【永禄八年(1565年)九月】


【永禄八年(1565年)九月】


 北方船団の帰着の知らせが入った。今回は、リーフデの乗船であるゼーラント号も戻って来ている。


 最近は鎌倉で過ごすことも多くなっている俺は、対話を持とうと鎧島へと向かった。


 ゼーラント号には、耕三と小桃も同乗して、もろもろの折衝を代行していたようだ。北方への旅を終えた赤毛の南蛮商人の表情は、少し翳りが薄れているようでもあった。


「今回の協力には感謝する。約束の報酬に上乗せをさせてもらおう。今後も同様の傭船は依頼できるし、商品の用意も可能だ。ただ……」


 そこで、俺は小桃の通訳を待った。まったくもって滑らかで、感心してしまう。


「ただ、なんでしょう、と訊いています」


「スペイン……、エスパーニャの圧政に苦しむ祖国の独立のために、手を組まないか」


 俺の言葉に、小桃が首を傾げる。


「祖国ですか……? ネーデルラントはスペイン帝国の一部だと承知しておりますが」


「ああ。ここは言葉のまま訳してくれるか」


 頷いた小桃が通訳すると、リーフデの表情がややきつくなった。


「何を知っている? と」


「いろんなことをだ。首が回らなくなったのは、出身地のネーデルラントが独立絡みで揉めているために、スペインから疎外されたんじゃないのか?」


 諦めたようにぽつぽつと話してくれたところによると、スペインのフィリピン総督に寄港を断られたらしい。ポルトガルには、同情からかよくしてくれる商人もいるものの、平戸、長崎を仕切る修道会からは、はっきりと排斥されているそうだ。


「プロテスタントだからか? この国に来ている修道会は、カトリックだろうからな」


 翻訳する前に、リーフデは苦笑を漏らした。


「本当に、どこまで知っているんだと言っています」


「まあ、それはいいとして、……なら、マカオでの商売はできるか? と伝えてくれ」


 頷きで、肯定が示された。どうにか交渉可能で、今回の積荷を持っていけば、立て直しも可能だろう、との話だった。


「ただ、取り引きは継続したい。そういう意味では、手を組んで欲しい、と言っています」


 俺は、もう一歩進めないかと提案した。相手は聞くモードに入っている。


「俺の姓、新田という名は、新たな農地という意味だ。要するに、ネーデルラントだ。だからというわけではないが、あんたらには親近感を抱いている」


 言葉を切って、通訳を待つ。相手は沈黙を続けている。


「ネーデルラント商人と新田家とで、共同で会社を設立しないか。経費を除いた利益は折半。明と日本を往来する船団を組織し、交易活動を行う。どうだ? 名前は……、ネーデルラント・新田交易会社、略称交易会社なんてどうだ」


「こちらの得られるものは、利益の折半だけか? と訊いてきています」


「いずれスペイン帝国と戦う祖国に送れる金を増やす。それだけでは不満かな?」


 伝わると、ネーデルラント商人は苦笑を浮かべて答えを返した。小桃がやや食い気味に口を開く。


「いや、充分だ、だそうです」


「ただ、一点だけ条件がある。日本人を奴隷として販売することは行わない。逆に、買い戻したい」


「承知した。奴隷交易は本意ではない、とのことです」


 大筋で合意が取れたところで、俺は他のネーデルラント商人がアジアにいるかどうかを訊ねてみた。何隻かいるものの、いずれもスペインから疎外されてきつい状態だそうだ。ホラントも含めて、出自は様々らしい。


「できれば、その者達も組織化したいところだな。……交易会社の拠点は、八丈島でどうだ。鎧島でもかまわんが」


 八丈島の説明をすると、そちらの方が好ましいとの話だった。それはまあ、そうだろう。


 新田の船は、積載量はともかくとして、遠洋航海でも問題なさそう、との感触だそうだ。ならば、将来的には船団構築も容易となる。


「それと、マカオでの取引は、ポルトガル商館経由ではなく、明の商人と直接やれれば理想的なんだが、可能だろうか。最終的には、商館を設置できればいいんだが」


 この時代のマカオは当然ながら明が統治している状態で、ポルトガル商人は間借りしているに過ぎないようだ。であれば、ネーデルラントという国だと言い張れば、同様に間借りは可能かもしれない。


「可能性はあるが、まずは、明の役人に取り入ってからだな、と言っています。そして、あたし達も同行するのか、とも。……いかがしましょうか?」


「うーん、耕三は船旅はどうなんだ?」


 寡黙な料理人が口を開こうとしたところで、小桃が当然のように割り込んだ。


「問題ありません。リーフデは、耕三の料理とあたしのもてなし、それに新田の酒があれば、話が通りやすいだろうとも言っています」


「二人次第だが、検討すると応じておいてくれ」


「いえ、参りますのでそのように伝えます」


 耕三は、やや情けなさげな表情を浮かべていた。




 なんかすごい話だったねえ、と笑った岬も含めて、商材の調整に入った。


 こちらからは銀と、明で需要があると思われる干しナマコ、干しアワビ、フカヒレに、干し椎茸が候補となる。リーフデからは、刀剣、漆器、蒔絵が売れそうだとの意見が出た。新田で作っているものが売れれば、話が早いのだがどうだろう。


 明からは、硝石に加えて、日本人奴隷の買い戻しが重点項目となろうか。絹織物、養蚕職人の招聘も可能なら実現したい。それ以外では、国内の相場と照らしての話になるが、金も有効な商材となるかもしれない。


 硝石の話の中で、黒色火薬向けの硫黄の需要が高く、飛ぶように売れるとの話が出た。硫黄はてっきり明でも取れるのかと思っていたが、よく考えるとプレートの関係から火山がほぼ無いわけで、入手が難しいようだ。域内の草津温泉や伊香保温泉、四万温泉周辺でも確認されているし、なんなら硫黄島もある。


 そして、硬水のヨーロッパ向けには、紅茶が合うはずである。真珠とともに、インド方面への船団や欧州への帰国便に売りつけるように依頼しよう。


 できれば一度、<人たらし>スキル持ちの青梅将高に行ってほしいものだが、現状ではとても抜けられそうになかった。


 交易会社の新田側の代表は、一応は俺が立つ形となるが、実際には岬が仕切る形になりそうだ。北方船団とのやり取りで積み上げた経験を活かしてもらうとしよう。




 リーフデとの対話を優先してしまったが、北方からは最新状況の報告があった。湊安東の月姫は挙兵の準備を進め、それを踏まえてか檜山安東が南部と止戦し、八戸勢と連携して攻めかかって来たそうだ。元凶は北の三者連合だと考えたのだろうか。


 実際には、檜山安東が北畠、大浦、新田連合との戦さにかかりきりとなれば、湊安東側での策動の余地は高まる。小金井護信、静月夫妻がきつめの笑みを浮かべて手駒を動かしていそうだ。


 戦力は足りていると言ってきているのだが、どこまで信じていいものか。とりあえず、出浦盛清に忍者隊を率いさせて派遣することにした。既に派遣している伊賀忍者の町井貞信との棲み分けは、神後宗治が考えてくれるだろう。なんなら、湊安東に派遣してもいいわけだし。


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