【永禄八年(1565年)七月上旬/八月】
【永禄八年(1565年)七月上旬】
この夏で、俺がこの地にやってきてから、五年が経過したことになる。
五年前の今頃は、見坂村の惨劇に始まり、上坂村付近での戦い、国峯城攻防戦を経て、怒号おじさんこと長野業正と対峙していたわけだ。
それが、今では関東の西部から一部の信濃まで制圧した状態となった。こうなると、上方への道を意識せざるを得ない。
俺が親しんでいた戦国SLGの「戦国統一」シリーズでは、関東、奥州や九州の大名でプレイすると、他の大名家に進路を塞がれる形で、近畿への道が失われるケースがよくあった。この時代、近畿を含めた西国の方が開発度は圧倒的に高い。ゲーム内では、土地ごとの石高として表現されていたが、国力で圧倒すれば有利なのは間違いない。
講和によって不可侵同盟を結んだ上杉と武田は、この後どう動くだろうか。
軍神殿が西へ進むのなら、越中、越前を経て、近江または丹後を通って近畿に至る形となろう。そのうち越前の朝倉家とは、かつての上洛の際にも協力を得たようだし、友好関係にあるはずだ。
もう一つ、飛騨から美濃、近江へ抜けるルートも考えられる。
武田が西進するとしたら、史実通りに南信濃から三河へか、あるいは美濃へ出る形となるか。現時点での織田信長の動きはどうなっているのだろう。史実では、美濃を得たのは、今から二年後にあたる1567年くらいだったか。
そう考えると、上杉、武田との不可侵同盟を遵守する前提であれば、新田としては今川、松平……、後の徳川を越えて行くしかない。
関東は、上杉・新田連合がほぼ制圧し、佐竹、宇都宮、千葉あたりが仮想敵、里見、太田、佐野はひとまずの友好勢力となっている。
関東を制圧して、東北へと向かう選択肢もあるが、近畿をどこかの敵性勢力が制圧し、中国、四国、九州方面に手を伸ばされたら、詰みに近くなってしまう。軍神殿が武力による天下統一をしてくれるなら、それもありなのだが、どうもそういうキャラではなさそうで……。
そして、新たな登場人物が出現する可能性もある。そう、元時代からやってきたのが俺一人だとは限らないのだから。
仮に、別の転移者がいるとして、共闘できるなら話は早くなるが、敵対した場合は……。
となると、早期の西進を考えるべきか。そして、織田信長と敵対せざるを得ないのであれば、まだ早い段階の方がよいのかもしれない。
ともあれ、まずは北条の押し込めが優先となる。そちらについては、このまま緩やかながら攻囲を続け、北条の旧領の収穫を新田で確保し、ジリ貧に追い込むのが良策となりそうだ。
伊豆半島を手中に収めたことで、水運の利便性はさらに上昇した状態となる。そんな中で、俺は八丈島の制圧に乗り出した。
これまでは北条が支配していたわけだが、防備が堅いはずもない。水軍を送り込むと、防衛というよりは支配者が変わったのかと納得の上で、あっさりと受け容れられたという。
交易拠点とすることを視野に、整備する旨を表明すると、ややげんなりされてしまったそうだが、どうも労役があるものと捉えられたらしい。普請に参加してくれるなら給金を出すと伝えたら、目の色が変わり、さらに新田風の食事を振る舞ったら、やる気は高まったそうだ。
防備を整えつつ、仮設陣屋からの倉の設置などが進められたが、同時に南方産品の生産拠点としても期待できる。胡椒の種なども手に入れば、ここで生産できるかもしれない。そう考えると、小笠原諸島にも手を伸ばすべきか。
砦や施設の設置は、送り込まれた黒鍬衆によって手早く進められた。船で設営隊を運んで拠点を構築するのは、新田の新たなお家芸的な形となりつつあった。
同時に伊豆から程近い伊豆大島も制圧する。こちらも、特に抵抗はなく、支配者の変更を受け容れていた。
元時代でも有名な大島椿は、防風林として導入されたのか、集落周辺を中心に大量に自生していて、椿油の特産地ともなりそうだった。
海に絡んでは、江戸城を手中に収めたことで、真珠の養殖が拡大しつつあった。利根川河口近辺の汽水湖的な浅瀬に養殖池を広げ、また、真珠を作りやすい個体を選別して増やしていっている。現状でも、これまでの天然物の採集から比べれば、飛躍的に効率が上がっているが、さらに増やしていきたいところだった。
入り江が多い三浦半島あたりにも、広げていくとしようか。
【永禄八年(1565年)八月】
重臣会議は鎌倉で開催された。北条攻囲の前線は諸岡一羽に、古河東方は旧武田の諸将に、小諸城は上坂英五郎どんに任せてある。
家臣が居並ぶその席で、俺は西進を開始したいとの意向を伝えた。
「天下統一を目指せるような勢力となれるかどうかはわからないが、それを視野に入れるのであれば、中央への道を確保しておきたい。十三湊は、事実上の空白地だったので水軍での進出が実現できたが、上方や西国で同じ手法は通じないだろう。となれば、陸路しかない」
やや驚いたような空気が広がる中で、俺の奇矯な発言に慣れてきたらしい明智光秀が、話の整理にかかった。
「おそらく、神隠しの世界での話も踏まえてのことかと存じます。まずはご存念をお聞かせいただければ」
そこから、俺は作戦案を述べていくことになった。飫富昌景、春日虎綱を呼び寄せて小田原に抑えとして残し、新田の主力を西進させる。旧小田、小山、結城領には、代わりに、厩橋周辺の常備軍を転任させる。
「一気に西に攻め込むわけではないが、今川の海沿いだけでも確保して、松平と勢力圏を接したい。そうなれば、武田に道を塞がれずに、行動の自由度が確保できる」
「今川を討滅するのですか?」
「いや、事前に話を通して、内陸部には手を出さないとして納得……はしないだろうが、抵抗を緩やかなものにしたい」
「松平は、やがて攻めるのですか?」
「そこは、相手次第だな。織田、松平と同盟するか、敵対するかはまた考えたい」
「その間に、北条が仕掛けてくる可能性がありますが」
「それもあっての、戦力の抜き取りだ。武田が不戦を破棄してくる可能性も皆無ではない。ただ、そうなれば、軍神殿と連携して今度こそ武田を押し潰す流れにできるだろう」
その後は、詳細の検討に入った。武田が南下して今川を攻め潰せば、西への道が塞がれる。それは、粘土箱で日本地図を作って示すまでもなく、ほとんどの家臣には実感できているようだ。
そこで、俺をまっすぐに見据えて口を開いたのは、三日月だった。
「北条がまだ兵力を保っていて、関東も平定したわけではないのに西へ進むってのがバカげた判断だとは、あんたもわかってるのよね。それでも、進むべきだと考えるの?」
「日本の西半分を制圧する勢力が、善良なところだったら、喜んで従属する。けれど、そうとは限らないと考えると、挑戦できる余地は残しておきたいんだ」
「まあ、あんたの判断に合理性を求めても仕方ないのよね。北条を討滅しても、まだ安心すべきではない、って考え方でいいのかしら」
「そういうことになるな。仮に関東、奥州を制圧したとしても、終わりじゃないし、極端な話、全国を統一したとしても、やることは山積みだな」
「人使いが荒いわね」
「まったくだ。よくついてきてくれているよ」
本心からの俺の言葉は、苦笑で受け止められた。
西方進出計画を発動するかどうかは、確実ではない。その前提で組み上げてほしいとの俺の要望に、家臣団が動き始めたのだった。
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