【永禄五年(1562年)七月/八月】


【永禄五年(1562年)七月】


 軍神殿は、越後に戻るにあたって、関東駐留軍の人数を増やしていった。


 河越城から、滝山城、勝沼城までを見ている斎藤朝信の預かる兵は、千人から二千二百人に増員された。


 厩橋城で連絡役を務める長尾藤景と本庄繁長は、それぞれ手勢に加えて五百人、三百人を託されて、遊撃的な立場となる。


 それでも、これまでの圧力とは比べ物にならないほどに低下するのは間違いのないところだった。


 もっとも、実際には越後一国の勢力で、信濃で武田を押し戻し、越中でも友好勢力を支援し、出羽方面にも目配りをしつつ、関東を制圧するというのは現実的な話ではない。それこそ戦略SLGゲームなら、各方面に戦力を分散したために破綻する、という未来が待っていそうな動きである。


 新田は、関東の他の勢力がしているようには、北条と上杉の間を行き来するわけにはいかない。上杉寄りに立ち過ぎているというのもあるが、代を越えての付き合いがないため、扱いが違ってくるとも思われる。ここは、覚悟を固めるしかなかった。


 北条のターンの開始早々に、岩付太田が確保していた世田谷城、江戸城はあっさり落とされ、北条主力は千葉氏の救援へ向かった。そうせざるを得ないくらいに、千葉氏が里見に押し込まれているようだ。




 新田の側から見ると、滝山城、勝沼城に進出しながらも、河越城を主城として守備している斎藤朝信へ援兵を出して北条の本領方面を警戒するのがまず一点。


 桐生城から金山城、忍城のラインで、古河方面での北条勢、香取海北岸・西岸の小田、小山、結城といった諸勢力を警戒するのが二点目。


 三点目が碓氷峠を越えての武田勢進出の警戒となる。


 どこかが決定的に破られた場合でも、上杉勢の来援によって盛り返せるからには、整備中の平井の退き城などに籠もる選択肢もある。けれど、その場合には領民が危険に晒されることになる。可能な限り、領域の外縁部で撃退したいところだった。


 今回は、長尾藤景が古河の防衛に参加すると決めたため、新田と佐野も参加している。


 足利長尾氏は、関宿の防備を固めていた。まあ、元は足利城のみを統治していた状態だったわけで、いきなり三城を守るのは厳しい面もあるだろう。


 攻囲に参加したのは、北条、小田、結城、小山連合で、千葉も少人数ながら派遣してきているようだ。佐竹、宇都宮らは動かなかった。引き続き北進を志向しているらしい。


 睨み合いが続き、小競り合いは生じたが決戦には至らず、といった推移で北条勢は撤退していった。上杉方の覚悟を確かめた、といったところだろうか。武田との連動の動きは見られず、その点は一安心だった。


 まあ、凌げる程度の攻勢であれば、兵糧が売れて大儲けではある。



【永禄五年(1562年)八月】


 蝦夷地方面に派遣した使節団が帰着した。帰りの船団は、青梅将高、九鬼嘉隆に指揮されていた。


 北方に残留したのは、神後宗治、見坂智蔵と忍者、黒鍬衆の人数で、蝦夷、陸奥の各勢力との交流と、十三湊近辺の調査をしているそうだ。


 結論としては、蠣崎家も交易は歓迎とのことで、サンプル的に大量の物品が持ち込まれていた。こちらからの交易品も喜ばれたものの、銀が特に歓迎されたらしい。


 そして、持ち込まれたのは、蝦夷地の物品の他、樺太から一部は沿海州にまで進出しているアイヌが朝貢貿易で得た明の物品も含まれていた。北方においても明が銀を歓迎する状態は変わらず、それもあって銀が求められているようだ。海産物やらも利益になりそうだが、金銀の交換比率も関東や上方からするとだいぶ有利で、銀を持ち込むだけでも充分に交易として成立しそうである。


 蝦夷地の物品はこれまで、蠣崎氏から土崎湊……、元時代での秋田市の湊を確保する安東氏に渡り、日本海を地場商人がリレーして運ぶ状態となっていた。そのため、近畿はもちろん、関東で入手するとなれば、だいぶ高値にならざるを得ない。外洋船を使った直接交易ができれば、そちらも利益は大きそうだ。


 また、各勢力との交流も順調で、それぞれが希望する物資、あちらが出せる商材を調整してきているそうだ。そのあたりは、青梅将高の<人たらし>スキルの面目躍如といったところか。


 同時に、十三湊の獲得については、小規模な海賊の根拠地になっている状態らしく、可能性ありとの見解がもたらされた。


 一方で、大浦家の姫は、まだ結婚相手は定めていないらしい。婿養子として入るはずの、後に津軽為信となる人物は、大浦の一族説と、南部系の久慈氏説などが入り乱れていて、元時代でも出自が判然としなかった。まあ、内々に話が進んでいるのなら、探りようもないだろうが。


 いずれにしても、定期的に船団を派遣してよさそうだ。鎧島に万一の事態が生じる可能性もあるので、勝浦水軍にも一枚噛んでもらうとしよう。


 というわけで、さっそく昴試作型の新造船を中心とした第二次船団が組織されることになった。今回は、九鬼嘉隆が率いる形となる。そして、十三湊周辺の地形把握を睨んでの雲林院松軒と、通常部隊、鉄砲隊、黒鍬衆の派遣が決まった。とりあえず、どこかに間借りできればいいのだけれど。


 さらに、内政方面の話の方が大きくなりそうなので、芦原道真を派遣することにした。留守の内政は、里見勝広、用土重連を、明智光秀らがフォローする流れとなるだろう。




 牛馬痘の予防接種の話は、医術スキル持ちの羽衣路、岩松清純も計画に参加して、既に牛馬への意図的感染の実験が済まされ、試行段階に突入していた。


 まずは大人からと覚悟を決めて、光秀と俺も含めた参加者に、消毒済みの小刀で傷をつけてからの施術が実施された。問題がなければ、倫、礼、柚子に接種することになるだろう。寒天を使っての菌の培養も試みられている。


 ただ、接種には抵抗があるのは間違いないだろうからには、特に農村部では、感染した乳牛を使った乳搾り体験でも企画するのがよいのかもしれない。そのあたりは道真が戻ってから相談するとしよう。




 厩橋城では、夏を迎えてもラーメン旋風は継続していた。鶏ガラや鰹節を使った醤油ラーメンは定着しつつも一息ついた感じで、入れ替わるように豚骨のブームが巻き起こっていた。夏に熱々の豚骨はいかがなものかとも思うのだが、まあ、いいできなのは間違いない。


 外食文化が定着するくらいに、町が発展しているわけで、それもまたいいことである。厩橋は、当初に大き過ぎるかなと考えながら作った町割りでは窮屈になりつつあって、香取、鹿島の両神社を越えたところに新たな町を作る計画が動き出している。


 それだけに、焼き払われる未来は避けたい。それは間違いないのだが……。




 そして、ビールの仕込みも試されていた。これもまた、酒蔵が中心となっており、新田酒、果実酒、ビールの三毛作状態が視野に入りつつあった。製造法が確立したら、産地を分けておいた方がよさそうだ。良い水がでるようなら、伊賀、甲賀の里の産業にしてもいいかもしれない。


 試作されたビールは、剣聖殿に飲ませるとどれも、うまい、イケるとしか言わないので、小金井桜花に味見を頼むことにした。彼女の方は、うわばみ的な飲み方ではありつつも舌が鋭敏なようで、優劣をつけていってくれている。


 ひとまずの候補を翡翠屋に持ち込んだところ、ぜひ扱いたいとの反応が返ってきた。どうも、深酒をする層と、料理を楽しみたい者達とで分化が生じつつあるようで、料理中心の店と酒に特化した店に分ける計画が持ち上がっているそうだ。元時代のようには炭酸の具合は安定していないが、それでも軽く飲める酒は歓迎なのだとか。


 ……俺も、そろそろ酒を解禁してもよいのだろうか。ただ、現状の製法ではアルコール分が安定するとは思えず、思わぬ深酒をする危険もある。やはりもうすこし身体がしっかりしてからが無難だろう。


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