【永禄二年(1559年)九月】その四

【永禄二年(1559年)九月】その四


 約束どおりに訪問してきた重要な客人に供したのは、イノシシ肉のハム、ベーコン、腸詰めの試作品。天ぷら、唐揚げといった揚げ物。肉と根菜の豚汁風の煮込みに、汁そば。そしてパンケーキやクッキーといった菓子のたぐいだった。


 ボクっ娘商人である岬嬢は、肉食に抵抗は無いようで、食事の味にすっかり感嘆していた。また、米以外の食料をおいしく食べられるようにとの方向性にも興味を抱いたようだった。


「米以外の食料を増やして、飢饉を緩和しようってこと?」


「ああ。米ばかりを作ろうとすると、本来は稲作に向かない土地で無理をしちゃう場合もありそうだし、稲にとってきつい気候になったら、一気に飢饉になってしまう。蕎麦、小麦、その他の野菜も食生活に取り込んで、それらの増産に励めば、米が不作になっても緩和できるだろう」


「それは確かに……。この味なら、受け入れられそうだね」


「ただ、これだけでは足りない。もっと、いろいろな食材、作物を取り入れたい」


「それが、蜜柑の苗木ってわけ?」


「ああ、果物もその一つだ。甲斐の葡萄。他からの桃、梨、柿、林檎なんかの苗木や種もあれば育てていきたい」


「なるほどねえ。あ、蜜柑の苗木は持ってきているからね」


「あと、れんげ草の種も欲しいな」


「……手に入るとは思うけど、花を育てる趣味があるの?」


「いや、水田の裏作として育てたいんだ。蜜が蜂蜜になるし、肥料にもなるはずでな。大量に欲しいんだが。ただ、翌年向けには、春に種が取れるはずだから、一度きりになるが」


「当たってみるよ」


 田畑に窒素を補給するには、クローバーことシロツメクサはまだ渡来していないだろうから、れんげ草が適しているはずだ。この時代には活用されているのかと思っていたが、まだだったようだ。


 となると、もう少し欲が出てきた。


「苦土石灰とかは、ないよな?」


「くど……、ってのは、知らないな。石灰は、漆喰の材料のあの石灰? 原料の石灰石は、武蔵の西の方で取れると聞いた気がするけど」


「そうか、城とか家に使う漆喰の材料か。苦土は、マグネシウムってことは……、にがりか」


 塩を作る時に出るはずだが、流通してはいなさそうだ。まあ、いずれ考えるとしよう。


 岬はすっかりくつろいだ様子である。領主と対面している状態にしては緩んでいるが、まあ、俺としても堅苦しくされても困る。


「俺は、神隠しにあって戻ってきた身でな。その影響か、他人の才能や属性が脳裏に浮かぶことがあるんだ。岬のことは、頼りになる商人だと感じて、声をかけさせてもらった」


「それは、光栄だよ」


 応じたものの、どこまで信じたのかは不明である。まあ、否定されないだけよしとするべきか。


「で、商いの拠点はどこに置いているんだ?」


「今は古河に構えてるんだ」


「結構遠いな」


「船ならすぐだって」


「ほう……、商売ってのは、船でやってるのか。うちで水軍を育成しようとしているんだけど、同行させてくれないか。それと、船大工を紹介してほしい。というか、家臣を弟子入りさせてほしい」


「まあ、護衛は大歓迎だし、付き合いの深い船大工もいるから、お安い御用だよ」


 商売についてももちろんだが、水軍関連についても期待できそうでとても助かる。


 客人を迎えるにあたって、蜜柑と澪が同席してくれている。二人は、年端も行かぬ商家の人物を招くことにそれほど疑問は感じていないようだった。


「で、商いの方は、草木の種以外にもなにか希望があるのかい?」


「得意分野はどのへんなんだ? 兵糧とか、武具とか、南蛮物とか」


「南蛮物とは、大きく出たね。一応、伝手はあるよ。どんなものとか言ってくれれば」


「うーん、南蛮物でも、まずは食料だなあ。それも、食べてなくなるものじゃなくて、こちらで栽培できる作物の種苗や芋なんかなら、大金を出せるぞ」


「ほうほう。要望は出せるよ」


「じゃがいも、さつまいも……、いや、甘藷か。あとは甜菜なんかなら、城一つと交換でも惜しくないな。どれも、食べる部分を持ってきてくれれば、育てられると思う」


 俺は、紙と筆を用意して、さらさらと芋をスケッチして手渡した。


「ただ、あまり欲しがると、足元を見られるだろうが」


「なるほど。料理に取り入れたい、くらいの軽い話にすればいいわけか」


「後は……、トマトだな。鉢植えなんかがあればうれしい。他のものでも、種苗は歓迎だ」


 トマトは、じゃがいもと同じ頃に新大陸から西欧に渡来したものの、毒があると思われて、観賞用にされていたとか。まあ、日本くんだりまで来る船に観賞用の植物は載せてないかもしれないが、あったらとてもうれしい。


「でも、どうやって手に入れるかなあ。食材ならともかく、栽培できる種苗は難しいんじゃないか」


「さっきの話みたいに、それを使って料理を作りたいとかなんとか、言いくるめられないか?」


「……それなら、新田風の料理人を借りられないかな。その者が料理するために、小規模に育てたいとかいう理由付けでなら、いけるかも。上方に行く知り合いに話を通してみてもいいし」


「澪、だれか向いていそうな料理班はいないかな」


 うーん、と考えた末に澪が口にしたのは、耕三の名だった。やや口数は少ないものの、俺が持ち込んだ元時代料理に、あっさりとこの地の食材を合わせてしまう腕の持ち主だ。惜しいが、確かに適任だろう。


「南蛮物で欲しいのは、食べ物だけ?」


「まあ、一番欲しいのは南蛮船だなあ。ガレオン船とまでは言わない。キャラック船か、キャラベル船でも」


 そう言いながら、俺は南蛮船の姿を筆で描いてみる。


「作ってもいいんだが、利根川向けの小舟を作っている段階だしなあ。何なら鹵獲してくれてもいいぞ。積んでいる大砲も欲しいし」


「物騒だなあ。……南蛮物以外なら?」


「家畜なら、鶏、豚、山羊あたりか。品種が違うのがいれば、それぞれ欲しい。馬も、特に大柄な馬が手に入るといいな。繁殖させたいから、去勢馬では困るが。あとは、この辺りであまり見られない、めずらしい作物の苗木や種。あ、南蛮ものとしては、鉄砲も欲しいぞ。わりと何でもほしいなあ」


「伝えてみるよ」


 さらには米について、収穫前で相場が上がっているそうなので、備蓄米の放出を実施することにした。秋になったら買い直す方向である。来夏を見据えると、兵糧はいくらあってもいい。


 話は弾んだが、蜜柑は客人の来訪に喜びながらも、やや警戒している様子でもあった。


「すっかり仲良しじゃのう。……岬殿は見目麗しい美少年じゃが、護邦よ、まさか衆道の趣味をお持ちでではあるまいな」


 小声だったが、岬には聞こえていたらしい。


「あー、ボク、女なんだ。見破られたのは初めてだよ」


 一気に蜜柑と澪の視線が冷たくなったようにも思えたが、きっと気のせいだ。そういうことにしておこう。


 いずれにしても、水上交通関連での連携と、こちらからは炭濾過酒あたりが商材となりそうで、ハムやベーコンなどは、受け入れられるかどうか試そうとの話になった。今後も連絡を取り合おうと、話はまとまった。




 鉱山開発については、山歩きという面で狩猟と共通点がある。そのため、鉱山開発に興味のある者を募って、澪たちの狩猟行に同行の上、石拾いをさせてみることになった。国峯城の裏手がとりあえずの候補になるが、そこに拘る必要もない。持ち帰ったものは、鍛冶組ならば多少は判別できるだろう。自然金でも見つかれば、ラッキーなのだが。


 <冶金>スキル持ちの少年、小三太は、ひとまず鍛冶屋の手伝いをして、鉄の精錬あたりを学んでいるようだ。いずれ金鉱石が確保できれば、そこからの精錬が必要となるわけで、通ずるところもあるだろう。


 ただ、灰吹き、南蛮絞りとの概念は知っているが、それで指導ができるわけでもない。そこは、笹葉さんも専門外のようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る