【永禄三年(1560年)五月下旬】その二

【永禄三年(1560年)五月下旬】その二


 さて、越後長尾家とひとまずの友好関係を築けたことから、今後の方針を固めつつ意識合わせをするため、主だった面々を集めての討議を実施した。


 新参の小金井桜花、岩松守純も含めた武将組だけでなく、加藤段蔵、三日月の忍者組に、川里屋の岬、開発陣を束ねる笹葉に、造船方面を担当する中島飛蔵らも参加している。さらには、今回お披露目する新規登用組も控えていた。


「さて、本決まりではないが、長尾景虎殿が関東管領を奉じて関東に進出してくる可能性が高まっている。その場合は、我が新田家は立地的にも戦略的にも、長尾勢に協力することになるだろう。理想は、我らが所領は維持しつつ、北条との間に彼らの拠点を設置させ、安全圏を構築したい」


「その場合、碓氷峠を越えて武田が進出してくる可能性が考えられますが」


 指摘したのは、上泉秀胤だった。まあ、新参組としては存在感をアピールしたいところだろう。


「越後方面の手当ても必要だろうから、すぐの本格侵攻は考えづらいが、備えておく必要はあるな。軍神殿の腰が引けるようなら、武田方に回るのも一つの考え方だが、できれば長尾方でありたいものだ」


 長尾景虎が従属勢力を温存し、離反されてもまた帰順を許すようなあり方なのに対し、武田信玄は最前線に立たせて削りつつ能力、忠誠を試すところがあるように思える。譜代や手ずから取り立てられた家臣ならともかく、外様にとっては織田信長以上に仕えづらい家であるように感じられた。


 ただ、選択肢を捨ててしまう必要はない。生存戦略は柔軟であるべきだろう。


 次に口を開いたは道真だった。


「殿の問題意識はどこにあるのです? お話の展開でしたら、攻略の方針は長尾景虎殿がお決めになりそうですが」


「問題は、補給についてだ。大軍が関東に入り込み、春先まで滞在し、さらにその影響で各地で軍勢が活動するとしたら、必要な糧食は膨大なものとなる」


 そして、越後からの物資は期待できない。そもそも、史実での関東進出も越後での糧食不足を解消するため、軍勢向け糧食を関東で調達する必要があってのものだった、とする見解もあった。


「小荷駄の運用の話になりますか」


「持ち歩ける物資だけじゃ不足するだろう? その後はどうやって調達するんだ?」


「現地調達ですな」


 まあ、やっぱり略奪だよな。少なくとも領内では、できれば他領でも起きてほしくない。


「おそらく従軍することになるだろう新田の分は、廐橋や近場の城から運んで対応したい。そのための、運ぶための部隊編成、運用の相談だ」


「確かに、その方が効率的かもしれません」


 そこで手を上げたのは、川里屋の岬だった。


「利根川沿いなら、船で運べると思う。新田の船が兵士の輸送で出払うようなら、ボクらの船でも。利根川よりも南だと……」


話を道真が引き取る。


「荒川を越えて進みますか。いずれにしても、川での水運を利用しつつ、小荷駄隊を往復させれば、まあ可能でしょう」


 できれば主要な方面への道は整備して、荷車を使えるようにしたいが、長尾勢がどこを目指すかは正直わからなかった。


「新田向けもそうなんだが、長尾勢にもできるだけ供給したい」


「そうなると、膨大な食料が必要になりますな」


「そう考えての食糧増産と備蓄だ。米以外の食事に慣らしているのも、その点の思惑があってのことだ。我が新田は、引き続き乱取りは厳禁とする。侵攻先で村々から兵糧を出してもらうとしても、金銭で購入する」


「その方が、よろしいでしょうな」


 と、また岬が口を開いた。


「ねえねえ、なんか話がずれている気がするんだけど、商人からの買い入れは考慮に入れないの?」


「商人と言うと……? 戦地で商人から食料が買えるのか?」


「現地調達の主力は商人からになりますが」


 あっさりと道真が応じ、主力陣が当然のように頷いた。どうも、岬に指摘されたように認識にずれがあるらしい。


「そうだったのか。現地調達というのは、農村で略奪するものかと思っていた」


「相手の勢力を落とす意味合いから、また、従軍する者達への褒美の意味でも、好んでやる家があるのは確かです。ただ、収穫期ならともかく、軍勢の必要量を満たせるほどに備蓄しているところなどありませんから、非効率です」


「商人から買うのは、別に問題ない。……それだと、うちが自前で確保したら、商人の商いを邪魔することになるのか?」


「その側面はありますが、足りているのに買い付ける必要もございません。長尾家への供給の面では、商売仇となりますな」


「……長尾に食料を供給するとして、無償じゃないのか?」


「いえ、当然、有償になるでしょう。値は相場よりも多少は低くなるかもしれませんが」


「そういうものなのか……」


 なんか、常識が崩れてしまう感じがする。


「廐橋滞在中は別としまして、そこから先に進めば、彼らが自力で調達するのは当然です。我らが招いたわけではありませんからな。臣従するのなら、話は別ですが」


「それは避けたい。……だが、商人はどこから調達するんだ?」


「食料に余裕があるところからですな。商人の邪魔をされたくないようでしたら、むしろ供給すればよいではないですか」


「それが、長尾だけでなく北条や他の勢力に回る?」


「そういうことになりますな」


「じゃあ、食料さえあれば、戦さがあればむしろ儲かる?」


「よそで不足しているものを持っているわけですから、当然です」


「なるほどな。それなら、今のうちに、米をさらに買い込んでおくか」


「はい、それはぜひ」


「長尾勢が到着するまでももちろんだが、収穫が済む頃にもできるだけ米を買い集めたい。おそらく、来年まで戦さは続く」


「どれくらい必要になるかわかりかねますが」


「多ければ多いほどいい。領内では、初夏には麦が実る。来年の初夏まで保たせられれば……、いや、できれば余るくらいがいい。その後は、値上がりしている状態で売りに転じればいいわけだからな」


「資金が幾らあっても足りませんな」


「粗銅の冶金は、その後どうなっている?」


 冶金の第一人者である小三太少年までは、さすがにこの場に出てきていない。代わりに、岬が応じてくれた。


「順調に金銀が得られていると聞いてるよ。ボクのとこには、もっと銅を集めてくれって話が来てる」


「それはなによりだ。……金銀を抽出できれば、純粋な銅が残るわけだよな。売り直すつもりだったが、永楽通宝を鋳造できないか」


 話を向けた道真は、虚を衝かれたようだった。


「それは……、鍛冶方面との連携が必要ですな。笹葉殿、いかがでしょうか」


「まあ、鍛冶仲間から、どこぞの私鋳銭を手掛けた話は耳にしたことがあるよ。声はかけられるし、単独でもできると思う」


「全般としては、東国では私鋳銭も含めた永楽通宝が流通していて、上方では私鋳を嫌って宋銭の古銭を好んでいるとの理解でいいんだよな?」


「そういうことになるね」


 岬の答えに、上泉秀胤が重ねてきた。


「上方では、大口取引では銀で支払う場面も増えてきています。南蛮商人が銀を求めているそうでして」


 石見銀山は、まだ争奪戦の途中のはずだが、産出は続いているのだろうか。


「銀はすぐには手に入らないな。……東国で宋銭はどう扱われているんだ?」


「鐚銭と違って使えるものの、実際は敬遠される場合があるようです」


「うちでの私鋳がうまくいくようなら、新田の永楽通宝と関東で流通している宋銭を交換していきたい。岬、頼めるか?」


「うん。海近くならともかく、この辺でならむしろ感謝されると思う。任せて」


「それと……。永楽通宝なんだが、この辺りで私鋳されてるってことは、銅が使われてるんだよな」


「もちろんです」


「そこにも、金銀が混ざってるんじゃないか?」


「あ……、確かに」


「計画している新田永楽をよその私鋳永楽と交換して、冶金で金銀を取り出せないかな」


「いけそうですね。特に鐚銭については、入手が容易ですから有効でしょう。取り寄せた銅から得られた金銀の量を考えれば、充分に意味があるかと」


 前のめりの道真に対して、首を傾げたのは笹葉だった。


「うーん、でもさあ。私鋳銭が銅で作られているかはなんとも言えないね。それこそ銭を鋳潰して、鉄や鉛なんかを混ぜて作ってるかもしれないよ」


「鉄なら幾らでも再利用できるな。鉛は……、鉄砲の弾か。扱いは大変だが、そちらもありだ。笹葉、まずは金銀抽出済みの銅を原料とする想定で、進めてみてくれるか。これもまた補給の一面で、同時に財政のためとなる」


「ああ。責任は重大だね」


「なに、これまでの功績からすれば、小さな話さ」


 笹葉は、これまでスコップ、ツルハシ、螺旋ポンプことアルキメディアン・スクリュー、真空ポンプに手押し車など、今後の所領発展の礎になるものを開発してきてもらっている。私鋳銭づくりはよそでも実施されているし、冶金の手伝いもしているからにはさほどの難度ではないだろう。本当に、得難い人材である。




 皆がそろったこの機会に、各方面の確認をしておくことになった。




 水軍はガレー船の建造、運用も含めて順調に進んでいる。これまでは、船に対応できそうな者たちを中心に運んでいたが、一般兵を乗せる訓練も行おうとの話になった。長尾勢の渡河などに協力する場面もありうるためとなる。


 造船については、まず雰囲気を似せる形ではあるが、南蛮船の試作も進めていた。和船の川船だけ作っているより、技術の幅が広がるものと期待されている。


 造船方面は中島飛蔵に任せて安心で、水軍方面には海彦の他、水軍スキル持ちの神後宗治も引き寄せられているようだった。


 主力部隊のうち、刀を主武装としつつ盾を備えて防御力を高める前線向け部隊と、長槍部隊はどちらも順調に調練が進んでおり、連携を高めつつ、互いに戦う演習も実施している。


 また、刺突剣を得意とする者たちも揃い始めていて、そちらを前衛に、横から剣撃部隊が仕掛ける戦術も検討されつつあった。


 常備兵には田植えを済ませた段階で加入してきた新規登用組も多く、人数こそ城兵を除いて千五百超まで来ているが、実践経験の不足は否めない。長尾勢との共闘で磨かれる展開となるだろうか。


 こちらは上坂英五郎どんと見坂兄弟が束ねつつ、上泉門下の剣術、槍術指南役によって個々の実力向上も図っていた。


 澪が束ねる弓兵も、精密射撃を実施する精鋭部隊中心に調練は続いていた。弾幕的に矢の雨を降らせる組も、引き続き確保しているが、そちらの一部には鉄砲を試させ始めてもいた。


 鉄砲隊は、まだまだ試験導入段階だが、小金井桜花の加入で前のめりに動き出している。


 表と裏の忍者隊は、加藤段蔵の指導も加わり、より活性化している。また、盗賊に家族を殺された子らが熱烈に志望してきたり、あるいは単純に正義の味方的に憧れてだったりで、志望者が増えてきているのも、士気の向上につながっているようだ。


 剣豪隊は、志望してどうなるものでもないが、相変わらずの切り札状態ではある。また、盗賊討伐での忍者との連携も、彼らにさらなる高みを目指そうとの動機づけとして作用している模様だった。




 そして、今回お披露目されたのは、黒鍬衆として新設する土木部隊だった。


 孤児を含めたスキル持ちに苗字を与え、主導させるのが基本だが、統率力に難がある者が多いので、人格的に問題のない年長の統率高め▽持ちを副官として配置した。


 <治水>の担当は鎮龍氏、<掘削>は開世氏、<築城>は築邦氏というのはやや安直だろうか。実働には、農地開墾支援で能力を示していた者たちを中心にしつつ、随時各兵団から人を派遣する形になるだろう。また、農閑期には、報酬を支払う形で農民から人足を募集し、貨幣経済の発展との一石二鳥を狙おう。


 治水の鎮龍氏の長は十七歳の常備兵志願から、掘削の開世氏は集合教育組出身で俺と同年の十五歳、築城の築邦氏に至っては孤児上がりの十二歳である。初々しい彼らのあいさつは、微笑ましく受け容れられた。


「この者たちの活躍範囲は幾らでもある。軍事や開発、商いとは毛色が違うが、すべての動きの基盤となる国造りを担ってもらうので、支援を頼む」


 ただ生きていくだけでも大変な時代ではあるが、できれば豊かに暮らしていきたい。そのためには、彼らの活躍は必須なのだった。


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