【永禄九年(1566年)二月下旬】その二
【永禄九年(1566年)二月下旬】承前
緑茶と大福を出すと、夢中で食べ終えた楠木信陸(くすのきのぶたか)は、深い吐息をついた。
「大福(だいふく)がこんなにおいしいなんて、やっぱり日本人だと感じるよ。ケーキなんかも食べたいけど」
「ケーキもあるぞ。食事はなにがいいかな。……あ、ただ、その和菓子は大福(おふく)という名なんだ」
「へー、どうして?」
話せば長くなるのでそこは割愛して、菓子と食事の希望を聞いた。ラインナップに驚きながら、天ぷら蕎麦と魚介豚骨系のラーメンを所望された。麺類好きなのだろうか。
「震電と陸遜がこうして顔を合わせているからには、双樹とソントウも来てるのかな。接触はなかった?」
「ああ、陸遜が最初だな。俺は後の二人とも面識はないんだが、そっちはどうだ?」
「ぼくも直接会ったことはないなあ。性格は、プレイスタイルも含めてだいぶ把握できてるつもりだけど」
大まかに言えば、俺が弱小勢力プレイや敗勢になってから凌ぐのを比較的得手とするのに対して、ソントウが大勢力運用を、双樹は中程度の勢力で他の勢力に加勢し、力を溜め込むのが得意分野とされていた。
「それに対して、ぼくのオールラウンダーってのは、得意分野がないってことだよなあ」
「いや、万事をそつなくってことだろ?」
「でも、他の三人にも、別に不得手はないじゃんか」
不満顔になると、可愛らしさが際立って感じられる。いや、どう考えても二十代のはずなんだが、なにかがおかしい。
「それにさあ、戦国に来たからには織田家に潜り込むのが浪漫だから、そこで合流できるかなとか思ってたら、なんかモブ豪族に婿入りしてのし上がってるやつがいるしさあ」
「いや、狙ったわけじゃないんだ。上野の端っこの国峯城で、転移翌日には長野業正に攻められたんだぞ? 蜜柑と澪の助けがなかったら、すぐに死んでたって」
「関東の覇者にそんなこと言われてもなあ」
「だいたい、それ以前に熊に襲われて死ぬとこだったんだ。……後の二人は無事かな?」
「そうだよなあ。まあ、織田家中に埋もれているぼくはともかく、震電とこには連絡があってもおかしくないよな。……って、ぼくも震電と新田が結びついたのは最近なんだけど、それにしても異常な動きだから」
「確かに、名前から一瞬でそうと分かる感じじゃないな。しかも、関東の情勢が上方や九州にどこまで伝わるかわからないし」
「新田は、上方で情報収集してるんじゃないの?」
「ああ、堺に料理店を出している。ただ、三好の抗争がどうなったかとかの史実はよく把握してないし、中四国や九州で派手な動きをしてても、よほど突飛な動きじゃないと、正直判別はつかないな」
「確かに、新田の動きも、上杉が主導していると取られそうだしね」
「ああ。軍神殿の近習にでも潜り込んだのか、と取られるかもな。……それで、陸遜は何を目指すんだ? 織田に天下を取らせて、秀吉に成り代わるつもりか?」
「明智光秀をどうにかすれば、本能寺の変も防げるかな?」
「あ、すまん、光秀はもう新田の家臣になってるぞ」
「マジで?」
「関白殿下に勧誘してもらったら、来てくれたんだ。今は、鹿島神宮と香取神宮の仕置きを任せてる」
「そうなると、武田さえなんとかすれば、織田は安泰なのかな」
「どうだろうな。……それで、信長はどうなんだ? ブラック的な魔王なのか、理知的な改革者なのか」
「うーん、どちらかと言えば、理知的っぽいかなあ。うまく行かないことがあると当たり散らしたりはするし、元時代でならパワハラ相当な案件は多発してるけど、この時代はそんなもんだよね」
「まあ、そうなのかもなあ」
そこから、俺らは互いの家風について情報交換を持った。結論としては、新田家はだいぶゆるい状態となっているようだ。まあ、そうじゃないかとは思っていたが、ピリピリした状態がいいわけでもないだろう。
そして、史実からのずれについても確認していく。関東は様変わりしていて、奥州も新田が手を加えている。
それでも、お互いの史実知識を照らし合わせて、抜け落ちているところを埋められたのは大きかった。
「ゲーム要素についてはどう考えている? 今のところ、ステータスが覗けるのと、初期配置のモブ豪族モードを除けば、あまり影響はないようにも思えるんだが」
「川を使って陸路のつながってない城を攻め落とせて、史実で築城されたことのない島に城を作って、さらには奥州に飛び地を持てるとなると、ゲーム世界そのものってわけではないよね」
「寺社や酒場が高利貸ししてたり、商人が戦場に米を供給してたりってのも、だいぶゲームとは話が違うしな」
「ただ、転移してきたぼくらの言葉が、さほど苦労なく通じているとか、元時代で架空だと思われている武将が存在してたり、単純な過去世界ってのも違うのかも。過去世界に、ゲームの要素が一部反映されてる、ってのが実際なんじゃないかな」
「まあ、「天下統一・オンライン」なら、そもそも日本以外は、存在してなさそうだしな。実際には、ネーデルラントでは反スペイン機運が高まっているそうだ」
「オランダ建国かあ。スペインのやりようもひどかったけど、イギリスが本格的に世界の海に出てきてからも、また苛烈だからねえ」
「そうなんだよな。徳川幕府並の二百五十余年の安寧を取るか、その間も交流するか……」
「平和が続くのはいいんだけど、その後のことを考えるとね。なら、やっぱり天下統一するしかないか」
「現状だと、新田は武田と上杉に道を塞がれているんでな。西を双樹かソントウが制圧して、手を携えられれば色々とやりようもあるんだが。あるいは、織田に期待するかだが」
「まあ、ぼくも織田家中でがんばってみるよ。それとも、新田に合流した方がいいかな」
「いや、奥州の諸将が連合を組んだり、軍神殿の逆鱗に触れたりして、新田が滅びる可能性もあるからな。できれば陣営を分けて、連携しておいた方がいいだろう」
「だね。……なにか殿への土産物はないかなあ」
「信長はどんなものが好みなんだ?」
新田の産品を説明すると、陸遜は首を捻った。
「あんまり新田の先進性を強調するのもよくないだろうしねえ。果実酒なんかが無難かな。あとは寝具なんかがいいかも。ってゆーか、布団はぼくが欲しいっ」
「わかった。まあ、後は見栄えがしそうな飾り鉄砲とか、奥州からの鮑真珠とかでも贈るとしようか」
鉄砲を飾り立ててなんになるんだ、とでも思われて、侮ってもらえればそれはそれでやりやすい。
「ん、そんなとこで。じゃがいもの種芋とまでは言わないからさ」
「所領はあるのか? なら、じゃがいもと甘芋……、さつまいもも持ってけ」
「いいの? 織田が強大になったら、新田を滅ぼすかもよ」
「みんなが満腹になれば、戦国は終わるんじゃないかと思ってる。それでも、略奪や裏切りに慣れきった者達は滅ぼさなきゃならんかもしれないが、陸遜はだいじょうぶだろ。使いどころは間違えないだろうし」
「うん、所領限定で栽培してみるよ。殿の目に止まっちゃったら、わからないけど」
「ちなみに、所領はどこなんだ。海沿いなら、船をつけられるが。そうでなくても、商人は派遣させられると思うぞ」
「さすがは関東の覇者っ。知多の海沿いなんで、ぜひ頼むよ」
「常滑を任されてるのか?」
「まさか。その逆側の、美浜っていうのどかなところだよ。史実通りなら、徳川が武田を防いで、安全だったはずなんだけどね」
「それは……、なんかすまんな。今の時点は、常滑辺りは水野信元が領してるのか?」
「常滑城はそうで、近くの大野城には佐治信方がいるね。お犬の方が、先年嫁入りしてるよ」
「ああ、佐治一成の父親か。よくそんな土地に、入り込めたな」
「重要視されてるのは伊勢湾側だからね。東側は両者とも、あまり興味がなかったみたい」
「開拓のやりがいがありそうだな」
「関東を楽土に変えた震電に言われてもなあ。でも、開発した商品をどう流すかは迷ってた面もあるんで、新田絡みの商人に出処不明のものとして扱ってもらえると助かるや」
「おう、承知した」
その後、楠木信陸は食事を堪能し、厩橋の様子を視察して帰っていった。所領が水野信元の近隣だとの話を聞きつけた、滞在中だった連歌師の里村紹巴も道連れとなった。連歌仲間のつながりで、信陸について先方に紹介してくれるそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます