【永禄四年(1561年)年始】その二

【永禄四年(1561年)年始】その二


 夕方には、別口の客人達を招いていた。厩橋で土倉を営んでいた滝屋盛次郎と、金山城下での同じく土倉、雲取屋佐平次に、秩父で鉱夫を束ねている木霊屋鋼次の三人である。


 高利貸し規制を強めるきっかけになった厩橋での安照寺討伐のときからの付き合いである滝屋の盛次郎は、大工を束ねる形で厩橋、館林での仮設陣屋建築に貢献してくれた功労者である。高利貸しとして既にある金を動かすだけの、金が金を生む状態なんてつまらないんじゃ、との俺の問い掛けを受け止めて、事業を始めた人物となる。


 盛次郎と付き合いがあったという金山城域の土倉、雲取屋佐平次は人足を集めて土木仕事を請け負う方向で、新田の仕事で活躍している。


 秩父の木霊屋鋼次は、新田による禁令超えの高利貸しを認めない方向性を事前に把握していて、活動地域が新田領になるや、高利貸しから鉱夫を組織化しての鉱山開発事業に転換した、動きが機敏な人物である。


 もちろん、新田の方向性を受け容れた高利貸しばかりではなく、退散した土倉、酒屋もいれば、あからさまな敵意を示す寺社も見受けられる。まあ、それはそれである。


 この三人を招いたのは、日頃の協力を感謝するためと、さらに一歩進められないかとの話をするためだった。ただ、城に呼び出されたとあって、なにやら緊張の面持ちとなっている。


「日頃よりお引き立てをありがとうございます。こちらを献上させていただきます」


 三人の手元には、なにやら高価そうな物品が並んでいる。彼らと豪族との付き合いというのは、このような形だったのだろう。


「いや、こちらが仕事を出して、そちらが仕事を請け負ってくれているのだから、対等な関係だと考えてくれていい。こちらこそ世話になっていて、とても助かっているぞ。……相談なのだが、進物は不要なので、年間売上の二十分の一を納める形を取ってもらえないか。城下の食事処や、商店には既に協力をしてもらっているんだが」


「それは、どういった意味合いの金となるのでしょうかな」


 油断なく問い掛けてきたのは、木霊屋の鋼次だった。


「新田の領内で事業をやるにあたっての利用料みたいなもんだと考えてくれていい。戦乱が領内に及ばないように努めるし、盗賊討伐にも注力していく。農夫は収穫の五割を徴収される形でそれに貢献してくれているから、事業を営むそなたらにも頼みたいのだ」


「ただ、事業を新田の領域外でやることもありそうですが」


「それも踏まえての、二十分の一だ。新田での商いと他領での商いを分けられるなら、新田分からだけでかまわない。……厳密に搾り取りたいわけではないが、まったく社会の基盤づくりに参加しない、というのも健全ではない気がしていてな。対応は相談してくれてかまわんぞ」


 史実での江戸期などは、臨時徴収などを除けば商人から定常的に資金を集める仕組みが欠けていたように思える。その替わりに役人個人に宛てた賄賂が横行したのだとすれば、いい状態ではない。現状では新田本体で事業を営んでいるため、資金確保の面で問題はないが、道筋は作っておきたいところだった。


 額を寄せての小声での相談は短時間で済んだ。


「我らが受け容れたことを前例にされるという話ですかな」


「まあ、その通りだ。定着させていきたい」


 新たに法度を定めるよりも、既に慣習として行われているものを明記するだけ、というていを取れれば、反発も少ないだろう。


「承知致した。前年分から計算して、年初にでよろしいか?」


「ああ、来年の年初からでかまわない。今年は進物もなしでいいぞ」


「いえ、今年からお支払い致しましょう。この進物も、一度出したものを引っ込めるわけにはいきませぬ。我らとしても、こうして事業を行う方向に舵を切った以上は、新田殿に倒れられては困るのです」


「そういうことなら、ありがたく頂戴しよう。役立たせてもらう。……で、他の分野に手を出す話はどうだな」


 招待するにあたって、三人には他に事業として手掛けたい分野はないかとの問い掛けを投げておいた。


 大工を束ねる滝屋盛次郎は美術・工芸方面に興味があって、工房を設置したいそうだ。人足手配の雲取屋佐平次は、綿布団の試作品に触れた結果、その魔力に魅入られてしまったらしく、布団づくりに邁進する気満々だった。


 鉱山開発を手掛ける木霊屋鋼次は、葡萄酒を気に入ったらしく、秩父で葡萄酒づくりをやりたいとの話である。


 三者の方向性とも、新田としては大歓迎なので、積極的に協力していくと約束した。立ち上げ期には、試作品を含めて積極的に買い取るとしよう。


「それと、それぞれ山が近いから、氷室を手がけないか? 新田でもやるつもりだが、おそらく普通に利益の上がる事業になると思う」


 夏に冷たいものを、との話に彼らは乗り気になり、初年度は新田主導で洞窟の選定を行う話となった。彼らが儲かり、領民が夏に涼味を楽しめるのならいい話である。


 その段階で、俺はその場に近衛前嗣と長尾景虎を呼び込んだ。俺では軽すぎるので、権威である彼らから励むようにと声をかけてもらおうとの趣向である。


 滝屋盛次郎は関白殿下との対面に、木霊屋鋼次は軍神殿から向けられた微笑みに感激したようだ。一方の雲取屋佐平次は、上洛中で不在の蜜柑に会いたかったらしい。いつか機会を設けることにしよう。




 三人には食事を振る舞う席を設け、道真や用土重連も同席する形となった。軍神殿、関白殿下と対面した後だけに、新田の者たち相手ならばくつろげるだろう。


 高利貸しとして豪勢な生活ができる立場だった彼らは、美食をする機会も多かったろうが、江戸前の刺し身や天ぷら類などは初遭遇のはずだ。


 と、その食事会に彼らが一人の女性の同席を求めてきた。まさか側妻候補とかじゃあるまいなと警戒したが、そういう話ではなかった。


 緊張した面持ちの目のくりっとしたその人物は、川鳥屋の翡翠(ひすい)と名乗った。金山城下で高利貸しとしても活動していた酒屋の娘だそうだ。


 食事にちょこちょこと手を付けては、幸せそうな表情を浮かべるのだが、咀嚼を終えると我に返ったように深刻な表情に戻るのである。


「あー、なにか心配事でもあるのなら、先に済ませてしまってはどうだ? その状態では食事が楽しめないだろう」


 迷いの表情を浮かべた翡翠嬢は、雲取屋佐平次に促されて口を開いた。


「あの、家業を酒屋に専念していくにあたってなのですが、新田風の料理を提供する形にしたいのです」


「いいな、それ」


「え、いいんですか? 門外不出なのでは……」


「そんなことないぞ。どうしてそう思ったんだ?」


「え、だって、汁そばと汁うどんが専売制だって話じゃないですか」


「あー、なるほど。えっとだな、蕎麦とうどんを専売制にしたのは、汁に使う獣肉や骨の扱いが難しいだろうから、というのが主な理由なんだ。肉を食べるまでならまだしも、獣の解体は慣れないときついかと思ってな。加えて、蕎麦を買い上げて、農村に確実に銭を送り込みたいというのもあったし」


「農村に銭が渡ると、どうなるんです?」


 問うてきたのは、雲取屋佐平次だった。


「蕎麦やうどんの屋台で食べてもらうのもそうだが、物を買えるようになれば、食べ物や服、それこそ布団だって欲しがるかもしれんぞ」


「農夫が、布団をですかい?」


 声には疑いの念が色濃い。まあ、現状を考えれば無理もない。


「家もしっかりした作りのものを求めて、大工の仕事が増えるかもしれん」


「ほほう」


 滝屋盛次郎の方は、興味深げである。


「鉱夫や人足は、日銭を得ているから町で金を使うだろ? だから、彼ら相手の商売が成立する。酒屋の顧客層もそのあたりだったんじゃないかな。そこに、農民がちょっとおしゃれして町に出てきて、買い物したりなにか食べたりするようになれば、話も変わってくる。そう考えると、新田風の料理を出してくれる酒場なり食事処ができれば大歓迎だぞ」


「じゃあ、お許しをいただけるのですか?」


「許すも許さないもなくやってくれていいが、料理人や給仕を派遣しよう。そこから吸収して、新たな流儀をつくって、自前の者たちを育ててくれればいい」


「いいお話ですが、取り立てが不能になった貸金が多くて、お金が……」


「いや、派遣する人員の金はこちらで出すぞ。それに加えて店を新たに出したり改装したりするなら資金も出す。ただ、売上の二十分の一税は納めてほしい」


「それはもちろんっ」


 話はまとまって、翡翠嬢は見事な健啖ぶりを発揮した。中でも海鮮の刺し身と焼き魚が気に入ったようで、それを主力の料理にしたいそうだ。となると、鎧島との往来を活発化させる必要がありそうだ。




 居酒屋への料理人派遣の話を澪に伝えたら、翌日になって那波氏の娘、茉莉(まつり)を連れてきた。拓郎と一緒に、製菓を手掛けてくれている人物である。


「茉莉は、菓子を提供するお店を出したいらしいの。屋台じゃなくって、席で食べられるようにして」


「大歓迎だ」


「ただ……、実はですね」


 思いつめた様子だが、何事だろうか。


「屋号を那波屋としたいのです」


「いいじゃないか」


「いいんですか? 新田に歯向かった家ですが……」


 澪の袖をきゅっと握っている姿は、穏やかそうな娘だけにつらそうである。


「一時的に敵対したのは確かだが、その時の当主は一戦して去っていったわけだし、新田の側に遺恨はない。養蚕での桐生氏、那波氏に加えて、菓子屋としても那波の名が残ってくれれば、豪族の方向性転換の象徴ともなってくれて大歓迎だぞ」


「遺恨がない……? じゃあ、気にしてたのは本当にあたしだけ……?」


 愕然とした様子であるからには、那波の名を掲げるのは、なにやら仇討ちめいた感覚からだったのだろうか。


「ああ。いつか新田が滅びても、那波の菓子は残っていくような店にしてくれるとうれしいぞ」


「あ、はい、がんばります。……ただ、新田は滅ぼさないでください。今の厩橋の雰囲気は、好きなのです」


「俺もがんばってみるよ」


 そこから、扱う菓子の方向性を考える形になった。茉莉自身は洋菓子系が好みだが、両親が喜ぶのは大福を始めとする和菓子らしい。それならと、和菓子と緑茶の那波屋、洋菓子と紅茶の茉莉屋の二系統を、同じ敷地で展開する形にしてみた。


 当人はフルネームが店の名前になってしまいそうなことに当惑していたが、まあ、それもよいだろう。


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