【永禄九年(1566年)二月上旬】


【永禄九年(1566年)二月上旬】


 北条の降伏を受けるにあたって、関白殿と軍神殿も誘ってみたのだが、どちらからも謝絶された。ここは、新田が単独で受けるべきというのが彼らの考え方であるようだ。主導したのは上杉であるように思えるのだが、方向性を固めたのも、止めを刺したのも新田だろうにと言われると、そういう側面もあるかもしれない。


 相手方の代表者は、当主となった北条氏規だった。この人物は、つい最近まで今川で半分人質、半分家臣的に暮らしていた人物で、今川氏真と仲がよいらしい。


 同席している藤田氏邦は、大福御前と共に厩橋城で過ごしていた時期がある。北条幻庵としても知られる北条宗哲は、かつて剣聖殿が代替わりの祝辞を述べに向かった際の対応者だった。


 攻囲の責任者だった明智光秀、使者に立った経験のある上泉秀綱、宰相的存在の芦原道真、蜜柑と俺とがこちらからの参加者となった。


 北条氏規のステータスは、統率こそA-と高いものの、他はC-以下とそこそこの状態になっている。まあ、当主に求められるのは、統率くらいなのかもしれない。


 値だけ見れば氏邦の方が高めとなっているが、跡目を氏規が継いだのは、やはり長幼の差を考えてのことか。また、新田に一時捕らえられていた点も悪影響だった可能性がある。そして、氏邦のステータスの特に内政値については、厩橋で道真の下僚的に扱われていた経験も反映されているかも。


 北条宗哲については、軍事、統率がBであるのは、加齢の影響で低下している可能性もある。そんな中で、内政、外交のA+、A-はさすがである。


 攻囲の本陣に訪れた彼らが平伏しようとするのを制して、床几を使って対面する形をとった。切り出す気配がないので、こちらから口を開く。


「北条家の民を慈しむ方針は、尊敬していた。越後勢はともかくとして、新田の出現は災厄に思えただろう。忍城、本庄城付近での戦闘も、退避するように下知した農民たちが独自の判断で立ち塞がったために、より凄惨な展開となってしまった。当時の先代、北条氏康殿のみならず、多くの勇将がそこで命を落としたと聞く。お悔やみ申し上げる」


「恐縮です」


 氏規の応えは短い。


「敵対関係を結ぶ形となったが、北条家に恨みがあったわけではないんだ。ただ、西上野に現れて、国峯城主の娘だったこの蜜柑と出会ってしまっては、生きるために軍神殿の手先となるしかなかった。そして、手先となる以上は、関東を豊かで平和な土地にしたかった」


「それは、北条が目指した道です。共に歩めず、残念です。こうなったからには、我らの生死を含めて条件をつけるつもりはありません。新田に降伏致しましょう」


 気負いのない言葉が、北条の若き当主の口から紡がれた。


「臣従となると、下知に従ってもらうことになる。この地からも……」


「むしろ離れた方がよいでしょう。家中の者達も、ばらばらでもかまいません」


「いや、軍団として、北条家のまとまりは残させてくれ。寄騎をつけることはあるかもしれないし、よその手伝いを頼むかもしれぬ。だが、家禄は出すし、従軍兵数に応じて禄を払わせてもらおう」


 北条氏政が健在なら、むしろ北条側の問題として、こういう流れにはならなかったかもしれない。


「氏真殿とは友好関係を結ばれていると聞きますし、向かう先は北ですか」


「佐竹、宇都宮の討伐から、さらに北を睨んで、という流れになろうか。ただ、無理をする必要はない。我が新田の兵となるからには、できるだけ人的損害を減らすのが家風でな。兵士が不足すれば補充する。そして、北条家を離れる者がいるなら、それを妨げるつもりもない」


「それはまた……」


「足利義氏を奉じる者達との戦いの行方にもよるが、遠くなく関東での徒党を組んだ盗賊、海賊の討滅令を出す予定だ。この地から離れたくない者達には、そちらに従事してもらってもかまわん」


「噂に聞く蜜柑殿が率いる新田の橙袴が……、その裏の忍びが関東一円を鎮撫しますか」


 にやりと笑った蜜柑は、盗賊討伐が自分たちだけの功績ではないのを理解している。むしろ、剣豪が主だと評する者に、総ては忍びの者によるお膳立てがあってこそなのじゃと力説するのが常だった。


「旧北条領の者達が安んじて暮らしていけるように努めるつもりじゃ」


「ありがたきお言葉です。そういうことでしたら、家臣には帰属を選ばせたいと考えます。新田への仕官を求める者もおりましょう。どうぞよしなに」


「もちろんだ。関東を離れるのも構わない。向かう先が近隣であれば、送り届ける手配をしよう。後は風魔だが……」


 ここで初めて口を開いたのは、北条宗哲だった。


「彼らが何を望むかによりますが、敵対することのないように申し伝えましょう。……かつて新田に敵対して逃げ込んできた者や、人質として取っていた者達が城内におります。彼らはどう処遇しましょう」


「それは、北条の臣従とは別の話だな。かつて敵対していたとしても、退転した者達を追捕するつもりはない。退去を妨げないので、そのように伝えてくれ。逆に、この機会に新田に仕官したい者がいたら、それも歓迎する。事情によって、扱いは変わってくるだろうがな」


「承知しました」


 こうして、小田原城は開城の運びとなったのだった。




 風魔衆では風魔小太郎率いる一部が北条に従い、半ばほどが新田忍びに組み入れられた。退去したのは、乱波程度の腕の者達が多かったようだ。盗賊働きをするようなら、遠慮なく追捕させてもらおう。


 その流れの中で、風魔小太郎は士分として取り立てられたようだ。そのあたりの柔軟さからも、新たな当主には期待できそうだった。


 小田原城にいた反新田勢力は、多くが退散した。成田氏や藤田氏、小山氏、結城氏などの係累がいたようだが、遠くで幸せになってくれるのが最善である。もちろん、関東で暮らすのも禁ずるつもりはない。


 そんな中で、少し戸惑ったような表情を浮かべて対面を求めてきたのは、小田友治という人物だった。スキルを見て思い出したのだが、かつて北条攻めの折りに、忍者による盗賊討伐の話を聞いて目を輝かせていた、庶長子の少年である。


 小田家が幾度目かに上杉から北条へと移った際に人質となり、そのまま北条家臣のような位置づけとなっていたようだ。


「父は討ち死にし、弟が佐竹に保護されているようですが、小田家にも北条家にも義理は果たしたと考えています。末席に加えてくだされ」


「おお、歓迎だ。やっぱり忍者絡みがいいか? 盗賊討伐でも、諜報でもかまわんが」


「差し支えなければ、調略に携わらせていただければ。庶子ではありますが、反新田の急先鋒だった小田氏治の息子が新田に仕えているとなれば、有為の人材を拾えるかもしれません」


 その大人びた口振りには、かつての夢見がちだった少年の印象は薄れていた。やはり、苦労を重ねたのだろう。


 提案自体はもっともなので、忍者隊と連携して対応させてみることにした。




 そして、大福御前との再会が果たされた。かつての和菓子の大福に重なる印象は影を潜め、すっかり大人の女性の容姿となっている。


「護邦殿、蜜柑殿、おひさしゅうございます」


「ああ、久しぶりだな。……このような形になってすまないな」


「いえ……、大筒には難儀しました。ただ、砲撃が沙汰止みとなってからの静寂の方が、なにやら恐ろしかったです」


「氏邦殿も含めて、怪我がないようなのはなによりじゃ。どの口が言うかという話じゃが」


 蜜柑の声には、心配の念が込められている。


「どうにか、生き延びました。……すみませぬ、お預かりした新田の製菓職人に死者を出してしまいました」


「そうか……。だが、彼らは、いったん新田からは離れた身だ。生き残った者達には、主は自ら選ぶようにと伝えてくれ」


「はい、申し伝えます。千鶴は……、千鶴はわたくしをかばって」


 胸を貸すのは、蜜柑の役目となった。いつかまた、氏邦も交えて笑い合える日がくるだろうか。攻めた側が、それを望むのは、筋違いなのかもしれないが。


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