【永禄二年(1559年)十月下旬】その二
【永禄二年(1559年)十月下旬】その二
土豪衆の決起による農村の被害は限定的だったはずだが、城下に孤児が多く見られるようになっていた。
居ついている子らもいれば、流民的な存在もいて、放置すると治安面に悪影響が出そうだ。
孤児と一口に言っても、幼い頃から孤児として大きくなった子もいれば、ごく近い時期に親を失い、行き場がなくなった状態の子もいる。
また、流民についても、代々漂泊している人々もいれば、焼け出されて仕方なく放浪している者もいた。
無理やり全員を収容するのでは、反発も起こりかねない。そこで、新田家で食事を用意しているからと誘って、定着を促そうとの活動を始めていた。一方で、食事だけ食べに来るのも歓迎する。
その流れから設置された孤児院は、城の附属施設として隣接地に作り、食事を与えつつ教育を施すこととなった。
大人の流民については、好きで流れている者たちはいいとして、行き場がなく困っている面々には、畑を与えるなり、職業体験に放り込むなどして、自立を促す方向で援助する方向とする。
孤児と流民を通じて、さすがに▽付きはほとんどおらず、人材登用として考えれば成果を出すのは難しいだろう。だが、盗賊予備軍を減らす観点からは重要な施策となりそうだった。
鉱物調査は狩猟同行の形で続いていて、自然金や金鉱石らしきものが拾われている。そのためか、澪の側近である栞嬢が、▽持ちとなった上で<鉱物調査>スキルが現れた。
一方で、興味を持って参加している面々には、スキル持ちは現れていない。まあ、▽持ちでなければわからないので、隠れスキル的に保持している可能性はあるのだが。
持ち帰ったものは、鍛冶組によってざっと判定されており、金の含有量の多そうな石を集めるのが、鉱山調査組のひとまずの目標となっている。その勢いで、金鉱山でも見つかるといいのだけれど。
狩猟絡みでは、澪から動物を減らし過ぎると今後が心配だとの話があった。
タンパク源は家畜の豚と鶏に移行する予定だから、現時点では多少取りすぎてもかまわないと応じると、やや安堵したようだった。ただ、周辺の猟師との兼ね合いから、多少控えた方がいいのかもしれない。
澪には、弓兵隊から選抜して騎馬弓兵を選抜し、さらに、徒士組と騎馬組からそれぞれ船での移動、戦闘に対応できる者達を揃えたいとも伝えている。船で騎馬弓兵を移動させ、そこから駆けさせれば機動力は格段に高くなる。
さすがに揃えるのがむずかしいとの懸念が提示されたが、選抜漏れした弓使いは徒歩の弓兵として重要な戦力となると説明したところ、納得してもらえた。まあ、一般弓兵については、いずれは鉄砲隊に改組する可能性もあるのだが。
鉄砲と言えば、鍛冶系スキル持ちに見様見真似で鉄砲めいたものを作らせていたら、スキル<鉄砲鍛冶>の習得者が出た。なんともラッキーである。元志願兵の若いその鍛冶は二郎という名だったので、希望を踏まえて鉄二郎と改名している。
ひとまず、簡単なイラストを描いて、また原理を説明して、近いものを作ってみてもらうことにした。
この段階では、関東では新しもの好きの領主層が数挺、数十挺単位で確保しているかどうか、といったところか。いずれは佐竹義重が八千挺規模の鉄砲隊を組織するはずだが、二十年くらい後の話だったような。
なんにしても、今後の主力兵器になるのは間違いないので、準備は進めておこう。
石鹸作りは、猪の脂を原料にしたもので製法が確定していた。いずれ豚に移行できそうな点からも、好都合だった。植物油でも試したいのだが、そちらは食用が優先となっている。
売り物にしたいが、領内の衛生状況の改善も進めたいところで、悩ましい。まずは、食品を扱う店や医者あたりに使わせているが、欲しがる者は出てきているようだ。手洗いよりも、洗濯用途のようだけれど。
衛生状況絡みでは、試験的に厩橋に湯浴み場の建設をしてみた。温泉は、国峯城付近の上坂村の他、草津や伊香保など近隣に幾つもあるが、庶民が訪れられる場所でもない。
厩橋の浴場は、酒や味噌を作っている職人向けに、小規模な施設としてスタートしている。職人らはおっかなびっくりの様子だったが、慣れると心地よいようだ。
広めたいところだが、まずは設備や運営面の改善点の洗い出しが必要となる。水利についても考えていかなくては。
土豪衆の一斉蜂起を退ける過程で、上泉秀綱とその弟子たちが正式に臣下になってくれたわけだが、疋田文五郎、神後宗治を含めた三人は、剣豪であると同時に有能な武将でもある。
これまでは、当主である俺のほかは、蜜柑、澪、上坂英五郎どんくらいしか指揮役を任せられる人材がいなかったので、とても助かる展開だった。
早速、武将としての活動も始めてもらっているが、彼ら高弟たちと同等以上に掘り出し物だったのが、門弟の中に複数いた、<剣術指導>、<槍術指導>のスキルを備えた者たちだった。個人技としては高弟に劣るものの、入門して間もない弟子に指導したりするのが得意な師範が複数存在していたのだ。
常備兵への指導を依頼し、同時に俺もその指導に参加したところ、わかりやすいし、指導法も理にかなったものだった。かつて、上泉秀綱に直々の指導を受けたときには匙を投げられた俺も、これならついていけそうだと思えた。
道場主に師範たちの指導法を褒めたら、日の本一の武芸者を目指すのと、一般の兵向けや、たしなみとしての剣技では方向性が違うかもとの話に。
その話の流れの中で、怪我をしづらい竹刀で稽古をすればいいのにとぽろっと漏らしたら、いつぞやの無刀取り同様になかなかの勢いで問い詰められた。
ただ、竹刀を握ったことはあっても、どうやって作ればいいかまでは把握できていない。竹を袋で包めばいいんだろうか。
達人同士であれば、木刀でも真剣でも寸止めすればよいのだろうが、そこまで到達する前の者たちに実戦形式を体験させられれば意義は大きいと思われた。笹葉さんに相談してみよう。
そして、剣術仲間の加入によって蜜柑がさらに明るくなったのはいい効果だった。これまでの剣術修行に加えて、部隊の指揮でも競える状態は、成長にもつながりそうだ。
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