【永禄五年(1562年)五月中旬/六月上旬】


【永禄五年(1562年)五月中旬】


 和田城下の茶畑に、茶摘みの時期が訪れていた。各地で茶の木は植えているが、生育には四、五年かかるそうで、現状は既にある茶の木を大事にするしかない。


 ただ、越後勢の斎藤朝信が押さえている河越城域が茶の産地だと判明し、話を通して既に茶摘みをさせてもらった。茶農家は新芽にこだわりはないようで、提示した価格に満足していたので、お互いにうれしい状態だと言えそうだ。後は、本庄繁長の本庄城周辺からも調達できれば、緑茶も紅茶もまとまった量が作れそうだ。


 茶の木が増えて、田植えと並んで常備兵を動員して茶摘み対応する状態まで持ち込めればよいのだが。


 緑茶、紅茶とも、軍神殿とその家中からの要望が強くなってきている。どちらもくせになる爽やかさなので、気持ちはわかるのだが、仕込みには多少時間がかかる。


 それでも、今年から本格的に流通させられそうだ。さて、どんな売り方がよいのだろうか。まあ、まずは里屋にお試し販売を頼んで反応を見るとしよう。今年の生産量なら、なんなら新田家中でも消費できてしまいそうなのも、正直なところだった。




 そして、田植えに続いて麦の収穫準備が始まり、農地は繁忙期を迎えている。南下した軍勢も、一部が斎藤朝信と滝山城周辺で活動している他は、いったん厩橋周辺まで戻って農作業に参加していた。


 ゲーム的な動きからすれば、兵農分離を行えば常備兵は軍事専従となるはずなのだが、新田では出兵に参加していない限り、四日訓練、一日休養、四日を農作業や土木に従事、一日休養の十日サイクルをくり返す状態で、半農といっていい状態だった。


 まあ、よその勢力にしても、農村からいきなり招集される場合もあるが、農村出身ながら扶持をもらっている兵が、普段は農村で農業に従事している状態もありうるようなので、実際は様々であるようだ。 




 明智光秀の一家との家族ぐるみの交流は続いている。光秀の長女の倫は、年齢の近い九鬼澄隆の妹、初音との仲が深まっているようだ。


 俺は肉体年齢では十七に到達しているが、家臣には同年代からやや下の年齢層が多い。十を下回ると、家臣の子を含めてめっきりと減って、九鬼初音と明智倫、礼の姉妹以外だと、国峯英五郎どん夫妻が養育している、見坂村の生き残りの赤子だった国峯英太郎くらいだろうか。


 この日も、明智夫妻に揃って厩橋城に来てもらっていた。


「実は、蜜柑と澪が相次いで懐妊しましてな。澪は初産になりますので、助言などいただきたく」


「そうでしたか……。実はわたくしも身ごもったようでして」


「おお、それはめでたいですな」


 第二子までが女の子だったので、男子の誕生を期待していそうだ。ただ、そこに言及すべきではないだろう。


「しかし、今後は若い家臣のところに子が多く生まれるでしょうな。……託児所でも考えるかな」


「たくじしょとは……?」


 煕子殿が不思議そうに問い掛けてくる」。


「子どもを預かって、その間は親が自由に動けるようにするための施設ですな。新田では、働く女性も多いので」


「それは乳母とはなにが違うのですか?」


「預かる人数によるものの、乳母的な子どもの扱いに長けた人物が何人かで運営する感じとなるかと」


「蜜柑様や澪様については、専任の乳母がつく方が自然かと思いますが」


 俺が見やると、二人が同じタイミングで首を振った。


「まあ、そこはそれぞれでしょうな。明智家にしても、新田で占める位置からすれば、乳母がいた方が自然かもしれませんが」


「いえ、侍女に手伝いを頼むことはあるかもしれませんが……。確かに、流儀はそれぞれですね」


 新田では女性家臣が目立つようだが、常備軍は男性のみだし、実際は数えるほどとなっている。ただ、内政要員では孤児上がりの女性も増えているので、託児所、保育所は考えておいた方がよさそうだ。


「ところで護邦様。牛痘についてなのですが……」


 光秀は疱瘡の予防法について、羽衣路らと一緒に明の書物なども漁って調べているようだ。牛だったか馬だったかの同様の病いは、人の疱瘡よりも軽く済み、免疫ができるという話だったと記憶しているが、具体的にとなると定かではない。


 前のめりの光秀は、倫と礼に施術しようとしているようだが、どうしたものか。やると決まれば、俺はもちろん、柚子にも、蜜柑や澪にも打ってもらうことになるだろう。



【永禄五年(1562年)六月上旬】


 今年も果実酒の仕込みが始められている。ぶどうは苗木や種から植えた果樹に結実するものが出始めているが、林檎、桃は引き続き購入が主体となる。


 まあ、シードルもネクターも少量ずつでも出荷すると、すぐに買い手が見つかるため、確実な儲けが得られる状態だった。


 領内の居酒屋、翡翠屋からの引き合いも強いため、できるだけ多めに仕込むとしよう。あとは、蜂蜜の収量が増えて余剰ができるようなら、蜂蜜酒を仕込むのもありかもしれない。




 そして、常備兵が一万人を突破した。忍城域、本庄城域からの参加者が増えたためだが、どうやら田植え支援に入った常備兵から生活を聞いて、参加してきたらしい。


 城の守備兵はカウントせずの数字なので、ほぼ実働人数となる。練度を高めていけば、主力さえ来なければ北条か武田のどちらか一方とは渡り合えるかもしれない。ただ、戦うのなら、どうにかして有利な状況を作り出す必要があった。


 常備兵以外では、鉄砲隊も数が揃ってきた上に、雑賀衆の指導もあって、だいぶ高度化している。全体指揮は、弓巫女出身の美滝と鉄砲好きの小金井桜花が務めているが、小隊を指揮する人材も育ってきていた。


 戦さ働きを得意とする忍者隊の増員も順調で、こちらは盗賊討伐を手伝いつつ、調練に努めていた。


 水軍は、船の扱いはもちろんだが、漕ぎ手も含めて陸上戦闘、強襲などもこなす方向で進めている。弓、鉄砲の射手も一部を組み入れる形となっていた。


 全体指揮は、青梅将高が北方に派遣されていて不在の今は、明智光秀が担っている。一方で、以前はあえて部隊と指揮者を結び付けず、誰がどの隊を指揮しても齟齬がなくす方向で進めていたのを、ある程度指揮者を固定させる形に切り替え始めている。


 常備兵は百人を基本単位としているが、一部は武将直属の形で配属し、それ以外も概ね誰の指揮下かを固めるようになっていた。


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