【永禄九年(1566年)一月中旬/一月下旬】

【永禄九年(1566年)一月中旬】


 包囲されつつも、さすがに風魔忍者による情報の伝達は行われていたようだ。新田が千葉氏と連携して里見領を制圧した件と、太田の岩付城、松山城、世田谷城の陥落、そして佐竹も城を焼き討ちされたとの情報がもたらされたのか、北条から降伏の申し出が行われた。


 兵糧こそ完全には尽きていなかったものの、一部の領民も収容していたために、城内はだいぶきつい状態だったようだ。


 そもそもが憎くて攻めたわけでもない。食料、生活物資などは供給して、しばらく包囲を続けることにした。




 旧小田、小山、結城城への攻撃を支援するため、水軍を房総経由で海側から香取海へと展開した。


 その際には、香取神宮の手勢から強圧的な制止があったらしい。香取海は自分たちの物で、立ち入りには許可が必要なのだそうだ。指揮していた九鬼澄隆は、なんのためらいもなく、あっさりと撃破したらしい。新田には、宗教権威に盲従する風習はない。また、志摩の伊勢神宮近くの出身である九鬼の若き当主からすると、片田舎の寺社に思えたのかもしれない。


 香取神宮側としては、香取海での交易や漁業を支配下に置いていた期間が長いためか、それが当然だと思っているようだ。鹿島神宮の宮司でもある鹿島氏は、大掾氏と共に反新田の挙兵に参加していたし、両神宮を含めた香取海東岸勢力には手加減の必要はなさそうだ。


 現状での鹿島氏は佐竹氏にだいぶ圧迫されていたようだし、香取神宮は千葉氏から押領されてきたようだ。その状態では、寺社勢力が自衛のために武備を固めるのもわからなくもないが、世俗勢力として振る舞うのなら、滅ぼされる覚悟を持ってくれとしか言えない。相手が本気になったら神威にすがるというのでは、都にはびこる寺社勢力と変わらない。


 いずれにしても、香取海に導入した軍船は、人員輸送ももちろんだが、バリスタや臼砲の移動砲台としても活用できる。旧小田領を中心とした地域への攻勢に進展が見られた。



【永禄九年(1566年)一月下旬】


 関東の情勢が大きく変わったためか、近衛前久が京から下向してきた。関白がひょいひょい地方に来ていいのかという疑問が湧くが、この時代にはあまり朝議も行われていないそうだ。


 古河に滞在していた軍神殿と三者で、関東の現状を確認していく。反新田で挙兵した者達の討滅について、軍神殿はやや渋々といった感じだったが、許容される形となった。


 北条の処置について、俺は改めて上杉の意向を確認することにした。


「新田としては、これまでのやり方に照らせば、所領は召し上げて家禄を渡し、生き方は任せる形となりますが」


「滅ぼすわけではないのか。新田からすれば、北条は仇敵的な存在だろうに」


 河田長親の言っていた通りに軍神殿は、北条を元の姓の伊勢と憎々しげに呼ぶ状態からは脱しているようだ。


「いや……、北条にしても武田にしても、彼らの生存のために新田を打倒しようとしただけですのでな」


「小田や小山、結城、さらには里見や佐竹、太田とは違うと」


「表現は悪いですが、彼らの言動は信用に値しないと考えます。上杉、北条の両勢力の間を行き来していた小田らとは特に、対応に差が出ても当然かと」


 そう考えれば、里見や太田の所領を奪い取り、さらには佐竹と宇都宮を滅ぼそうとも考えている俺に一貫性はない。だが、諸将で連合して新田を潰しに来たからには、覚悟はあるものと考えるべきだろう。


 保科正俊らの戦死と、彼らの占領地の住民への対応ぶりが影響しているのも、また間違いないが。


「北条は軍団として残そうかと考えています。その場合は、北への備えとなりましょうか」


「上杉と境を接せさせるつもりか?」


 嫌そうな表情を、軍神殿はした。


「信濃を任せるよりはいいかなと思うのですが」


「ふむ……」


「それと、大掾氏、鹿島氏、それに香取、鹿島の両神宮対応ですが」


「両神宮はなんとか安堵してやってはもらえぬかのう」


「世俗領主として反新田連合に加わった鹿島氏は排斥します。香取神宮も、香取海は自分のものだとするのは、行き過ぎでしょう」


「それはそうでおじゃるがな」


「公卿からどなたか、神主を派遣していただけませぬか。押領は新田が防ぎ、扶持は充分に出しましょう」


「ふむ……。なれど、それなら自活させても同じではあるまいか」


「寺社には所領経営よりも、神事に集中してもらいたいのですよ。生き残るために、世俗勢力として活動しなければならなかったのはわかりますが」


「このままいけば、関東は穏やかになりそうでおじゃるな。……ところで、千葉氏には、北条と同心する形でだいぶ手を焼かされたのではないのかの?」


「彼らは、里見という共通の敵がいたとは言え、北条方として一貫していましたからな。単身で挑戦してくるのなら話は別ですが、共存はできるのではないかと考えています」


「で、戦況はどうなっているんだ?」


 軍神殿の興味は、戦さの実際のようだった。


「軍団単位で波状攻撃を仕掛けていて、相手の連携は限定的なので、まあ、負けはせぬでしょう。会戦を仕掛けてくれば、もちろんわからない部分はありますが」


「本来は一枚岩となれる者達ではなかろうからなあ」


 軍神殿の言葉には、実感が籠もっている。関東諸将についての話なのか、越後勢への感想なのか。


 なんにしても、優勢な新田勢によるゲリラ的な攻撃は各所で続いており、相手の疲弊の色は濃くなってきている。


 かつては残留を選んでいた住民たちも、新田領に避難する者が増えている。希望者には新たな土地への移住を斡旋し、いずれ新田が制圧したら戻るのも許容する形としていた。


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