【永禄四年(1561年)十二月上旬/中旬】その二


【永禄四年(1561年)十二月上旬/中旬】承前


 軍神殿は、このまま厩橋城で越年することになりそうだ。古河攻めは、年が明けてからとの目算らしい。


 上杉憲政は、わりと伸びやかに過ごしていて、関白殿下や聖護院道澄、岩松守純らと連歌の会を催したり、新田学校で書物読解の講義をしたりで機嫌よく過ごしている。家督は譲ったとは言え、本来の立場からすれば、旧領である上野国を回復したいと求めてきてもおかしくない人物である。かつて剃髪した際に、そういった欲は抜け落ちてしまったのだろうか。


 足利藤氏は、しばらく足利長尾家に匿れていたようだが、最近になって厩橋にやってきた。こちらは、隠居を考える心持ちには遠いようで、弟への呪詛を撒き散らしている。せめて大人しく時節を待つ感じであれば、もう少し旗頭としようとの機運も起こりそうなものなのだが。




 そんな中で、俺は不穏な話を耳にした。長尾藤景と軍神殿が険悪な言い合いを展開したというのである。


 家中の秘事を明かしてきたのは、かつて江戸湊に毘沙門天の旗を立てるのに協力してくれた、本庄繁長だった。


 きっかけは、川中島での戦術批判から、北信濃と関東に並行して出兵することの是非について、長尾藤景がエキサイト気味に批判し、本庄繁長も同意していたところに、政虎が現れたとのことだ。


 その場から逃げ出した繁長とは対照的に、藤景は正面から直言を始めたのだそうだ。隠れて聞いていたという繁長も繁長だが、関東でも北信濃でも、攻めた側が退いた以上は負けだと断じてしまう藤景もどうなんだ。


 いや、戦略目標をどこに置くか次第なのだが、状況を劇的に変えられたかどうかと考えれば、進出は失敗だったとしても間違いではない。だがなあ……。


 景虎は激怒し、以降は険悪な状態が続いているそうだ。それでもこうして関東へ連れてきているのだから、まだ破綻までは至っていないのだろうが。


 ここで、先に長尾藤景に会ってしまっては、上杉と新田の関係が微妙になりかねない。俺はまず軍神殿を一対一の茶会に誘った。


「余人を交えずとなると、内密の話かな」


 あっさりと察せられてしまっているようだが、ここで怯むわけにはいかない。


「上杉の一大事と聞きましてな」


「なにをおおげさな」


 そう口にした相手は、冷やした緑茶を一口すすった。


「いや、重臣の一人が主君と険悪になるのは、一大事ですぞ」


「やはりその件か。……護邦殿は、あの者と同意見なのか?」


「そんなことはありませんぞ。昨秋からの関東鎮撫も、北信濃で武田の侵攻に歯止めをかけたのも、大きな効果があったのは間違いござらん」


「だが、信玄を討ち果たすことは出来なかった」


 軍神殿は、傷ついた目をしていた。自負があったからこそ、感傷的になっているのだろうか。


「武田信玄と配下の武将たちの実力は本物です。軍神殿だからこそ、引き分けに持ち込めたと見るべきでしょう。もしも押し戻せなければ、情勢は一気に悪化していたのは確かです。その意義は大きく、深く感謝しています」


「上野に出て来ているしな」


「そうなのです。我が新田としても、碓氷峠を挟んで接する武田の対応は悩ましい。正直、今回討ち果たしてくれたら楽だったな、とは感じます。それは間違いありません。けれど、一度で勝利できれば、苦労はありませぬ。関東と信濃に関与するのであれば、持続する意思が必要となりましょう。……藤景殿は、その重みを心配されておられるのかと」


「そういう口振りではなかったがな」


「同じ長尾一族の者として、思うところがあるのかもしれませんな。……いかがでしょう。少し距離を置かれるというのは」


「越後へ戻せというのか?」


「逆です、関東に……、厩橋駐在なんていかがでしょうか」


「斎藤朝信と交替させるのか? だが、今のあの者に手勢を率いさせるのはな……」


「関東における内政面や、諸将との連絡を任せる感じなどでは」


 沈思した軍神殿は、やがて頷いた。


「よかろう。厩橋に駐在して、河越、古河方面に目配りしつつ、越後との連絡を頼もう。吉江資堅も付ける」


 お目付け役というところか。遠ざける手段を探していたのだとしたら、渡りに船状態だったのかもしれない。


「だいぶ気に入っているらしい本庄繁長も付けるか? 今回の話も、どうせ奴から聞いたんだろう?」


「よいのですか? 有望な人物だと思いますが」


「あちらも、新田に好感を抱いているようだしな」


「ただ……、本庄の地の手当てをお願いできますか?」


「確かあそこは、したたかな坊さんが軍師役を務めていたぞ。それはそれとして、目配りはさせよう」


 どうにか話がまとまったようでなによりである。


 この件にこだわるのは、長尾藤景をどうしても死なせたくないからではない。自分を批判した同族の重臣を謀殺したことが、軍神殿の今後の精神状態に悪影響を与えるのではないかと考えているためだった。


 


 長尾藤景らの厩橋常駐話がまとまったその日のうちにやってきたのは、本庄繁長の方だった。


「いやあ、新田殿とまた連携できるとは、望外の喜びです。好きに使ってくだされ」


 そう口にして恬然と笑うこの若者は、自分が上杉政虎から遠ざけられたのだとわかっているのだろうか。いや、むしろ長尾藤景の話を俺に持ち込んで、こうなるように仕向けたのかもしれない。いずれにしても、頼りになる人材である以上は、仲良くするとしよう。


「死地に追い込むつもりはないので、安心してくだされ。軍神殿から預かった軍勢を、損ねるわけにはいきません」


「いえ、最前線へ送り込んでくだされ。武田と北条が相手ですからな。腕が鳴ります」


 本気で言っているようなのが、なかなか恐ろしい。


「本庄の茶の葉を使った緑茶と紅茶の試作の件は、領内でも評判になっていました。来年には、本格的にお願いしたいと考えているのですが」


「それはぜひ。時季になりましたら、職人を送りましょう」


「塩引き鮭はいかがでしたかな?」


「味わい深くいただきましたぞ。城下で居酒屋を営む翡翠屋に紹介したところ、ぜひ仕入れたいと申しておりました」


「こちらとしても、よろこばしいです」


「で、物は相談なのですが……」


 俺は、鮭の腹子の塩漬け、筋子とイクラについて相談を持ちかけた。イクラという言葉は、確かロシア語で魚卵を表す言葉で、通じないのは無理もなかったが、腹子をばらした塩漬けだと説明すると無事に理解された。


 腹子は身と一緒に料理する形で食べることはあっても、基本的には捨てたり肥料にしたりしているらしい。小粒のものを筋子に、大粒に育ったものはイクラにして引き取りたいともちかけると、ご入用ならばと首肯してくれた。


 鮭と腹子は幾らでも買い入れるし、緑茶と紅茶は原料となる茶の若葉を買い入れ、新田で統一した販売促進をして、利益を配分する形を提案した。さらに、塩づくりは地元向けに素朴な製法でやっているだけだというので、鎧島風の塩田技術を提供し、にがりを買い取りたいとも持ちかけてみた。


「どうしてそこまでよくしてくださるのです」


「そうですな……。友好勢力である上杉の柱となるべき御方ですから、後顧の憂いなく活動してもらいたいとは考えています。そして、いつかは海を渡った交易もしたいですな」


「奥州を越えてですか? さすがは新田殿、気宇が大きい」


 ちょっと大言壮語が過ぎただろうか。まあ、今回は好意的に受け容れられたようなので、よしとしよう。




 ただでさえ客人が多い状態のところに、京からの使者がやってきた。俺に対してではなく、逗留中の上杉政虎を訪ねてのことだった。


 関東管領としての活躍を期待するとの書状と共に、偏諱についても伝達があったそうだ。出会った時点で長尾景虎だった軍神殿は、鎌倉で上杉政虎になり、今また上杉輝虎になったのだった。


 ……足利義氏は古河公方として古河におり、北条の先代が得た関東管領職が有効だとの考え方も成り立つ。だが、諸将の推薦で軍神殿が関東管領に就任し、将軍の足利義輝からもその立場を認められた以上、北条が関東管領だとはだれも認識していないだろう。


 まあ、軍神殿は、いまだに自分は名代に過ぎないと言い張っているようだが。


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