一人でも多く生き延びるのだ」
おうっと応じた周囲は、駆け散りながら指示を伝えていく。
若い二人が率いる軍団は、偽りの敗走をして敵部隊をおびき寄せることにあったが、蒙古勢に喰い破られつつあった。
「しかし、見事な馬を使っておる。蒙古も新田馬に勝らずとも劣らぬ馬を使っていようとは」
愚痴っている間に放たれた矢に追いつかれそうになり、昌幸はあわてて馬の脚を早めた。
勝らずとも劣らないのは当然で、蒙古勢が使っている馬は、ほぼ総てが香港に持ち込まれた新田馬だった。蒙古の血を継ぐ者たちだけに、いい馬を求める気質も強く備えており、香港から上海へと運ばれた馬たちが高値で購入されたのだった。上海から済州島へ、そこから長崎、瀬戸内航路で堺へと運ばれて、彼らが騎乗する流れとなっている。
蹂躙に近い状態だが、彼らは新田の陣地へと逃げ散っていた。
突撃はせずに、蒙古勢が右回りで回避コースを取る。勝ち逃げは許さないとばかりに、鉄砲と大砲が火を吹き始めた。
位置取りから開戦時期まで、互いに智謀を絞り合うのがこれまでの上杉輝虎と武田信玄の戦いだった。けれど、遭遇戦に近い状態から、武田は力押しを仕掛けている。
上杉勢が多くの経験を持つ将に率いられているのに対し、信玄が率いるのは個々の能力こそ高いものの、中級の指揮役が育っていない軍勢だった。
それでも猛攻は実り、将旗をたなびかせた一群の騎馬が上杉の本陣へと迫ろうとしていた。実際には、信玄が自ら率いているのを察して、銃撃や遅滞戦術を手控えた者も幾人か存在していた。臨時に上杉勢に組み込まれている飫富昌景、春日虎綱もそのうちに含まれた。
上杉の本陣にも、鉄砲隊は配備されている。けれど、銃声が轟くことはなかった。
とはいえ、警護の任に当たる者たちも、さすがにそのまま通すわけにはいかない。信玄の周囲の騎馬は一揆ずつ脱落し、将の身体にも幾つかの傷がついた。それでも馬を駆って、軍神と呼ばれる将の元へ到達する。
剣撃が交わされたのは、多分に儀礼的なものだった。それほどに、斬り込みの力は弱まっていた。
「そこまで弱っているのに、どうして……」
「新田布団の上で事切れるなど、ぞっとしないからな。将軍殿への義理もある」
「言い残すことはあるか」
「義信の……、行く末を見守ってやってくれるか」
「ああ、それは、我が甥っ子の役目になるかもしれんが、承った」
刺突が、信玄の左胸を刺し貫いた。ニヤリと笑った武田の将は、乗馬から崩れ落ちた。黒馬が、心配そうに主に寄り添う。そちらに柔らかな視線を向けた輝虎が。大音声を発した。
「信玄に殉ずる者は、この上杉がお相手致す。立ち去るものは追わない」
その宣言は、木霊のように上杉の前衛へと口伝てに広がっていった。
「後方の大友はどうされますか」
「蹴散らせ」
すぐに反応したのは、飫富昌景と春日虎綱で、新田流の戦術を駆使した彼らは、上杉勢と共に大友の手勢を散々に打ち破ったのだった。
真田昌幸と黒田孝高の軍勢を潰乱させ、新田の陣地に遠矢で一撃した蒙古勢は、悠々と転進して関ヶ原へと戻っていった。戦機を図った一撃離脱の動きは、かつて欧州を蹂躙した蒙古の末裔との名乗りに恥じないものとなった。新田側の大砲、鉄砲による攻撃は、大きな戦果には結びつかなかった。
対して、続いて関ヶ原の東に抜けた西方の諸大名の軍勢は、そのような機敏さを持ち合わせてはいなかった。
蒙古軍の後に続いていたつもりが、いつの間にか先頭に立たされていた毛利は集中砲火を浴び、状況がわからぬままに突き進んだ大村、有馬勢は包囲殲滅される流れとなった。島津だけは途中で転進を図ったものの、蒙古勢ほどの意思疎通ができておらず、半ばほどが取り残され、絶望的な退却戦を繰り広げることになった。
関ヶ原へ入った蒙古勢は、上杉と大友勢の戦闘を横目に、悠然と近江へと抜けていく。対して、退却してきた毛利は牽制攻撃を仕掛けて上杉の猛攻を呼び込み、ここでも回避策を取った島津とは対照的な展開となった。
東軍の方は、黒田勢と真田勢の損耗はやや大きいものの、早期に軍勢を解散させたことで、死者は見かけほど多くはなかった。その他の新田勢については、被害はごく少数に留まった。
追撃としては、光秀の下知によって、黒田孝高と真田昌幸が待機させていた騎馬鉄砲隊による猛追を実施し、特にキリシタン大名勢を散々に打ち破る展開となった。これは、戦果拡大というよりは、多くの被害を出しながら軍功の大きい両名への配慮の面もあったろう。
ただ、追撃は関ヶ原の出口までに留まった。越前での結果がどうなったのかは、彼らにとっても注視すべきこととなった。
◆◇◆◇◆◇◆
【永禄十六年(1573年)急襲作戦当日 H+7h42m 鯖江】
近江から進出してきた双樹の手勢と合流したのは、急襲実施日の日が暮れた頃だった。網を張っていた彼女は、顕如ら本願寺の首脳を捕縛していた。
「あなたが震電よね。早速だけど、西軍とすぐに開戦するの? ソントウの扱いは?」
「足利尊棟は、殺さないつもりだ」
「本当にいいの? 帝を追放して、傀儡を擁立した形になり、正当な帝のおられる東国と敵対したわけだけど」
双樹の言葉に、急襲成功後に合流した陸遜が、うんうんと頷いている。
「弑逆や幽閉を避けるために、黒田孝高を使嗾してわざと逃げ道を用意したわけだから、謀反には該当しない」
「それは無理筋じゃないかなあ」
「顕如の身柄と、西の玉体を差し出せばなんとかならんかな。さすがに、不問に付すわけにはいかないから、国外追放ってとこで」
「うーん、ぎりぎりアウトかな」
「その上で、西国の平定に注力ってとこでどうだ」
「新田の下で?」
「ああ、東朝の正当性を認め、新田の傘下に入る」
「まあ、二人で話が済んでるならいいけど」
初対面ながら、古馴染みに思える女性は朗らかに微笑んでいる。
「それで、双樹は何を望むんだ?」
「関わった人の安全を確保するために、力を借してほしいかな。その後は、陸遜と共に生きていくわ」
「は? ……二人は、どういう関係なんだ」
「今日が初対面だよ。……元時代では、オンラインで交流はしていたけど」
「それにしても、陸遜……、やっと会えたわね」
「ああ、結婚の約束までしてたのに、長かったよなあ」
見つめ合う二人に、俺は月並みな問い掛けを投げることしかできなかった。
「なんだって?」
「いや、だから、ずっとお互いを探していたんだって」
「十三年……、元時代の一年も合わせれば、十四年だもん。こんなにかかるなんて」
詳細に聴取したところ、事前にバーチャルで付き合っていて、あのオンラインゲーム大会の日が初のリアル対面になるはずだったそうだ。
その後、相手がこの世界に来ていたとの確証もないままに、互いに伴侶を得ずに、純愛を貫き通していたとか。それで、お市の方を娶らせるとまで言われても、結婚しなかったのかっ!
ふざけるな。戦国転生戦記物かと思っていたら、純愛物語だったとか、舐めているのか。まったくもう。
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