【永禄四年(1561年)三月上旬】その三

【永禄四年(1561年)三月上旬】その三


 若い世代は退屈しているのか、なんとなく大名、国人衆の世継ぎや有力家臣の跡継ぎといった少年らが、新田の陣所に集まるようになってきていた。こちらとしても、好感度を上げておいて損はないので、用土重連、箕輪繁朝を中心に積極的にもてなしている。この面での適性は、重連の方に軍配が上がるようだ。


 中でも、真壁氏幹、梶原政景、佐竹義重、正木時通、正木憲時らはなんのかんのと理由をつけて、連日のようにやってきていた。食べ物に釣られている側面があるのは間違いないだろう。


 接待役を箕輪繁朝と用土重連に担当させているのは、子供の遊びと思わせようとの思惑もある。今のところ、保護者として大人がやって来ることがあっても、特に問題は生じていなかった。


 新田と関わりなく子供同士で交流する姿も見受けられたが、佐竹義重だけは訪れると俺とだけ言葉を交わして去っていくのが通例となっていた。所領の大きさで話し相手を選んでいると言うよりは、他の子らとでは話が合わない状態にも見える。怜悧で頑固そうな様子は、なかなか好感が持てる。


 その日、話しかけてきた少年のステータス表示欄には、小田友治、十三歳とあった。小田家当主である二つ名持ち、小田氏治の息子である。ただ、庶子であり、三つ下に嫡子がいるために微妙な立場にあるようだ。


 史実では確か、北条に人質に出されてそのまま家臣になり、北条滅亡時に秀吉に仕えるんだったか。そして、関東の情報をもたらす諜報面での活動があったとされている。


 その件を思い出したのは、スキルを見たら忍術系がいくつか存在していたためである。ステータス上は、統率と内政がやや高めのCであるくらいで、ほかは壊滅的だった。いや、この地に来て、多くの有能な武将のステータスを目にしているので、目が肥えてきている面もあるのだが。


 菓子などを振る舞いながら話をしていると、治安維持活動についての話をせがまれた。そして、興味は剣豪ではなく忍者らしい。


「当家の忍者は、いわゆる乱破のようなごろつきを集めた者たちではなく、技に通じた精鋭となっていてな。表に出ているのが、剣豪とともに盗賊を討伐する者たちだが……」


 裏にもいるのですね、と顔を輝かせている。可愛らしい。


「小田家でも、信頼できそうな者を集めて、導入されてはいかがかな」


「いえ、家督は弟が継ぐと決まっていますし……」


 さすがに自分の立場は把握しているようだ。特に縁もなさそうだと考えると、気楽に話し合える。警護の忍者が潜む場所を教えると、感心したように視線を向けていた。


 付き添いとしてやってきていた三十代の実直そうな人物は、菅谷政貞(すげのやまささだ)と名乗った。あいさつをすると、菓子を取りに行った友治少年を眺めながら言葉を交わす流れとなった。


「なかなか素直そうな人柄ですな」


「殿からは、夢見がちだと評されておりまして」


 まあ、上野をほぼ制圧して、武蔵にも所領を広げ、戦国大名の一員となりつつある新田の当主に、物怖じせずに話しかけておいて、聞きたがったのは忍者についてである。確かに夢見がちなのかもしれないが。


「嫡出の弟がおられるのだろう? それならば、多少は夢見がちでもよいのでは」


「そうかもしれませぬ」


 苦笑の苦味度合いからすると、愛されてはいる人物なのだろう。


 この菅谷政貞は、鬼真壁と同じく小田家の従属国人衆だった家の出身だが、確か史実では主家にずっと付き従うはずだった。主をくるくる変えて生き残りを図った真壁氏とは対照的な在りようだが、どちらも正しい生存戦略なのだろう。




 集まってくる少年らの中には、俺に敵対心、あるいは侮りの心を持ちながらも、菓子や食事に興味を持ってやってきている向きもいるようだ。そういった者達は、集まってなにやら話していて、接触してこようとはしない。


 ステータスを覗いた限りでは、特に見るべきものもなかったので放っておくようにしているのだが、隅っこでぼーっとした表情で菓子を食べている人物のステータスをなにげなく目にして、俺は愕然とした。


 同い年のその武士の名は、青梅将高(おうめまさたか)。青梅氏というのは、蜜柑の家の堂山家と同様に、初期配置時の置き換えモブ豪族で、勝沼城……、現代での青梅市辺りの国人衆、三田氏相当の家らしい。


 当主は六十代で、長男、次男が二十歳くらいとの話までは聞いていたが、その三男坊のようである。


 軍事、謀略、外交がA+、A+、Aで、統率、内政もB+である。同年代でこの数値となると、成長後はオールSもありうる状態だった。そして、スキルもわりとある中で、特に目を引くのは「人たらし」のスキルであった。「戦国統一」シリーズでは、秀吉の固有スキル的なものとなっている。


 長じれば、天下人になってもおかしくない人物に思えるのだが……、身なりは貧相で髪はボサボサ、表情もぼーっとしている。


 それとなく近寄った俺は、声をかけてみた。


「初めてお目にかかる。新田護邦と申す。青梅殿の縁者とお見受けするが」


 小首を傾げたのは、どうして青梅の一族だとわかったのか訝しんだのであろうか。ぼそぼそとした声で、名乗りが行われた。


「青梅将高と申します。……なにかご無礼などありましたでしょうか?」


「いや、せっかくなので交誼を結びたいと考えてな」


「……優先すべき相手が山のようにいらっしゃるようにお見受けしますが」


 目線は、俺に対して微妙な視線を投げてきていた者たちに向けられている。


「話すべき相手は自分で決めさせてもらおう」


「ご無礼致しました。勝沼の豪族、青梅氏当主、青梅高頼の三男となります。庶出で、上に嫡出の兄が二人おりますが」


「……それで、わざと侮られるように心がけておられるのかな」


「滅相もございませぬ。……そんなに貧相ですかな」


「いや、ご無礼致した。今回の戦さをどう見られますかな」


「どうと申されましても」


「十万と称しているものの、実数は七万程度。それでも、攻め潰す気になれば、可能かもしれぬ。軍神殿に、その気さえあれば」


「景虎殿に、そのおつもりはないとおっしゃるのですか?」


 たまらず、といった風情で、話に乗って来た。俺は、周囲の目を考えて、呟くように話している


「屈服させて、関東に新体制を打ち立てたいのかもしれぬな。そうした上で、大名連合が共同して上洛する、といった絵図があるのかも」


「二年前に景虎殿がなさったという上洛のように、軍勢を引き連れてですか」


「そして、将軍家と三好と協力して、世の中の争いを絶やしていく……」


 言葉を切った俺に、青梅将高は首を傾げた。


「うまくいきますかな」


「さて……。義輝さまは、力を得たと判断すれば、まず三好を討とうとされるかもしれんな」


 畿内の情勢は、どれだけ把握しているのだろうか。ぼーっとした風情の少年は、近場に話を転じさせた。


「関東における新体制とは、古河公方に藤氏殿を据えて、鎌倉にお移りいただくのですか?」


「その公方が藤氏殿ではなく、関白の近衛前久様ならいかがだろうか」


 将高少年は、さすがに目を瞠った。


「着想自体はおもしろいですが……、擁立の目処は立っているのですか?」


「いや、簗田晴助殿が反対しておられるようだ」


「でしょうな。……最初に討つべきは、梁田殿でしたか。古河公方の座を兄弟げんかの褒美にしてしまってはいけませぬ」


 ぼんやりした印象が崩れかけ、明晰な表情が現れつつある。それだけ、興味のある話題なのだろうか。


「確かに、今回の進軍にしても、公方となると宣言した関白殿下が率いて、鎌倉へ攻め上る、という形を取れれば、また話は違っていただろうな」


「……なぜ、そのような話をわたくしに?」


「茶飲み話に過ぎぬさ」


 ふっと息をついて、青梅氏の三男坊は言葉を続けた。


「では、せっかくですのでもうひとつ。乱取りを行う者たちをこれ見よがしにあげつらうのは危険ではありませんかな」


「あげつらったつもりはないんだがな……、奴らが我が領内で乱取りを仕掛けてきたら、それこそ根絶やしにしてやろうかとは思うが」


「連戦連勝なら、それでもよいのでしょうが」


 菓子を粗忽に咀嚼しながらの言葉だが、知性は隠せない。家中では完全に擬態しているのか、それとも……。


「ご忠告には感謝しよう。だが、付き合って乱取りをするつもりには、どうしてもなれぬ」


 俺の言葉に、対峙する少年は吐息を漏らした。


「相手に、自分と同じ程度の存在だと思わせるように仕向けるのは、むずかしいことです」


「兄上方相手の実践で苦労されているのかな?」


 にこりと笑って、将高少年は話を打ち切りにかかった。


「さすがに、これ以上時を過ごすと目立ってしまいます。失礼させていただいてよろしいでしょうか」


「もちろんだ。……この小田原攻めの中でも、指折りの有意義な時間でござった」


「過分な言葉です」


 雑な辞儀をして、将高殿はふいっと去っていった。徹底している。


 史実での三田氏は、北条の反撃に頑強に抵抗するも、滅ぼされる運命である。さて、この世界での青梅氏はどうなるのだろうか。


 と、背後に気配が生じた。


「新田が通過した集落に、乱取りに向かおうとする連中がいるわ。やっちゃっていいわよね」


 三日月の声は涼やかな響きで、力みは感じられない。


「糧食不足だからか?」


 落とさずに押さえだけ残してきた城も多いので、補給は万全とは言えない。北条方も籠城を視野に高値で買い集めているようで、調達はむずかしくなってきていた。新田にとっては絶好の商機で、船を使って高値の町に持ち込み、売りさばいているところだった。


「奴隷を確保すれば、新田が買うとでも思ってるみたいよ。ほんと、バカばっか」


 同意はするが、相手によって対応は考えなくては。


「どこの家中の者かわかるか?」


「小田氏治の指示らしいわ。菅谷とかいうのが必死に止めても、聞かなかったみたいよ」


 先日の菅谷政貞か、その父親の勝貞か。そして、徴用農民が勝手にとかではなく、領主指示なわけか。


「全滅させられるか?」


「……さすがに、被害が出ちゃいそう。剣豪隊の力を借りてもいい?」


「ああ。もちろんだ」


 三日月の気配は、あっさりと消え去っていた。




 集落を襲う野盗が現れたので、周辺集落の村人と共に撃退した、と装ったのだが、隠し切れるものでもない。


 表立っての抗議はしてこないまでも、反感を募らせているようだ。まあ、仕方がない。


 そして、兵糧不足は深刻になりつつあるようだった。新田としては、軍神殿の軍勢はもちろん、佐野氏、太田氏などの友好勢力には値段を抑えて融通している。一方で、商人に対しては、遠慮のない高値で売りつけていた。


 そこからさらに商人の利益が乗っかるからには、諸将の調達価格はひどい状態だろう。まあ、知ったことではないが。


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