【永禄九年(1566年)二月下旬】その一


【永禄九年(1566年)二月下旬】


 小田友治が忍者を連れて旧小田領を回ってきたそうだ。ちょうど真壁家が新田への臣従を宣言して、暴れ回り始めた頃で、のんびりと訪れられたらしい。


 新田の攻勢は、忍者による探索・襲撃を交えつつ、軍団ごとに無理なく仕掛けて全体での浸透を図る安全策で、それだけに防御側としては対応に苦慮しているようだ。国人衆や土豪衆の中には、新田の傘下に加わりたいと望む者もいるようで、北条の人質となっていた経緯がある友治は、その窓口として適任だったようだ。


 亡き小田氏治の嫡子の守治は、越後で保護されていたのが脱出して、佐竹に身を寄せているらしい。まだ十歳くらいの年頃のはずだが、旧領を回復しての再興を期待されているのだろうか。




 明智光秀の軍勢は、香取海東岸地域を制圧した。大掾氏の支援を受けた鹿島氏が抵抗してきたが、ねじ伏せる形となったようだ。豪族勢の仕置きは通常の新田流だったはずだが、だいぶ抵抗があったというから、彼の地までは噂ですら伝わっていなかったのだろう。


 鹿島、香取両神宮への仕置きに際しては、明智光秀に加えて、北条勢から板部岡江雪斎も加わり、さらには近衛前久も同行してもらえることになった。今後も宗教勢力と対峙する場面はありうるので、下僚も含めて経験を積んでおく意義は大きい。若手からは箕輪繁朝や登用勢の期待組も参加している。


 まあ、鹿島神宮は神主である鹿島氏が世俗権力として拡大していたわけだし、香取神宮が香取海の権益を確保していった過程も、神社としての権威を利用してこそいても、必ずしも非道な所業というわけでもない。


 厩橋の鹿島神社、香取神社の神主に暫定的に治めさせ、公家を招こうとはしているが、鹿島神宮の方は塚原卜伝の縁者に任せてもいいし、香取神宮はこちらの意向に添える現神主の縁者に継がせてもいい。


 そのあたりも含めて、明智光秀に任せてみるとしよう。あまりにも神社側に甘い裁定をするのであれば、今後の人選を考え直せばいい。




 北条勢を小田原へ戻し、軍神殿を越後に送り出したところで、来訪者についての報告があった。


 鎧島からの早漕ぎガレー船は、現在も厩橋までのリレー式での運行を続けている。新田の関係者の輸送に、海産物を中心とした生鮮品及び急ぎの荷物の輸送などにも対応しているが、余力があれば一般人の乗船も受け容れている。


 そうは言いつつ、実際に利用する者はほぼ皆無という状況が続いていたのだが、平然と乗船したいと言ってきた上に、当主である俺との対面を希望したそうだ。


 招き入れると、何かを察したのか、厩橋にいた家臣の主だった者が集まってきた。


 平伏の形をとった上で、同年代の人物が顔を上げた。


「新田のご当主殿にお時間をいただき恐縮です。我が名は、楠木陸遜……、いや、信陸(のぶたか)でござる。信長様から偏諱を受けていましてな」


 俺と同様に、髪をちょんまげにはしておらず、整った顔立ちは女性的でもある。


「織田家の家中の方か」


「いかにも。用件は他でもございませぬ。武田を後方から脅かしていただきたい」


 道真が諌めるような視線を向けてきているが、軽く手を上げて制してから応じる。


「上杉、武田、新田の三家で不可侵の約定を結んでいる。こちらから違えるつもりはない」


「で、武田と上杉を西にけしかけている間に、関東を平定して東北攻め? えげつないよねー」


 歌うような口調に、周囲の家臣達の真面目組が苛立ちを見せる。このまま進展すると、斬り伏せようとする者が出かねない。


「待て、こやつは神隠しの同類だ。この地の作法は通じぬ相手だから、気にするな」


「えー、よくわかったね」


「わからいでか。名乗りもハンドルネームそのままじゃないか」


「さすがは震電。「瀬戸際の魔術師」には隠し事はできないね」


「その恥ずかしい呼び名は勘弁してくれ」


 俺を震電と呼ぶこの人物は、名乗った通りの陸遜なのだろう。「戦国統一・オンライン」のゲーム大会のジュニア部門で対戦するはずだった四人のうちの一人となる。


「神隠しってのは、うまい説明だよね。元いた世界で神隠しの憂き目に遭遇し、おぼろげながら未来を覗き、一部の人間の資質を見通す目を授けられた、ってわけか」


「なにも嘘は言ってない」


「確かにね」


「で、この地に現れたときには、織田の勢力圏だったのか?」


「いや、河内の上赤坂城の近くでね。最初は楠木陸遜と名乗ってたら、朝敵の姓は駄目だとか言われて。えー、とか思ってた。拾ってくれたのは楠木正虎……、当初は朝敵扱いが完全には解かれてなかったから大響氏を名乗ってたんだけど、まあ、縁者認定って感じで」


「織田の祐筆だったっけか? その縁か」


「いや、今はまだ松永久秀の家臣なんだ。その流れで織田に合流する手もあったんだけど、松永の家臣じゃ外様扱いは免れないし、やっぱりロマンは織田じゃん。桶狭間も見たかったし、尾張に入ってね」


 わりと行動力がある人物だったらしい。


「桶狭間で物見役を果たした農民がいたって話があったじゃん? あれの一人がぼく。そこから、知性派なのに槍働きとかしちゃって、ちょっと頑張ったんだから」


 自分で知性派と言ってしまうあたり、好き嫌いが分かれそうな。ただ、本人は他者から向けられる好悪の念などは意に介しそうにもないが。


「小姓っぽい扱いから、侍大将まで来たところ。ただ、三河方面にいるんで、武田の勢いが強くてね」


「そうか……、武田の牽制の役には立てないが、話はそれだけか?」


「いや、友好関係を結ばせてもらえると」


「それはこちらも歓迎だ。織田家とも、陸遜とも。海路を使えば、やりとりはできそうだな」


「九鬼嘉隆、持ってっちゃったんだって? ひどいよねー。まあ、まだ尾張を半ば制圧して、美濃にちょっかい出してる段階だから、そこは問題ないよ」


 このままフリートークを重ねると、周囲への波紋が激しくなりかねない。会見形式はそこまでで打ち切って、以降は茶でも飲みながらにしようかと話がまとまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る