【永禄二年(1559年)十一月中旬】その一
【永禄二年(1559年)十一月中旬】その一
川里屋との協業は続けていけそうで、そうなると川船を自前で作りたい。飛蔵以外の船大工志願者を募ったところ、▽こそ付いていないながらも、やる気のありそうな若手が集まってくれた。
その話を聞いた岬は、本当に船大工を連れてきてくれた。そちらも▽印こそついていないが、腕は確かなようで指導が行われた。特に熱心に師事した飛蔵には、しばらくして<船大工指導>がついていた。
宮大工についても話をつけてきてくれて、簡単な社殿まででよければと、若手を派遣してもらえる手筈となった。
こちらの<築城>スキル持ちや建築系スキル持ちに手伝わせて、技術を学ばせられるといいのだが。あるいは、召し抱えられれば、それもまたありだった。
秋は深まってきている。戦さと土豪勢の蜂起を乗り越えて、どうにか収穫まで済ませることができた。ここまで漕ぎつけられたのは、蜜柑と澪、英五郎どんや上泉秀綱らによるところが大きい。
彼らには報いようはあるが、同じくらいに貢献してくれていながら、充分に感謝の意を表せていない人物がいる。俺はある夕、その人物のところに赴いた。
「よう、いいかな?」
「おや、護邦殿。相変わらず、気安いご訪問だね」
笹葉さんは、穏やかな笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
「収穫も落ち着いたから、ちょっとお礼として渡すものがあってね」
竹筒を受け取った女性鍛冶は、首を傾げている。
「これは……?」
「長野酒として売り出している、どぶろくを濾過したものだ。さらにいい酒も作るつもりで、そちらは新田酒と名付けようかと」
「何のお礼だい? 依頼分の代金は、毎回きっちりともらっているつもりだけど」
「笹葉さんの作ってくれたスコップとツルハシによる食糧増産で、孤児を養えるようになった。その感謝さ」
しばらくの沈黙の後に、彼女は呟くように応じた。
「私が作った数は、微々たるもんだろうに」
「最初の一つが重要なんだ。それは、笹葉さんならわかってるだろ?」
「それはそうだろうけど。……孤児に食事を与えているそうだね。困窮した親が、子を預けたいと言ってきたら、どうするんだい」
「預かるさ。子を死なせないための施設だ。親がいるからって、関係ない。ただ、成長後に親のところに返すかどうかは、別の話だがな」
木盃に酒を注いだ笹葉さんは、ややためらった後に飲み干した。その頬に、涙が伝った。そんなにひどい出来だっただろうか。
「ああ、これは、違うんだ。その……、ずっと、酒断ちしていたんでね」
「そうだったのか、余計なものを持ってきたかな」
「いや、頃合いだったのかもしれない。私は息子を飢饉で亡くしていてね。そのせいで夫が酒浸りになって、命を落としたんだ。実際は、自殺みたいなもんだったのかな。……その後は、なんとなく日々を過ごしていた」
それは、酒を断つのも無理はなさそうだ。もう一杯を飲み干した彼女は、俺を見据えてきた。
「今は、確かに孤児に食事を与える余裕があるんでしょう。だけど、あんたが負ければ、この地はまた戦乱さ」
「それは確かにな……。だが、新田が滅びても、シャベルとツルハシは残る。孤児院が残るかどうかはわからんが、どういう形にせよ、食料の増産は腹を空かせた子らを救うことになるさ」
「そんなことを言われると、欲が出ちゃうじゃないか。このまま、だらりと死を迎えようと思っていたのに」
彼女の頭上に、白い▽印が現れた。統率と内政が高めで、スキル欄に<鍛冶>と<発明>の表示が見える。
「なあ、新田に仕えて、道具の開発を頼めないかな。できれば、同じような志と技能を持った家臣たちを束ねて、率いていってほしい」
「あんたが力を得れば、世はよくなるかい?」
「そうなるように努力する」
笹葉さんは竹筒からもう一杯注ごうとして、首を振って動きを止めた。
「で、何を作ればいいんだい」
「まずはポンプだな。スクリューポンプと、手押しポンプの試作を頼みたい」
「ぽんぷ?」
「水を汲むための装置だ。アルキメディアンスクリュー……、らせん型ポンプの方は、螺旋状の構造を回転させて、水を上に運んでいくものだな」
俺は土間に棒で絵を描いて説明する。
「で、手押しポンプの方は、手で押してここの水を持ち上げて真空状態を作って……」
俺の知識にもあやふやなところがあって、絵を交えての伝達にはやや時間がかかった。
笹葉さん……、いや、笹葉には厩橋に拠点を用意して、開発に従事してもらうことになった。本人から、臣下になったのだから、さん付けはやめてくれと求められている。
開発に必要なスキルは鍛冶系ばかりではなく、幾人か現れていた<木工>スキル持ちも配属した。他に、興味を持った者達にも参加してもらう。
問題点としては、こちらも移設してきた上泉秀綱の道場に隣接させたところ、槌音がうるさいだの、汗が臭うだのと怒鳴り合いが多発したところだろうか。まあ、深刻なものではなさそうだが。
開発局的な組織づくりを進めつつ、その傘下に入った鍛冶集団にもフル稼働をしてもらっている。
技量がそこそこの面々には農具の量産を、腕のいい職人は、様々な物品の開発と並行して、防具として前腕に着けるタイプの手甲に近い形状の盾の試作を進めさせていた。
戦国時代に盾がほとんど使われていなかったのは、弓、槍、刀と両手で使う武具が多かったためとされている。
そして、武士向けの鎧兜は性能が上がっていて、雑兵は軽装で、徴用兵であるために使い捨てに近い状態だったので、需要がなかったのだろう。
ただ、志願による常備兵を主体とする以上は、使い捨てなどはとんでもない話で、兵を大切にしていく必要がある。高品質の鎧兜を全員にあてがうのもなかなか難しいからには、急所の防護をしつつ、前腕盾で防御寄りの戦いができるようになれば大きい。当初は思いつきでしかなかった、高い防御力を活かした遅延戦闘に長けた部隊を構築できれば、新田勢の強みである決定力のある面々の活躍の幅が広がる。
盾がうまく使えるなら、左腕は防御に徹して、右腕一本で戦う形もありかもしれない。その場合の得物は、片手剣であるべきか、手槍か、刺突剣を開発するか、といったあたりは悩ましいところである。
また、それとは別に三間半槍の導入も進めている。それらの工夫で、まずは鉄砲全盛期までを凌いでいきたいものだ。
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