【永禄三年(1560年)四月上旬】その一
【永禄三年(1560年)四月上旬】その一
これまでの戦いは、総てが防衛戦だった。今回は、初めてのこちらからの攻勢となる。
ただ、先に手を出してきたのはあちらである。広い意味では受け身の戦いなのかもしれない。
仕掛ける先は、新田氏の惣流を自称する由良一族である。公然と攻め掛かられたからには、遠慮の必要はない。新田氏同士の内輪揉めとでも捉えてもらえると、いろいろやりやすいのだが。
先日の攻勢は由良氏単独ではなく、赤石城の那波氏、桐生城の桐生佐野氏も連携していた。現在の新田の所領に隣接しているのは赤石城なのだが、仕掛ける先はあえてその先にある金山城となる。
これは、由良氏が先日の攻勢を主導したと思われるのに加え、金山城が山に築かれていて、戦国SLG的に言えば城の防衛レベルが高いためだった。緩衝地帯があると考えて油断しているところを、襲撃するという考え方である。
小金井桜花殿とはその後は交流できていない。戦場でまみえることになるのだろうか。
夏に長尾景虎がやってくるならそれまでに、そうでなくとも北条勢力下の国人衆同士の内輪揉めを装って領域を拡大しておくのは意味がある。
北条は、史実通りに主力を里見攻めに振り向けているようだ。飢饉が発生している状態で遠征というのも派手に聞こえる話ではあるが、相模と上総、安房……、元時代での神奈川と千葉は、アクアラインがないこの時代でも、海路でわりとすぐの位置関係にある。実際、里見配下の海賊が相模を荒らし回るという場面もよくあったようだ。
そして、このタイミングで里見を滅ぼしておければ……。北条の関東攻略は、だいぶ楽なものになっただろう。千葉との同盟が続くという前提だが、上野、下野の諸将を従えた状態で、佐竹を抑え、後顧に憂いがない状態で長尾、武田、今川らと対峙できれば、話はだいぶ違っていた。
まあ、逆に里見を討ち果たした勢いで、景虎と正面から戦ってしまって、滅ぼされる可能性もゼロではないのだが。
それにしても、ちょっと史実通りに進みすぎているというのは、気になるところだった。「戦国統一オンライン・極」の世界にいるのなら、戦さの結果に完全な補正が入るわけではないはずなのだが……。
そう考えると、やはりゲーム的な要素がかぶさっているものの、根本は現実世界なのだろうか。農民の生活ぶりなどを見ても、ゲーム世界と捉えるのは妥当ではなさそうだ。
仮に史実通りに動くのであれば、来月には桶狭間で今川義元が討たれ、八月には軍神殿が上野にやってくるわけだが、さて、どう考えるべきか。
ただ、どうなるにしても、国人衆が乱立している上野の現状なら、勢力を拡大しておくのは意味がありそうに思えた。
由良氏の本拠地は、利根川と渡良瀬川に挟まれた、わりと平坦な土地にぽこっと生じた山、金山にある山城である。普通に攻略するとなれば、だいぶ苦労するだろう。ここは当然、奇襲の一手で、その効果を高めるための赤石城をスキップしての攻撃となる。
早朝に川を下る船には、試験航行を終えたばかりのガレー船……高速櫂船も導入された。川で運用するために喫水は浅めに設定されているが、騎乗した奇襲部隊の運搬には充分に対応できる。事前に決めていた上陸地点から、侵攻は開始された。
先行したのは、蜜柑を主将、剣聖殿を副将とする突貫部隊と、澪が率いる精鋭弓手部隊で、どちらも騎乗しての移動となっている。急襲対応のため、今回は澪達は巫女服姿ではない。
後に続くのは、ガレー戦の漕ぎ手も兼ねた歩兵部隊で、徒歩での移動となる。その本隊が到着するまでに、金山城は陥落していた。
この世界が「戦国統一・オンライン」そのままの世界であれば、間に赤石城を挟んでいるため、道がつながっていない金山城は攻められなかったはずである。けれど、実際には利根川を下ることで、攻撃は可能だった。その点からも、ゲーム要素は含まれているにしても、現実世界と判断してよいのだろう。
由良成繁は討ち取ったが、妻子ら家族は落ち延びていった。下剋上で新田惣流の立場を得たと主張していた由良氏は、どこかで再起を図るのだろうか。
先行した両部隊の健闘をねぎらうと、やや不満げな表情を見せたのは神後宗治と澪だった。
「実際は、僕らが着く前に制圧は済んでいたよね」
「あたしもそう感じた。空き城を押さえただけで称賛されるのは納得がいかない」
その他の面々に視線を巡らせると、無邪気に喜んでいる蜜柑、にやにやしている剣聖殿、考え込んでいる疋田文五郎と様々である。そして、幹部級以外は事前に人払いがされていたようだった。
「すまん。帰ってから話すつもりだったんだが……」
さすがに、抵抗を偽装するまではしなかったのだろう。事前に制圧されていたのは、指摘の通りだった。
今回、対外的には、剣豪隊が騎馬による奇襲をかけたとの説明を行い、船を使った事実は伏せる予定である。
けれど、実際には、船からの先発隊の到着に先立って、夜が明けきらぬうちに襲撃が行われていた。
前月の笹葉によるクロスボウの試作品を目にして、ひどく興奮したのは忍群を率いる三日月だった。
発射音がごく小さく、少ない予備動作で攻撃ができるこの武器は、確かに忍者向きかもしれない。
隠密接敵をしつつ、相手の口を塞げる距離まで近づけなくても仕掛けられ、当たりどころによっては即死も期待できるとあらば、活躍の場を大きく広げられる。めずらしく饒舌になった三日月の要望で、すぐに量産が決まったのだった。
さらには、できれば手のひらサイズの暗器的な物も欲しいとの話になって、俺からの当初の攻城器的な大型タイプの要望もあったために、大きくしろと言ったり、小さくしろと言ったり厄介な話だと笹葉を嘆息させることになった。
結果として、小型バージョンも問題なく完成して、今回が標準、小型ともに初の実戦投入となった。
暁の襲撃は、三日月が率いる忍群の手練れと、才助が育成中のうちの有力な者たちの合同作戦として行われた。
夜が明けぬうちに潜入して、隠密索敵とクロスボウによる攻撃を駆使して落城させるというのは、武士の戦いとしては褒められたものでもないかもしれない。ただ、忍者部隊の投入の秘匿は、武家としての評判を守るためなどではなく、手札を現段階で晒したくないとの思惑からだった。
俺の説明に、神後宗治の方は師匠と同様にニヤリと表現すべき笑みを浮かべた。
「……というわけで、忍者による明け方の襲撃も、クロスボウの導入についても内緒にしたいんだ。できれば、船の利用についても伏せておきたい。だから、剣豪隊による馬を使った奇襲で、あっさり落城させたって話で、口裏を合わせて欲しい」
「したたかなやり口で心強いよ。功績を盗むような形とはなるが、まあ、借りておくとしよう」
上泉秀綱は、あっさりと受け容れてくれた。
蜜柑はそれもまた兵法なりと頷いているが、澪はやや不満そうである。弓に近い武器が投入された影響だろうか。
強襲組は帰還の途につこうというタイミングで、神後宗治が水軍及び忍群の事前襲撃実行者への褒美はきちんと渡されるのかと確認してきた。当然だと応じながら、その心遣いができるこの人物を俺は見直していた。
金山城が落ち、由良成繁が討たれ、家族は放逐されたとの一報は城域を駆け巡ったらしい。
小金井桜花殿は勇んでやってきて、あっさりと臣従の礼を取った。もちろん大歓迎である。
俺は、領地の運営方針を説明した。基本は領主である俺が直轄し、由良勢が降伏してきても所領の安堵はしない。留まって生活するのはかまわないが、年貢を徴収する。一方で、これまでの所領に応じた家禄は支給するし、軍役に参加してくれば報酬を支払う。
年貢は五公五民で棟別銭、段銭は徴収せず。労役もなく、作業仕事は自由参加で報酬あり。家禄は、これまでの収入の四半分を目処とする。
……冷静に判断してくれれば、さほど悪い条件ではないはずだが、代々の所領を失うというのは、耐え難い苦痛であるようだ。
半ば呆然と集まってきた由良の旧臣のうち、新田に臣従を誓ったのは少数の武力に秀でていない者たちのみだった。年貢が半分で家禄もあれば、やっていけるとの打算もあったのだろう。そして、我が新田が歯向かう国人衆、土豪衆には容赦はしないとの評判も影響していそうだ。
一方で、新田の非を鳴らし、その場で決起を呼びかける者たちもいたのだが、先に攻め込んできたのはお前らだろうと応じたら、黙ってしまった。
挑戦するのを妨げはしない。かかってこい。そう宣言したら奮然と去っていった。さて、合戦となるのだろうか。
ただ、桜花殿の見立てによれば、声だけ大きい輩だったようで、退散してしまうかも、との話だった。
その頃には、由良成繁の妻と息子が館林城に向かったとの連絡が入ってきたので、ついていくのも自由だと言明する。
ちなみに、由良成繁の妻と言えば、豊臣の小田原征討時に息子の国繁が小田原に籠城して不在だったため、一族を率いて豊臣軍に抗戦し、降伏するや逆に豊臣方として城攻めに参加した、豪傑的な女性である。その時点で八十歳代だったそうだ。元気な話である。
共に落ち延びた少年が由良国繁だったのか。小田原に落ち延びる可能性もあるわけだが、北条はどう扱うだろう。
桜花殿の叔父御も含めて、幾人かが主君に従うことを表明した。まあ、こちらとしては、旧家臣団の行く道が細分化されると都合が良い面もある。
残念ながら、退去組、臣従表明組も含めて、見るべき能力の持ち主はいなかった。いや、桜花殿はステータス面はともかく、鉄砲関連で活躍が期待できそうだが。
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