【永禄三年(1560年)九月中旬】

【永禄三年(1560年)九月中旬】


 厩橋に戻ると、大福(おふく)嬢から大福(だいふく)はまだかとの催促があったので、早速取り掛かることにする。<製菓>スキル持ちの拓郎と一緒に、小豆を水飴と煮てあんこを作り、米をついて餅状にして包む。


 大福というのはそういうもんだろうと思ったものの、仕上がりはいまいちだった。拓郎がいろいろ試してみたいと言うので、改良は任せるとしよう。


 館林城、河越城は新田が攻略したものの手放した状態なので、新たな開発地は鉢形城、天神山城の城下と旧平井城域となる。既に開墾は進めていたので、米の収穫が済んだら新規開拓の畑に麦を植えるとしよう。ここでも、うどん切り、パン、菓子を示してやる気の引き出しを図った。


 そうそう、パンはもっちり系ではあるが、安定して供給できるようになったので、パン粉も入手可能となった。さらには、卵も確保できるようになったので、バッター液を使ったカツ作りを導入した。


 カツ丼、カツサンド。卵とじもいいけど、ソースもいいな。ソースは、野菜を煮込むのはできても、スパイスの確保は難しそうだ。いや、漢方系で試してみるとしようか。


 そして、カツは豚に限らない。チキンカツもそうだが、田鯉農法で使った鯉も試してみよう。まあ、天ぷらや唐揚げの方がよいかもしれないが。




 そして、利根川の河口近くにある鎧島確保の準備も進んでいる。具体的には、そのまま城壁に転用できそうな船、組み立て櫓、大型の螺旋ポンプなどが作られつつあった。


 これは独断で行うのは危険が大きいので、軍神殿に話を通す必要がある。タイミングを見計らうとしよう。




 城での初期教育は、刈り入れの時期に一旦解散となるので、今のうちにと有望な者、希望者の召し抱えを実施した。


 重点スキル持ちは、既に個別に勧誘して召し抱え済みなので、各組織の強化が主眼となる。


 有望組、つまり▽持ちからは、軍事方面として前線主力隊の指揮役候補、忍者隊、騎馬弓兵隊、鉄砲組、城の防備を担当する守備隊などに。


 内政面では、志望と適性、スキルを踏まえ、直轄事業の農業系、産業系、商業系、土木系、造船、建築系、芸術系など様々な分野の主力候補として登用した。


 無印の希望者は、一般の雇用者同様に希望を踏まえつつ各所に配置する。もちろん、▽なしでも有能な者は待遇を上げていくし、働くうちに▽印が現れる者も出てくるだろう。


 そして、状況からか常備兵への志願者が多めとなっていた。増強は急務なので、正直助かる。


 軍方面では、長尾軍の一翼として戦える現状は、経験を積む格好の機会となるものと思われた。




 そうそう、澪が率いる弓巫女についてだが、栞と凛の他に、河越城攻略にも参加してくれた八人が加わっている。中でも、有力そうな保有スキルとして、美滝の<鉄砲隊指揮>、桔梗の<砲術>、千早の<弓術指導>が確認されている。


 千早の<弓術指導>も影響が大きそうだが、美滝の<鉄砲隊指揮>の即効性、また、桔梗の<砲術>の将来性も期待できるところとなる。


 そう考えると、河越城で戦場での経験を積めたのは意義深かったかもしれない。彼女らの動きは、澪と相談していくとしよう。




 忙しく過ごしていると、拓郎から大福(だいふく)が満足のいく出来になったとの報告が入ったので、大福(おふく)嬢に試食いただく運びとなった。


 軟禁状態とはいえ、芦原道真と用土重連の手配で緩やかに過ごしているようだ。大福と対面した大福嬢は……、ややこしいが、ともかくうっとりと見つめていた。共食いという言葉が脳裏を駆け巡る中で、大福が大福に噛み付いた。


 咀嚼した若奥様は、いい笑顔で頷いた。


「この菓子に、おふくの名を与えましょう」


「いや、それはだいふく……」


「おふくです、よろしいですね」


「……わかった」


 目が据わっているのもあって、思わず首肯してしまっていた。


 大福姫は、同席していた拓郎を質問攻めにして、自分も作りたいと言いだした。大福が大福を……、いや、このくだりはもういいか。


 俺は、同席していた夫の氏邦に同情の視線を向けた。


「俺が言うのもなんだが、この先も振り回されそうだな」


「ええ、本当に……」


 若い北条一門の武将は、遠い目をしていた。


「ところで、退屈だろう。なにか、興味のある分野はないか?」


「街づくりが盛んで、そこが興味深いです」


「なら、混ざってみるか? 同じ年頃の者たちも多く活躍しているし」


「人質ですのに、よろしいのですか?」


「いや、氏邦は別に人質じゃないぞ。さすがにあそこで勝手に解放するわけにもいかなかったから、留め置いているだけで。……すまんが、まだしばらくは滞在してもらうことになるが」


「そうなのですね。他の人質衆は河越に移されたのに、おかしいなと思っていました」


 厩橋には、成田や本庄らの一族が人質として集まってきていた。新田としては手厚くもてなしたが、彼らは越後長尾家に対しての人質で、最終的な処遇の決定者は軍神殿となる。


「まあ、町を豊かにして民を暮らしやすくするのは、敵味方に分かれていても同じことだ。総てを受け容れる必要はないが、学んでみるといいさ。あ、我慢できずに脱出するとなったら、忘れずに大福殿も連れて行ってくれよ」


「承知しました」


 苦笑が交わされている間にも、拓郎は厨房へと拉致されていた。




 軍神殿の軍勢が江戸城辺りに向かうというので、俺は早漕ぎガレー船で利根川を下った。


 江戸城の辺りは、北条方の江戸太田氏が治めている。岩付太田氏とは別陣営となった同族である。


 実際は取り残された状態に近く、越後長尾勢が総攻めをかければ落城する可能性が高い。ただ、軍神殿にその気はないようだった。


 連合軍……と言いながら、収穫期だけに成田勢、本庄勢、岩付太田勢の大半は本拠に戻っている。実質的には、越後長尾勢となっていた。


 軍神殿、関白殿、関東管領殿に対面した俺は、緑茶と大福(おふく)を振る舞いながら、鎧島を確保して砦を築きたいと願い出た。


「あの島でおじゃるか?」


 滞陣場所からは、鎧島が遠望できた。砂州ではあるものの、なかなかの規模である。


「ええ。品川の湊は、攻められやすい場所にありますので、あそこに船の避難所を作れればと考えています。ただ、里見殿には話を通していただきたく」


「よかろう。里見には手出し無用との触れを出しておく」


 軍神殿が湊の価値をどこまで捉えているかは不明だが、越後は産業が盛んで、日本海航路から琵琶湖……、いや、淡海水運を使って京へ産物を供給していると聞く。おそらく重要性は理解しているだろう。河越城攻略の褒美代わり、とでも考えているかもしれない。


 すぐに実施するならこの目で見たいと言うので、早速実行に移すことになった。


 夜陰に乗じて、ガレー船団と築城用の石材、木材を運んでくる。一部は、船を城壁状に作って乗り上げさせ、即席櫓も据え付けた。


 一夜明けた頃には、鎧島城が完成していた。ハリボテ状態なので、これから実を入れていく必要があるが。我が新田勢は、わりとこんなんばっかではある


 品川の湊には、敵意がない旨の伝達を行った。まあ、船団を常駐させる以上は事実上の勢力下となるだろうが。


 それでも、矢銭は取らず、自由な交易を求めるのだから、文句はあるまい。




 軍神殿の軍勢が北上した頃、勝浦水軍がやってきて、交流が実現した。岬の言うところの姉御が船団の統率者であるようだった。


 既に話はついており、上泉秀綱一行を伊勢まで送り届けてもらうとしよう。


 今回の上洛行には、剣豪組の他、加藤段蔵も新田忍びを何人か連れて参加する。彼らの一部は別行動を取り、伊賀、甲賀、雑賀、根来を表敬訪問する予定となっていた。


 そして、蜜柑ともひとまずのお別れとなる。その後の夜の生活を経ても、現状で懐妊の気配は見られていない。


 期間としては、半年が目処となる。移動も含めると、やや慌ただしい行程となるのは間違いのないところだった。




 鎧島では、湊としての機能を求めて、掘削、盛り土を行い、並行して塩田造りも進めた。


 この計画には、技術者と土木系黒鍬衆の面々が総出となっている。ただ、現状では嵐が来たら品川の湊に退避する想定でいた。


 武具としては、河越城でも使った硫黄筒付きの火矢に、笹葉が開発に成功した大型版クロスボウのバリスタも投入されている。


 俺が離れた後に、北条水軍の一部が押し寄せて海戦となったようだ。無事に勝利を収め、捕虜対応としては、酒と飯を与えて歓待して、土産を持たせて送り返す、対忍者方式が踏襲された。今後への布石となるだろうか。


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