【永禄十年(1567年)六月下旬】その一


【永禄十年(1567年)六月下旬】その一


 駿河では、今川が統治機構の再編を推し進めていた。どうも、これまでも改革したいと思いながらも、じり貧の情勢のために果たせていなかったのを、新田の外圧という形で実行に移しているらしい。


 豪族勢とのしがらみも絡んでいたのが、今後は純粋に統治能力で組み上げればよいとあっては、張り切るのは無理もないのかもしれない。幾度かの訪問時に、有能そうな人物についてはチェックしてあるので、伝達するとしようか。


 内政面だけを任せる方式は、新田領内でも初めての形となる。有能さを示すようなら、駿河の本領はそのままで、よその地方の統治に携わってもらうのもありかもしれない。伊達と南部を抑え込み、武田と和議を結べれば、ひとまず明白な敵対勢力との隣接はなくなるわけで、内政ターンとの捉え方もできる。全国制覇を目指すためには、手詰まり状態と評すこともできるのだけれど。


 東海方面では、武田と松平への使節派遣が決まっている。今川氏真に加えて、新規の統治域を任せたばかりの北条氏規にも出向いてもらう形となる。


 武田の当主となった義信は、今川氏真の妹を正室としているし、北条氏規にとっては亡き兄の未亡人が義信の妹にあたる。甲相駿三国同盟の絆は、血脈面でも増強されつつある状況だったと見ることができる。今川義元が信長に討たれていなければ、歴史はどう動いていたのだろうか。


 なお、氏政の遺児である氏直は、まだ幼少で健在である。


 一方で松平の当主である家康は、若い頃は今川に人質に出ていたため、氏真はもちろん、わりと最近まで半ば今川の家臣的な状態だった北条氏規とも顔見知りだそうだ。


 道は分かれていくにしても、少なくとも現時点では旧交を温めておいてもらえれば意義は大きい。まずは勢力間の信頼感醸成に一役買ってもらうとしよう。




 奥州方面については、三日月から気になる報告が入った。関東の高利貸しの幾人かが、奥州入りしているのだという。


 彼らが拠点を移していくこと自体は、別段不思議ではない。まして、新田の領内では、室町幕府が出していた利率制限を拝借する形で、厳格に運用しているわけだし、立ち去るのは無理もないとも言える。


 高利貸しから事業会社に転身して成功している者たちもいるが、全員がそうできるわけでもないし、したいわけでもないだろう。


 一方で、新田と高利貸しとの間には、やや特殊な因縁が生じつつある。かつて、今川領の沿海部を削ぎ取る形で西進した際、関東で成立した新田包囲網と呼ぶべき一連の挙兵は、高利貸しの者たちが深く関与したとの調査結果がもたらされている。


 新田の施策に反発する高利貸しを束ねて、各勢力に資金提供をしつつ、新田の動向を伝達して挙兵時期を制御し、さらには互いに所領争いをする演技をさせて意図の秘匿を図る。その一連の企みを主導したのは、かつて焼き討ちした安照寺で住職の寵愛を受けていた聖哉という名の稚児の少年だったらしいのである。


 三日月が追捕の手を伸ばして深傷を負わせたのは確かなのだが、生死は確定していない。存命なら、青年期に入っているだろうか。


 その新田包囲網の際のような、各態様の高利貸しが連携して行動している、というわけでもないようで、奥州への転身組に安照寺の稚児出身の人物は見当たらないとのことだ。


 それでも、三日月ら忍者勢からは転出した高利貸しらを皆殺しにしようと提案が上がってきていて、どうにか押し留めている状態だった。元時代の感覚が残るせいもあるかもしれないが、高利貸しとして反新田感情を抱いているというだけで殺すのは、やりすぎに思えている。


 ただ……、そのうちの一人でも積極的に仕掛けてくるようなら、味方の死者が増えるのかもしれないとの迷いも脳裏にはあった。




 各勢力の動きで目立つのは、南部勢の北進だろうか。南方の不来方周辺を平らげて、軍勢が北へと転進しているそうだ。北上組には、三戸氏の一部と八戸氏、北氏、南氏の各支族に、南部領に組み入れられた国人衆から、阿曽沼氏、和賀氏、稗貫氏も含まれている。


 そうなると、九戸氏、久慈氏とはっきりと向かい合う形になるが、彼らは既に防戦態勢を整えているはずだ。


 南奥州は、伊達と真っ向から対峙しているが、即座の全面攻勢を仕掛けるつもりはない。次の主戦場は、北奥州の南部戦になるだろうか。


 現状で一番厄介となるのは、南部と伊達が一致して、連携して新田に対抗してくる展開だったが、それはどうやら避けられそうな雲行きである。南部が南下して不来方まで到達してもなお、間に葛西、大崎、小野寺といった勢力が間にあるため、そういう機運は生じづらいのだろう。


 北奥州での新田勢の顔触れとしては、北畠勢に飫富昌景軍団が、大浦には春日虎綱軍団がそれぞれ合流し、従来からの常備軍部隊と併せて共同で動く形となった。


 湊安東には、これまで通りに雲林院松軒と小金井桜花がついて、情勢を窺う動きとなる。


 そして、新田勢は引き続き神後宗治が率い、軍事面では小金井護信が暴れていたが、真田昌幸軍団もここに加わる形となった。


 内政と軍師的な役割としては本多正信と上泉秀胤、用土重連が、諜報面では静月と町井定信に、出浦盛清もいる。


 この中では新顔となる本多正信は、神後宗治、小金井護信と相性が良いようだ。光秀とはまた違うタイプの腹黒三人衆、といったところか。混ぜるな危険、との警告文が脳裏に浮かばないでもなかったが、ここは神後宗治の度量に期待するとしよう。当初は本多正信に対して見極めモードだった宗治も、毒を食らう気になったようだ。


 一方で、鉱山調査がてら北に回っていた疋田文五郎と栞は、旧宇都宮、佐竹領から南奥州までを探索するために戻ってきていた。この二人は、まだ祝言を挙げていないのだが、よいのだろうか。




 南奥州の派遣軍は、首座に青梅将高、次席に明智光秀が座り、師岡一羽と北条勢に預けてある地域を含めて統括している。農政や産業振興などは、内政組が彼らの意向も尊重しつつ対応する状態だった。


 その南奥州の内政部門では、分担として佐竹、宇都宮も見るようにしている。登用組の内政要員にも、新規獲得領地での対処が得意な者もいれば、落ちついた領地の安定経営が上手な者もいるため、班分けしたいとの話になっていた。


 関東は引き続き穏やかな情勢で、実務者が活躍する段階に入っているためか、芦原道真、里見勝広、大道寺政繁らの内政方面の主要武将は、北奥州や東海も含めて各地に赴く場面が増えてきていた。


 伊達と向き合う主将となる青梅将高からは、立場が余りにも重いと文句を言われたが、いずれ独立して天下人になる予行演習だと応じたらげんなりされてしまった。ただ、実際問題、将高の<人たらし>スキルは、こういった場面で貴重過ぎる。そして、外交にも投入する場面が想定されるため、副将にややもったいないかもしれない明智光秀を配しているのだった。




 奥州への一通りの目配りを済ませて厩橋へ戻ると、いきなり斬りかかられた。長女の柚子による、いつの間にか普及しつつある竹刀での一撃は、地味に痛かった。


 必ずしもお転婆というわけでもなく、今日のところはあまり戻ってこない俺へのお仕置きだったらしい。埋め合わせをしなくてはなるまい。


 もう六歳になった柚子はなかなか機敏で、さほど剣が得意でない俺は、不意打ちなら簡単に討ち取られそうでもあった。一個下の柑太郎も、影響されてか剣を振り回している。一方で、澪の娘である渚はまったく関心を示していないようだ。


 蜜柑は新たな版図での盗賊追捕の組織づくりの件で留守だった。そのあたりも、柚子がご機嫌斜めな要因なのだろう。実際には、剣豪隊も陽忍も実務者が育ってきているのだが、蜜柑がいるかどうかで、だいぶ現地の反応が変わるらしい。市井で人気なのは、盗賊追捕の先頭に立つ蜜柑と、美青年宰相として受け止められている芦原道真、それに剣聖殿や諸岡一羽といった剣豪勢らだった。加藤段蔵、猿飛佐助らの体力派忍者勢も、わりと気さくな対応で人気者となりつつある。


 家の束ねは、澪が担当してくれている。と言いつつ、糧食方面の目配りもしていて、市中で料理処を自前で開きたい者たちへの支援なども手掛けていて、本当に頼りになる存在である。


「いい機会だから、柚子に存分に斬られてあげてね」


「ああ、派手に倒れる練習をしておくよ。ところで……」


 俺が問うたのは、青梅将高と芦原道真の関係性についてだった。岩城の奥方である梅姫はやがて厩橋へ移ってくると思われるので、その前に確認しておきたかった。


「護邦にしては、めずらしく察しがいいわね」


 普段はわりと淡々としている澪の表情が華やいでいるからには、そちら系の話なのだろう。


「岩城親隆殿の奥方が、年越し連歌会の記録を読んだ上で、その二人になにかありそうなことを言ってたんだ」


「そういうわけか。連歌はくわしくないけど……、互いに憎からず思ってるみたいよ」


 青梅将高の嫁取り問題は、新田家の懸案事項の一つだった。長女の柚子を、という話もあるのだが。


「なら、くっつけちゃえばいいじゃないか」


「そこはねえ……。二人とも、ほら、護邦との、その……」


「俺がどうしたって?」


 澪はふっと息を吐いて表情を改めた。


「まあ、そこはあの二人の判断に任せましょうよ」


 恋愛関係ではわりとイケイケドンドン気味な澪がそう言うからには、深い事情があるのだろう。それ以上は触れないでおくことにした。


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