【永禄四年(1561年)十一月下旬】その二
【永禄四年(1561年)十一月下旬】その二
軍神殿の近習、佐野綱房丸……、いや、元服して軍神殿から偏諱を受けた佐野虎房が、厩橋に連絡役として詰めることになった。実際は、健康面への配慮からの厩橋滞在らしい。越後の水が合わなかったのだろうか。
元服によって判明したステータス的には、武力はそこそこ、内政が高めで、水軍系のスキルが幾つかついていた。水軍方面については経験からではないと思われるので、天禀系なのだろう。
なんにしても、用土重連、箕輪繁朝や、見坂兄弟、九鬼澄隆・初音の兄妹、半ば虜囚ながらも藤田氏邦、大福夫妻辺りと交流しつつ、食事と適度な運動を積み上げて、健康になってほしいものだ。
そんな折り、堺からやってきたのは、新田風食事処を任せている耕三と小桃だった。
活躍ぶりに大感謝状態なので、久々の再会を喜ぼうとしたところ、寡黙で無表情のはずの耕三がなにやらはっきりと不機嫌である。そして、床几に腰を下ろすと、開口一番で問いをぶつけてきた。
「平戸へ行けとおっしゃるのですか」
平戸での食事処開設の話らしい。
「いや、そこは耕三と小桃の判断でいいぞ。二人でどうしたいかもあるだろうし、好きに決めてくれ」
押し黙ってしまった耕三は、不機嫌の度合いを高めているようだ。俺は、救いを求めて小桃に視線で問い掛けた。
「耕三は、好きにしろというのは新田の家中から出ろと言われているのだと捉えて、なぜ放逐されるのかと不服に思っています」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。耕三と小桃の働きは、途轍もなく大きいぞ。こないだ、武田の軍勢を追い返した軍勢全体の働きと同じくらいだし、内政を束ねている道真とも同等だ。二人は、新田の一軍を率いる将帥だと思っている。新田を離れたいのなら尊重するが、ぜひ残って引き続き力を尽くしてほしい」
ちらりと相棒に目をやった小桃は、首を振った。
「耕三は納得していません。あたしらの働きが武田を押し返したのと同じだという理由がわからないのでしょう」
「そうだな……。まず、最初に手に入れてくれたじゃがいも……、丸芋だが、あれは茹でてうまく、汁の具にしてもよく、揚げれば絶品で、粉にして肉や魚にまぶして揚げればまたうまい、米の代わりにすらなりうる作物だ。しかも、地下にできる芋から増えることもあって、どんな土地でも育てやすい。あと二年もすれば、領内の食糧事情は大幅に改善するだろう。そして、トマトだが、生で食べてうまいのはもちろんだが、料理に使えばいい味が出る。野菜や果物を日頃から食べる重要性は……、いい機会だから、羽衣路あたりに説明を受けてみてくれ。栄養については措いても、和食とはまた違う味わいが出れば、米以外の物を食べる気にもなるだろう?」
耕三の怒気が、少し薄らいでいるようでもある。
「そしてさつまいも……じゃなかった、甘芋だが、焼いてうまい、蒸かしても茹でてもうまい、干し芋にしてもいいし、菓子の材料にもなる。米と一緒に炊いてもうまい。そして、あれのすごいところは、芋から生えてきた茎を切って地面に植えれば、それが草として成長して芋になるんだ。救荒作物としての有用性は、じゃがいも以上だ」
息継ぎをして、俺はまた言葉をつないだ。
「俺の神隠し先の知識では、現時点ではどうやっても入手できないはずのそれらを、耕三と小桃が手に入れてくれたんだ。新田領内での食糧増産は、おそらく多くの餓死者を救う。武田軍を殺して民を守るのが手柄であれば、民を救う植物を手に入れるのも、同様の手柄だ。そういう意味で、武田勢の撃退に匹敵する働きなんだ。決して、冗談を言ったつもりはない」
小桃はちらりと隣を見やった。
「どうやら、納得したようです。けれど、これからどうすべきでしょうか。他に手に入れるべき作物があるのですか?」
「入手したい作物は、甜菜と呼ばれる砂糖大根や、他だととうもろこし……、もろこし黍なんかだな。ただ、重要度は丸芋、甘芋に比べればだいぶ低い。それに、二人の果たしてくれている役割は、実際は作物の確保だけではないんだ」
「と言いますと?」
「堺での食事処で新田風の料理を作ってくれていることで、上方の商人や武家らにだいぶ名を売ってもらっている。商人とのつながりは、今後はこれまで以上に生きてくるしな。加えて、そこで出されている酒は、宣伝にもなっている。……今後、どの方面と付き合うべきかは、俺にも正直なところわからない。だから、二人がここで食事処を出したい、と思うところへ向かって欲しい。堺の食事処は、閉めてもいいし、他の調理人と給仕で回せるなら、残してもかまわない」
「行くなら、平戸ですか。それとも……」
「まあ、平戸は焼き討ちなんかがあるかもしれんし、長崎辺りに落ち着くのかもな」
「あの……、平戸の事件について、どうしてご存知なんですか?」
彼らが出立する頃に、宮ノ前事件と呼ばれる騒乱についての一報が入ったそうだ。ただ、それは本筋の話ではない。
「なんなら、マカオやルソンに行ってきてもいいんだぞ。南蛮商人と交流というのも、一つの方向性だ」
「あの、南蛮商人とは、どう付き合うべきなのでしょう。料理を通じて関係性を深めるのはいいとしまして、最終的な目的が定まっていると、やりやすくなります」
「そうだな……、現状での付き合いは、ポルトガル商人が多いんだよな」
「堺には、スペインの商館もあったので、そちらとも交流はしていますが、平戸に来航するのはポルトガル商船が中心だと聞いています」
ポルトガルとスペインが、現状で来航している南蛮勢力となる。オランダは建国前だし、イギリス人は関ヶ原の頃の三浦按針が最初の渡来者で、しかも建国直後のオランダ船団の一員としてだったはずだ。
国の性格を考えて、どちらかを選ぶのならポルトガルだろうが、平戸から長崎へ移るにしても、既に日本での拠点を構えている。であるなら、スペインか。
小桃のステータス画面には、<交渉術><接客><言語理解><身振り言語>といったスキルが並んでおり、交渉面で頼って良さそうだ。
俺は、ダメ元でスペイン帝国の一部の地名を出し、そこに好感を示す商人がいないかを当たってみるよう頼んだ。該当者がいた場合の詳細な指示も与えておく。
その話は措くとすると、ポルトガル、スペイン両睨みで交流を深めるのが、現状では有効そうだった。
対話の最後には、耕三はいつもの寡黙で穏やかな状態に戻っていた。彼のプライドを傷つけてしまっていたわけか。
それは反省しつつ、俺は抱えていた問題に関して助けを求めてみた。もちろん、ラーメンの味が決まらない件についてである。
試作品を食したいと要望されたので、作った出してみたところ、大きく首を捻られてしまった。
翌朝に供されたラーメンは、味のバランスが絶妙で、するすると食べられるいい味だった。一晩であっさりと仕上げられたわけで、ちょっと悔しい。
城内と城下で実施した試食は大好評で、厩橋に新たな名物が生まれそうな雲行きだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます