【永禄五年(1562年)正月】その二
【永禄五年(1562年)正月】承前
年始の雰囲気が薄らぐ頃に、塚原卜伝は鹿島へ向けて去っていった。来年の正月にはまた来る、と宣言していたからには、年始の剣技仕合は恒例となるのだろう。
里村紹巴は再びの連歌会開催を求めて各方面と折衝していたが、どうも年末連歌会は多くの参加者にとって会心のできだったらしく、その機運は高まらなかった。
大掛かりな連歌会はお預けとすることにして、明智光秀はさっそく現場に投入する運びとなった。
まずは手薄な内政を任せたいのだが、統率、軍事の高さからは、指揮役としても期待するしかない。道真から当家の流儀を吸収させつつ、河越駐屯軍、秩父、本庄、忍を統括させる方向で調整している。
武蔵国方面は、これまで上坂英五郎どんと疋田文五郎に任せる形だったのだが、どちらからも大歓迎された。生粋の武将でない彼らには、軍団指揮は重荷だったのだろう。
もう一つの影響として、光秀同士ではわかりづらいと、雲林院光秀が改名を表明した。元々考えていた松軒と名乗るそうで、正直なところしっくりする状態となった。
上杉家臣団で前回と変わっているのは、柿崎景家が越後に残留していることだろうか。景家の占めていた位置には、甘粕景持(あまかすかげもち)が立っているようだ。
甘粕景持は前回の関東出兵にも参加していたものの、位置付けはもう一段低かったのが、川中島合戦での活躍で抜擢された状態らしい。
新田氏の末裔との説もあったので接触してみたところ、信濃の猟師だったのを見出されたのだと応じられた。軍神殿は、近習衆を近江で見出した若者たちで固めているのも含め、わりと出身にこだわらずに登用しているようだ。
猟師つながりで澪と引き合わせたところ意気投合し、冬山に狩猟に出かけて大物を狩ってきていたので、本格的である。
そして、長尾藤景とも改めて話をすることができた。遠ざけられたのを半ば察しながらも気にかけていなさそうな本庄繁長とは違って、こちらは地味に落ち込んでいる。そこは、従属国人衆と同族の違いなのだろうか。
「進言を受け容れられずに遠ざけられたのでは、仕えている意味があろうか」
まじめな人物だけに、受け止め方が重い。ただ、ここでさらに諫言など仕掛けられては、距離を置かせた意味がなくなってしまう。
「逆に考えてはいかがでしょうかな。この厩橋で、政虎殿不在の間は関東の上杉勢を統括するのですから、利益を得られるように整えてしまえばよいのです。まさか、それを覆しはしないでしょう」
「利益とは、具体的には」
「河越城域の実効支配を進めて、関東進出時の糧食確保を容易にするのもありです。あとはやはり、以前にもお話ししましたが、三国峠経由の通商振興ですかな。既に、本庄繁長殿とは話を進めていますが、より大々的にできれば」
そこから、俺は通商に興味を持ちそうな城主がだれかと、三国峠で整備すべき宿場的な地点について聞き取ってみた。
厩橋から三国峠までには、白井長尾家の白井城と、上杉家が確保している沼田城がある。そのため、整備については上杉家に主導してもらうしかなさそうだ。
この時代、街道の整備は手放しで歓迎される事業ではない。移動が容易になれば、攻められやすくもなるためだ。だが、越後を統治する上杉家が関東管領として関東の統治に関わる以上は、整備の名分が立つのだった。
こうして、長尾藤景の精神の再建はひとまず果たされ、連携していこうとの確認が行われた。
気を取り直した藤景から、別の話が持ちかけられた。
「ところで、息子を紹介させてもらいたいのだが」
「世継はまだ幼年と聞いていたような?」
「長尾の一族から養子を取っていてな」
紹介された景直というその人物は、ステータスにはCが並ぶレベルだが、どこかほんわりとした雰囲気の人物だった。十七歳となると、俺とほぼ同年代になる。
「藤景殿のところを継がれるので?」
「いや、実は越中の椎名殿のところに養子に入る予定でしてな」
……そうか、椎名康胤のところに長尾一族の養子が入るんだったか。そして、この時点では、越中を神保と二分する勢力に送り込む養子を、藤景に任せる関係性だったわけだ。史実の謀殺は、突発的に進められたものだったのだろうか。
史実での椎名氏は、長尾からの養子を受け容れていてもなお、武田からの謀略もあってか、上杉に幾度か敵対して、事実上攻め滅ぼされる流れとなる。この人物も、その過程で苦労したことだろう。
「景直殿は、厩橋での滞在はいかがですかな」
「食事がおいしくて夢のようです。……椎名に入りますと、なかなか触れられなさそうですが」
表情が華やいだかと思えばしおれてしまって、変動幅の大きさが可愛らしく感じられる。
「これ、そのように隙を見せるでない」
「まあ、厩橋にいる間くらい、よいではないですか。……なら、景直殿、新田風の食事を作れる料理人を連れていきますか。迷惑でなければ、忍者もつけて」
「なんと……」
「あ、まずいかな? 軍神殿の許可が必要とか?」
「いや、許可はそれがしで問題ないが……、新田風の料理人ならぜひ我が長尾にも」
「景直殿には餞別なので。藤景殿はご自分で誘われてはいかがか」
「引き抜いて構わないのか?」
「条件さえ合意できれば」
「だがなあ、厩橋の栄え方を考えるとなかなかなあ」
まあ、世話にはなっているし、募集してみるとしようか。ただ、その情報が漏れると、軍神殿も含めて希望が殺到しそうではあるが。
長尾景直は、水運に興味があるそうで、利根川の荷物の往来についての話をねだられたので、茶会形式にして色々と話してみた。
椎名の本拠、松倉城のある魚津の辺りでは、川は流れが急で、下流の一部以外は水運には向かないようだ。
海運ならというところだが、そちらの事情までは不明らしい。忍者を送って調べてくるとしようか。
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