【永禄二年(1559年)十一月中旬】その二

【永禄二年(1559年)十一月中旬】その二


 高利貸し問題は訴訟を捌いたことで解消したものかと思っていたが、金貸しの代表者が談判にやってきた。


 まあ、話をするのは、もちろんかまわない。


 やってきたのは、厩橋に拠点を置く安照寺の住職と、酒の小売を営む酒屋、夜鷹屋の代表者、それに土倉と呼ばれる専業商人、滝屋の若旦那だった。


 酒屋の夜鷹屋は、酒造りを頼んでいる酒造ではなく、小売の方である。商圏の小さい厩橋でも稼げる商売らしく、収益を元手に、飲みに来る客を相手に金貸しをしているそうだ。


 土倉は、担保にする物品を蔵の中に入れて持っているから、土倉と呼ばれているのだとか。最初の元手は何だったのか訊いてみたいところだったが、なごやかに話ができる雰囲気ではなかった。


 こちらの出席者は、蜜柑と剣聖殿、そして神後宗治とした。ホントに、蜜柑、澪と剣豪勢に頼り切り状態である。後は、書記的に箕輪重朝にも来てもらっている。


 申し入れは、当事者で合意した内容を勝手に変えるな、という話に集約できる。口を開いているのは、安照寺の住職と酒屋の夜鷹屋の主人で、土倉の滝屋の若主人はどこか興味なさげな感じで沈黙を守っていた。


 事前の調査によれば、どうもこの辺りの国人領主、土豪の多くが新田家によって断絶させられたために、特に安照寺がそれら向けの債権の回収が不能になって焦っているようだ。


 逆に、挙兵に加わった土豪の中には、借金で首が回らなくなっていて、実入りが減ると返済不能になるのを恐れて決断した者もいたらしい。借金の形に徴税権を渡してしまっているので、そこを召し上げられてはどうにもならなくなる、と考えたのだろうか。


 四分、二分、単利の触れを知って、事前にこうなると知っていれば、滅ぼされずに済んでいた土豪もいたかも、との声も聞かれた。それを事前に相談してもらえるだけの関係性が築けていなかった、ということなのだろう。


 この状況は、確かに金貸しにとっては苦境ではあるのかもしれない。だからといって方針を変えるつもりもない。


 上納をするから方針を撤回しろとの要求もあった。実際は豪族層とずぶずぶで、持ちつ持たれつでやってきたのだろう。


 明確に断ると、当てが外れたのか条件闘争に入ってきた。


「今後、貸す際にその条件にするのは、百歩譲ってかまわんが、過去の証文を読み替えられては、商売が立ち行かん」


「読み替えるも何も、禁令に反しているだろうが」


 夜鷹屋の主人が黙ると、僧侶が激し始めた。


「仏の前で交わした約束を破らせては、仏罰が当たるぞ。その罰はお主だけではなく、借りた金を返さない外道にも下る。その覚悟はできておるのかっ」


 安照寺の住職はつばを飛ばしていて汚らしい。


 事前の調べでは、この安照寺というのはなかなかに悪質で、厩橋長野、箕輪長野の庇護をいいことに、非道な貸し付け、取り立てをしてきたのが判明している。そもそも特段の必要もないのに金を押しつける場合もあり、返済が滞れば、仏罰が下るの、先祖もあの世で苦しむだの、地獄に落ちるだの言い募って取り立てるのが彼らの手法だった。それでも払えなければ身ぐるみ剥いで、人買いに売り渡すまでが基本線だそうだ。


 現代人的に、宗教勢力の保護はしないとならんかもと思う気分はあるのだが、反社会的な組織まで保護する価値はあるだろうか?


「禁令を破った約束を仏の前で交わしたのなら、むしろお前にまっさきに仏罰が下るだろうに。それで平然としているのは、仏罰なんてないと知ってるんじゃないのか?」


「おのれ、この不信心ものめっ。仏が許しても、儂が許さんっ」


「許さないとどうなるんだ? 徳政令を出すのは、なるべく避けたいと思っていたんだが、考え直すべきかなあ」


「なんだと……。そんなことをしてみろ、訴え出るぞっ」


「誰にだ?」


 相手はぐっと詰まっている。古河公方の指図に従うつもりもないし、足利将軍家に訴えでるわけにもいかないだろう。戦国の世は、各勢力の領内は半ば独立国である。


 しかし、この対応ぶりは、俺が困窮気味の寺社勢力を援助したことで、信心深いとでも誤信させてしまっただろうか。


「単利で、一般は月に四分まで。寺は二分まで。貸し替えはそのたびに証文。身柄を押さえる取り立ては厳禁。そこは譲れない」


「ふざけるなっ」


「それと、領民に対しては新田家で貸付を行う。百文につき、月一文だ」


「そんなことをしてみろ、ただじゃおかないぞっ」


「そうだ、そんなことできるわけが……」


 夜鷹屋にもきつい処置だったのか、声が揃った。なんにしても、本気で煩わしくなってきた。


「なあ……、金がただ金を生む状況は間違ってないか? どうせ金を使うなら事業をやってみろよ」


 俺の言葉に、どこか他人事のように沈黙していた土倉の若い当主が、思わずといった風情で声を上げた。


「事業とは?」


「特産品を作るなり、遊技場を作るなり、仕事を請け負う組織を作るとか、あるだろう」


「なにをバカげたことを。必ず仏罰は降る。後悔するぞ」


 どすどすと住職が去っていき、二人もそれに続いた。滝屋の若旦那がやや心を残していたようだったのは、事業の話の続きがしたかったのだろうか。


「なあ、護邦。寺社とことを構える気か?」


 問うてきたのは蜜柑だった。


「寺社と言うが、ただの無法な高利貸しじゃないか。民を苦しめる寺社を尊ぶ必要は感じないぞ」


「ああ、あのやり口は正直なところ腹立たしく感じていた」


 剣豪殿の重い口調に対し、高弟は軽い口ぶりで問いを投げてきた。


「どうして、言わせるままにしておいたんです? 指示してもらえれば斬り伏せましたのに」


「いや、話くらいは聞いてからにしようと思ってな」


 しかし、神後宗治の飄々とした風情での過激な言動ぶりは相変わらずである。




 三日後に、安照寺が僧兵を集め、借金が帳消しになったはずの者の家に押し入り、財物を奪ったとの連絡があった。物取り程度はあったにしても、先日の土豪決起を除けば、新田制圧後の領内では初めての事態である。


 俺は常備兵に動員をかけ、安照寺を囲んだ。さすがに抵抗がある者も多かったようだが、退くわけにはいかない。


 猫も通さぬ包囲陣を敷いて、俺は箕輪重朝を呼び出した。


「今から言う内容をまとめて、布告にしてほしい。簡潔だと助かる」


「届ける先は、安照寺のみですか?」


「いや、寺社と、主立った辻に貼りだそうかと思っている」


「承知しました」


 俺は、考えをまとめつつ述べ始めた。




 民を安んじる寺社は尊重し、支援する。だが、高利貸しを営んで民を食い物にして苦しめる寺社については、尊ぶ必要は認めない。そのような勢力は、寺社の名を騙って民から財物を奪う賊でしかなく、討滅せねばならない。


 安照寺は、寺社の利率は二分までとの禁令を破って、八分もの高利で貸付を行い、返さねば仏罰が下るだの、先祖が苦しむだの、あの世で未来永劫苦しむだのと偽りの脅しをかけ、それでも返せなければ、身売りをさせる極悪非道な者達である。


 しかも、二分以上の利子については支払う必要なしとの新田の沙汰を無視して、僧兵を動員して強盗を働いた。


 新田の領民に害を及ぼす似非寺社は滅ぼすしかない。討滅した後は、証文は総て破棄する。


 降伏すれば、命だけは助けよう。抵抗するなら、撫で斬りとする。それが、仏の名を騙った連中にとっての仏罰になるであろう。


 


 なんとなく焼き討ちをした史実の織田信長の気持ちがわかる気になってくる。あちらの場合は、高利貸しやら各種の利権を握った上に、僧兵を動員した大名並みの武力組織なのだから、余計に手を焼かされたのだろう。


 繁朝は、気持ちはわかりますがやりすぎでは、との見解だったが、疋田文五郎を除く剣豪勢は、いいぞ、もっとやれとの立場だった。蜜柑はやや複雑そうだったが、異を唱える気はないようだ。


 寺社勢力のうち、香取神社、鹿島神社の両神主から名前が挙がらなかったところからは、思い留まるようにとの要請が相次いだが、丁重に無視させてもらう。


 安照寺側は強気で、やれるものならやってみろ、と息巻いていた。




 包囲は二日目となり、どう仕掛けるかは迷うところとなる。常備兵は、特に小隊長級はやる気だが、一般兵はやや腰が引けているようでもある。


 剣豪勢に頼めばノリノリで斬り込んでくれそうだが、彼らにその色をつけるのもどうかという気もする。


 まあ、いざとなれば、油を撒いて俺が火を付けるかなと思っていると、巫女装束の澪と、凛と栞がやってきた。


「あたしたちがやるべきだと思うの。火矢を射掛けるわ」


「いや、だが、それは……」


「自分でやろうとか考えてるでしょ? でも、護邦は領主だもの。それはいいやり方ではないわ。わかってるわよね」


 澪の指摘の通りで、将来の敵に攻撃材料を増やすことになりかねない。


「護邦が総指揮を執るけど、実際には香取の弓巫女が討滅した。腐った寺を、まともな神社が成敗した。それで、話はだいぶ変わってくるわ」


「その通りだが……。凛、香取神社として、それでいいのか?」


「はい、祖父はうれしげに手を拍って、しっかりやってこいと送り出してくれました」


 呵々という笑いが耳に響いてきそうだ。


「わかった。頼む」


 進み出た澪ら三人は、寺の正面に立つ。そして、火矢が準備された。


 三斉射が放たれたところで、寺の中から煙が出始めた。常備兵の手練れたちが、弓巫女を守るように展開する。


 やがて、遊女らしき女達や、子供らが出てきて、僧兵たちの一部も得物を手放して出てきた。剣豪隊が突入し、小者たちが火の始末に向かう。


 やがて、神後宗治が住職の……、いや、賊の首領の首を持ってやってきた。剣豪勢に仕留めさせたくなかった俺の気持ちを察しているだろうに、すごくいい笑顔で差し出すあたり、確信犯である。


 なんにしても、安照寺は廃絶とし、証文は破棄、財物は没収した。だいぶ貯め込んでいた金銭は、ありがたく領民向けの低利融資の原資として使わせてもらおう。豪華な建物は解体して、一部は移転する香取神社、鹿島神社の社殿に再利用する形となりそうだ。


 この顛末を受けて、酒屋の夜鷹屋は早々に厩橋を去っていった。


 土倉の滝屋の方は留まっているが、自発的に債権者の残額を再計算し、月四分での借り換えを勧めているらしい。そういうことなら、むしろ一定の保護をしていくのもありなのかもしれない。


 当初の保護対象となっていなかった寺社勢力は、多かれ少なかれ金貸しに従事していたようで、新田による豪族討滅で被害を受けているのは間違いないようだ。規模に応じての金銭支給は行うようにしよう。


 寺社には同時に、絵や工芸品を扱う若い職人を保護して、それを領外に売るようにと勧めておいた。領内で霊感商法的に展開されると厳しいが、よそが買ってくれるのなら大歓迎である。賛同して進めてくれるところには、新田も買い入れる形で支援していこう。


 ……一連の騒動の結果として、厩橋、和田近辺で徳政令を出したのと同じような状況が生まれていた。借金に苦しむ者については、積極的に介入していくのがよさそうだ。


 そして、民を慈しむ宗教勢力は保護し、民を食い物にして苦しめる寺社は討滅するとの方針を示せたのも、良かったのかもしれない。まあ、寺社の焼き討ちだとして、責めてくる者はいるだろうが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る