【永禄二年(1559年)十一月上旬】

【永禄二年(1559年)十一月上旬】


 持ち込まれる訴訟に、借金の取り立て絡みが何件かあった。


 事情がわからないので状況を探ると、金貸しとして、寺社に加えて土倉と呼ばれる金融業者が活動しているのだそうだ。借りるのは、豪族、寺社、雇われ武士、村人など様々らしい。


 香取、鹿島の両神社の神主と、商人である川里屋の岬に話を聞くと、百文につき月に八文から十文、つまり八分から十分という利率で貸し出しが行われ、返せなくなると担保が取られ、さらには妻子が質入れされる場合まであるのだそうだ。


「月に八文でも、一年でほぼ元金の倍になるじゃないか。まさか複利じゃないだろうな」


 複利という概念が通じなかったので、利子がついたそばから、そこにも利子がつくやり方だと説明したら、鬼のようなことを思いつくなと恐れられてしまった。


 ただ、よくよく聞くと、年が改まると借り換えたものと見做すとの一文が入っている場合もあるそうだ。年単位では複利じゃないか!


「なあ、結構な高利だと思うんだが、この辺りではそれが標準なのか?」


「いや、三分、四分の場合もあるようだな。確か禁令があったはずじゃが」


 香取神社の老神主の言葉に応じたのは、若い鹿島神社の神主だった。


「幕府の禁令で、月四分まで、寺の祠堂銭については月二分までと定められています。……ほとんど守られていないようですが」


 祠堂銭というのは、供養のために収める金銭で、それを元手にした寺による金貸しをそう呼ぶらしい。土倉と呼ばれる金融業者で八分、寺で五、六分といったところが相場とのことである。


「なら、つまみ食いだが、それを準用するか。四分、二分以上の金利は、支払いの必要なし。それに、自動借り換えは無効だな。新田領では、それを前提にして訴訟に対応しよう。後は、身柄の質入れ、売買は禁止だ。布告しておこう」


 それに加えて過払い金対応とまでなると、さすがにやりすぎだろうか。


「……ところで、香取神社、鹿島神社では高利貸しなんかはしてたりするのか」


「していたら、寂れた社のままにはしておきません」


「もっともじゃ。やたらと豪華な寺社があるところは、おそらく高利貸しをしておるのじゃろ」


 老神主は呵々と笑ったが、やがて表情を改めた。


「寺社もいろいろでな。まともな運営をしていると、潰れかねないご時世じゃ。儂らは、妙な縁からこうして護邦殿から支援を受けられているが……」


 域内の住民に支援や低利融資をしていれば、儲かるはずもない。どうも、両極端に分かれているようだ。


「なら、地域住民の心の拠り所になって、施しを行っているような寺社は、新田が支援しよう。候補はあるか?」


 二人から挙がったのはあまり著名でない寺社が多かったが、上泉道場の近くにある八幡八幡宮も含まれていた。支援と言っても相手方のある話なので、打診していくとしよう。


 金貸し裁判については、内政方に固まった方針に沿う形での対応を指示したところ、そもそも訴え出てきていた借金の返済は、四分、二分として単利で計算し直すと完済となっており、証文を破棄するように命じて対応は終了となった。




 そんな諸事をこなしている間に、金山城を統治する横瀬氏から使者が来たので、上泉秀綱と一緒に引見した。


 先方からの要求は、丸めてしまうと「勝手に新田を名乗るな」的な内容となる。いや、お前らに言われたくはないぞ。


 彼らは元々岩松氏の家臣だったのが、下剋上を果たした家柄となる。それ自体を否定するつもりはないが、そこまでは小野氏の末裔を称していたのに、足利氏系ながら母方の所領を引き継いだ関係から新田を名乗っている岩松家を乗っ取るや、新田の惣流の血脈が入っているのだと言い出したと記憶している。


 だが、まあ喧嘩を売る必要もない。


「義貞公の新田家とは別の家だから気にしないでくれ。源氏でもないし、新田の嫡流を主張するつもりもない」


 俺の答えに、憤懣を示したのは大沢正親という人物である。ステータスにもスキルにも見るべきところはない。あまり清潔ではないおじさん武将、といった風情である。当家にはいないタイプの人物だった。


「では、新田の名乗りを取り下げるつもりはないと申されるか」


「他の姓を持ってないからなあ。厩橋氏でもないだろうし」


 そう考えれば、蜜柑のところの堂山を名乗るのが正解だったのだろうか。ただ、既に領域内には新田として知れ渡っているからにはいまさらではある。なにより岩松氏からの申し入れならともかく、横瀬氏に言われる筋合いはない。


 そんな考えが表に出たのか、大沢某がやや気色ばんで詰め寄ってきそうになった。と、途端に尻込みして後ろに倒れた。剣聖殿を見やるとニヤっとしているので、殺気でも飛ばしたのだろうか。


「ところで、そちらのお方は副使かな? 紹介はしていただけないのか」


 俺が視線を向けた先には、若武者姿の人物がいた。態勢を立て直そうとじたばたしている正使を一瞥し、唇から言葉が発せられた。


「館林城下の小金井の前領主、亡き小金井義光の娘、桜花と申します。今回は、新田を名乗る人物を見定めようと、使者団に紛れ込んで参りました」


 名乗った通りの名前で、十七歳と表示されている彼女は、ステータスも高めであるし、<調理>スキルに、弓、あるいは鉄砲系のスキルを幾つか所持している。


「妻の蜜柑が陣頭に立ち、弓手として参加する女性も多い新田の俺が訊くのもなんだが、横瀬家では女性が武士として活動されるのが普通なのか?」


「いえ、家中では白眼視されております」


「ほう……。我が勢力をどう見られたかな」


「街の賑わいには驚きました。古河ほどの規模はありませんが、活気は断然こちらですね。軍勢の方は、判断が付きかねますが、上泉秀綱殿の迫力もお見事です」


「これは失礼した。使者とは思えぬ態度だったのでな」


 まったく失礼と思ってない口調で、剣聖殿が応じる。


「お言葉の通りです」


「勝手に話すなと申したではないか。……ええい、帰るぞ。後悔召さるな」


 もうひとりの使臣に抱えられながら、大沢某が捨て台詞を吐いた。そう言われてもなあ。


 桜花殿に辞儀をして、俺は会見場を後にした。




 このタイミングで働きかけが来たのは、収穫が済んで余裕が生まれる時期だからだろうか。外交の季節で交流するならともかく、侵攻を招く形になるのは避けたいところである。


 こちらからも外交を仕掛けて、周辺勢力との意思疎通を図りたいところなのだが、外交能力が高い家臣の確保ができていない。現状の手薄さからして、俺や蜜柑が出るのはきついし、適任かと言われれば微妙なところとなる。


 俺もそうだが、蜜柑、澪や英五郎どんも武家社会で交渉するのは、少なくとも現状ではきつい。仲良くしようとして不和を招いたのでは、目も当てられない。


 そんな迷いを察したのか、今回も上泉秀綱が交渉役を買って出てくれた。外交能力が特段に高いわけではないが、あいさつ回りであれば、むしろ剣豪としての知名度が物を言うのも間違いない。


 臣下として命じることもできるのだが、一門を率いる剣聖殿は、どこか協力勢力的な遇し方となっている。粋がって顎で使うのもキャラではないので、それが現状の適正な関係性なのだと思うことにしよう。


 手土産は、どぶろくを濾過した長野酒に、ハム、ベーコン、クッキーなど。


 まずは、平井城跡にある北条の出張所の代官と、北条から養子を迎える予定の鉢形城の藤田氏と、上杉謙信……ではなく、長尾景虎と同族である、足利長尾氏、白井長尾氏にあいさつに向かってもらい、友好関係の構築を目指した。


 その中で、二度目の訪問となる白井城主の長尾憲景は、継位の際に長野業正の助力を得ていて、また、前当主の正妻が業正の姉だったとかで、ねちねちと嫌味を言われたそうだ。怒号おじさんの縁戚パワーには、引き続き気をつけなくては。


 それと、碓氷峠の向こうの武田にも、あいさつに出向いてもらった。小諸城の大井高政と、援兵勢として在城していた保科正俊には歓迎されて、その紹介で戸石城まで足を伸ばしたそうだ。戸石は、想像通りに真田一族が居城としており、真田幸綱が当主として務めていた。過大評価は禁物だが、それでも敵には回したくないものだ。


 各方面には、ひとまず箕輪衆の内紛から俺が勢力を得たものの、北条傘下としての基本方針は変わらない、という話にしてもらっている。それで済めばよいのだけれど……。


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