【永禄三年(1560年)四月中旬】その一
【永禄三年(1560年)四月中旬】その一
金山城下は霧隠才助指揮下の忍者隊による調査と小金井桜花殿の地元知識とで早期に安定させることができた。
桜花殿は地元で顔が知られており、各集落との交渉は円滑に進む場合が多かった。そして、金山城下は周囲との比較ではわりと穏やかなようでもある。由良家には新田の名乗りの絡みでつっかかられたものの、領民にとってはいい城主だったのかも。下剋上後に混乱なく治めていたわけだから、単なる無能ではなかったのだろう。
それを受けて、造船、水軍の拠点は金山城下に移転することにした。ただ、金山城は、防御力こそ高いが、山城で発展性に乏しい。そこで、大泉に砦、湊を築いて、軍港的な水軍根拠地を目指そうとの話になった。
金山と大泉の間の土地……、元時代での太田市街はわりと平坦な土地のため、道を整備して開発を目指すとしよう。鍛冶のうちの量産拠点も、こちらに移すのがよいかもしれない。
造船関係は、<船大工>スキル持ちのうちで統率の高い飛蔵に中島姓を与え、船大工たちを束ねてもらう形とした。後の中島造船の始まり、ということに果たしてなるだろうか。
また、笹葉が開発中のバリスタ的な大型クロスボウの試作、開発もこちらに移すことになった。
先の戦さの後始末としての、桐生氏の今後については、旧領で養蚕が盛んだったとの話なので、厩橋城下で手掛けたらどうだと提案してみたら、旧領民の有志と取り組みたいとの話になった。それならと、半ば召し抱える形で厩橋に集中生産拠点を築くことでまとまった。そこには那波氏の妻子や旧臣も合流した。
もちろん、軍事面で身を立てたい面々は別途取り立てるが、箕輪繁朝の例を挙げるまでもなく、豪族の誰もが戦闘狂いなわけでもない。彼らには、取り込まれて別の道を歩むモデルケースとなってもらえるとよいのだけれど。
蚕については、<交配>スキル持ちを派遣して、養蚕面で都合の良い個体をかけ合わせてみようともしている。
そして、蚕の糞は戦略物資である。家畜の糞と草、尿などを混ぜ合わせて穴に重ねていけば、効率的に硝石が採れるはずだった。その意味からも、養蚕事業は積極的に採り入れたいのだった。
金山城への襲撃を踏まえて、才助、三日月と忍者隊についての振り返りを実施した。同席しているのは、芦原道真である。
俺としては、緒戦でこれ以上ない成果を上げたとの認識だったのだが、才助の認識はだいぶ違っていた。
やや困り顔の彼が言うには、質量ともに増強が必要なのだが、忍者の志願者、なり手が見つけづらく、増強が困難だというのである。実際、選抜組からも忍者としての活動に馴染めず、離脱を希望する者が出ているそうだ。
まあ、忍者としてのスキル、活動経験は、一般の部隊でも内政要員としても役立つだろうから、そこは当人の志望になるべく沿いたいところである。
だが……、隠密戦闘もそうだが、防諜、情報収集要員の確保は、今後の重点課題である。忍者のなり手か……。
「なあ、才助。普通は、どうやって忍者を増やしてるんだ? 里で生まれた子を育てるのか? 向き不向きがありそうだが」
「それもありますが……、子供を買ったり、さらってきたりの方が多いようです」
「そうか……」
身体能力に秀でた子供を連れてきて、育成しているわけか。食いっぱぐれはないかもしれないが、忍者の末路が明るい未来とは限らない。
元の時代で定着していた忍者イメージは後の世に脚色された部分が大きく、史実としては盗賊上がりの透破、乱破と呼ばれる者たちの破壊活動や、敵地での略奪などが中心だったとされている。
ただ、この世界は現実のようではあるが、ステータス値が見えて、初期配置のランダム生成モブ豪族が存在している点からも、「天下統一オンライン・極」の世界観がある程度混じっているのも、ほぼ確実となっている。軒猿衆、風魔がいるからには、各地に忍者衆は規模こそ違えど存在していると考えるべきだろう。備えは必要だった。
「村の子供達や、孤児らから適性がありそうな者を誘って選抜すればよいのでは?」
「忍者になりたがる者がどれほどいますかな」
「霧隠殿が武将として活躍すれば、希望者が現れそうにも思えます」
男装の宰相の言葉を鼻で笑ったのは三日月だった。
「護邦だけじゃなくて、あんたもバカなの? それは、武士や足軽になりたいだけでしょうに。忍者になる必然性がどこにあるのよ。しかも、今回だって、手柄は秘匿するんでしょ?」
俺は天井を見上げて考える。
「忍者ってなんだ……? 体術に優れた者たちだよな。別に影に潜む必要はないんじゃないのか」
「あんたはあんたで、相変わらずほんとにバカよね? 忍んでなければ忍者じゃないでしょうに」
「いや、探索能力に優れて、体術に長けた者達は、隠れてなくても忍者だろう。正義のために活動する忍者とか、よくないか?」
「救いようがないわね……。全然よくない。正義って何よ。依頼主を勝利に導くのが忍者でしょうに」
三日月の反応の強さは、本気で考えてくれている証にも思える。
「いや……。領民に対する、盗みや人さらい、襲撃は悪だ。それは間違いないだろう。それを挫く存在は正義じゃないか」
「なにを世迷い言を……」
「なあ、道真。治安維持の必要性の話が出ていたよな」
「ええ、領内が豊かになったとの噂が広まり、盗賊が入り込んでいるようです」
「忍者に、市中警備、盗賊追捕をさせるってのはどうだ」
「忍者が、表で市中警備を? ホントに馬鹿なの?」
忍群女頭目の否定に対して、才助の方は真剣な視線を向けてきている。
「三日月率いる忍者の本隊はもちろん影のままだ。才助が率いる部隊に、忍者を名乗りつつ盗賊討伐をさせる。できれば、剣豪と一緒に」
「それは、よいかもしれません」
「忍の技でもチラ見せしつつ活躍すれば、志願者も出るだろう。適性のある者を忍者として養成して、防諜も担当させられれば」
「裏の忍者仕事はさせないってこと?」
「そちらは、引き続き影の役割としよう。……表の忍者として活動するうちに、影に魅せられる者も出るんじゃないかな」
頷いている才助、呆れている様子の道真に対して、三日月は考え込んでしまっているようだ。
「三日月、どう思う? 陰陽に分けるとしても、忍者の意味合いが変容していく話なのは間違いない。反対ならやめておくが」
「バカバカしすぎて、やったらどうなるかが見てみたくなってきた」
口の悪さは相変わらずだが、ひとまずの支持の表明と考えてよいのだろう。
市中警備隊については、剣豪勢にも打診したところ、上泉秀綱と神後宗治と、そしてなにより蜜柑が乗り気になった。
剣を振るう場面として戦さに価値は見出していたものの、国峯城落城の危機を乗り越えて以来、彼女は領民を守る意識が強くなっている。領内を荒らす盗賊討伐は、取り組むべき事柄なのだろう。
そして、盗賊の動向の探索は、忍者としての情報収集の教材にもなりうる。かくして、人さらい、盗賊などを剣豪と忍者が組んで討伐する仕組みが構築された。
そして、滑り出してみると、当初は微妙な反応だった疋田文五郎の積極性が目立った。やってみて納得すれば、愚直に進めるタイプなのだろうか。面白がっていいところを持っていく神後宗治とは、補完し合えるいいコンビなのだろう。
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