応援コメント

【永禄三年(1560年)八月末】その一」への応援コメント

  • 米よりも小麦を重視した献立と理解した時の長尾および上杉や近衛勢の驚愕も期待できる。
    特に長尾家としては米飯(越後では僅かな沢庵漬けや梅干しや味噌をオカズに塩むすびが主食だった)を主体とする食事が当然だから、カルチャーショックは相当なものだったであろう。

    戦時でない常食として、一食あたり二合〜二合半の飯(握り飯として6個程度)を食う奴らだから、うどんやそばの副食として握り飯を食ってそうだけれど。