【永禄二年(1559年)九月】その三


【永禄二年(1559年)九月】その三


 農業は重要だが、商売もまた重要である。厩橋城周辺では、国峯城や箕輪城と違って、小規模ながら城下町と称しても良い一角がある。できれば、いろいろ相談できそうな商人を見つけたいところだった。


 自領とはいえ、安定しているわけでもなく、一人歩きは物騒である。ちょうど訪ねてきた上泉秀綱を誘ったら、興味を示してついてきた。気の若いおっちゃんである。


 在地の商人はチェック済みだが、ごく少ない▽持ちも能力は低そうで、有力なスキル持ちもいなかった。


 市が立つ日なら、外来の商人がいるかもと思ったのだが、路傍で物売りをしている中にも期待できそうな人物はいない。召し抱えて育成していくのもありなのだが、それならば村の子や志願兵の中から選抜したほうがいい。そう考えていると、すれ違った人物のステータス画面が目に入った。


 商人としてのステータスは、俺が武将だからかざっくりしかわからないのだが、スキルの並び方からして有能そうだったので、声をかけてみる。同年代の少年だったのには、ちょっとびっくり。


「なあ、君は商人かい?」


「うん。修行として旅商人をしてるんだ。川里屋を名乗っている」


「ほう。なんか、いいものはあるかい」


「運んできた荷は、ほとんど関宿や古河で売りさばいちゃったからなあ。あ、蜜柑って果物の苗木があるけど、要らない? よその客先の要望で仕入れたんだけど、話が流れちゃってねえ」


「ぜひ買いたい。あるだけもらうぞ」


「へえ。……何に使うのか訊いてもいい?」


「植えるんだ。国峯城の辺りなら、蜜柑が育つはずだ」


 気候変動の話はあるかもしれないが、国峯城のある辺り、元時代の富岡市では蜜柑が作られていた。北限に近いだろうが、それだけに名物となるかもしれない。


「肥後とかが主な産地の南国の果物らしいけど、いいのかな」


「ああ、試してみる」


「まあ、納得ずくなら問題ないや。ボクは岬。川里屋の岬。君は?」


「……女だったのか」


 念のため改めて素性を確認しようとして、ステータスを確認した際に、商人系スキル以上に性別欄におどろいて思わず口に出てしまった。


 その瞬間、空気がピシッと鳴る音がして、どうして女だと思ったのか詰問が始まった。


 口調も姿形も男性に見えるはずなのにどうして、と半ば泣きそうになっているのをどうにかなだめて、苗木の準備が整うという三日後に、城で会うことにした。俺が厩橋城の主だと知って、さすがにおどろいたようだった。


「あの年若の商人が、有望なのか?」


 剣豪は不思議そうである。


「ああ。すれ違う全員ではないけど、たまに能力が高そうだと感じるときがあるんだ。今のところ、外れてない」


「ほう……。剣の腕についてはどうなんだ?」


「上泉門下は、みんな手練れだろうからなあ」


「ま、城主殿と比べればな」


「違いない」


 俺も多少は稽古をつけてもらったのだが、残念ながら見込みはなさそうだ。自衛できることには意味があるので、ある程度は鍛錬を続けている。


 話しながら城に向けて歩いていると、要注意人物が視界に入った。気になったのは、黒の▽マークがついていたためである。「戦国統一・極」の表示と共通なら、忍者であるはずだ。


 俺の視線を感じたのか、上泉秀綱が退路を断つように動き、そのまま取り押さえた。慌てぶりからは、害のない人物であるように思える。


 忍者と言っても、皆が体術が飛び抜けている必要もなく、一般人並みの能力の者が情報収集しているケースがあっても不思議ではない。それでも剣豪が反応したからには、なんらかの気配を漂わせているのだろう。


 ステータス画面で所属を確認すると、出浦衆とあった。確か北信濃の村上氏の縁者で、後の真田忍びの一角だったか。


 じっくり確認すると、商人と違って体術系のステータスは把握できたが、見るべきところはない。


「お侍さん、なにごとですか。どうか、命ばかりはお助けを」


「あー、ちょっと城まで来てもらいたい。時間は取らせない」


 腕を取った剣豪に促されると、その忍びとしても従わざるを得なかったようだ。


 城門近くの番屋に入り、改めて向き合う。


「出浦衆だな。偵察に来ただけなら殺しはしない。知りたいことがあるのなら、こちらの損にならなければ教えよう。だが、領民を害したり、破壊工作に来たのなら容赦はしない」


「お侍さんは何者ですか」


「俺は、ここの城主の新田護邦だ」


「あ、あの……、仮にあっしがお言葉の通りに忍者であれば、素性を明かすのはまずいのではないでしょうか」


「言われてみれば……、そうだな」


「まったくだ」


 上泉秀綱殿にも同意されてしまって、俺は態勢の立て直しを図る。


「まあ、なんだ。俺としては、仕掛けてこない忍者勢力とは友好関係を築きたいんだ。そのためには、顔を晒すのは意味がある」


「後付けだな」


 ぼそっと看破してくる剣聖殿は無視するとしよう。俺は警備の兵士に指示を発し、澪に土産物を見繕うように伝言した。


「いいのか? 間諜なら殺しても文句は言われないと思うが」


「それで恨みに思われて、躍起になって探られるよりも、危険じゃない密偵は放した方がいい。……で、訊きたいことはないのか」


「でしたら……、新田殿のご存念など」


「ご存念は……、どうなんだろうな。現状は、北条の勢力下で安定しているから、民を安んじたい。もしも越後の長尾殿が攻めてきたら、なるべく抵抗はするだろうが」


「長尾殿が動かれる?」


「上洛から戻られれば、物の見方も変わられよう。加えて、甲相駿三国同盟のどこかに変事があれば、あるいはな。いずれにしても、この地の仮初めの平和をできるだけ長いものにしたい。それが、領主としての務めだろう」


 話していると、澪が包みを持ってきた。


「はむ、べーこん、どぶろくの濾過酒を持ってきたけど、それでよかったの?」


「ありがとな。……ああ、この流れだと、毒入りかと警戒されるか」


 俺は包みを開いて、ハムとベーコンを少量切り分けて食べて見せる。


「部位に仕掛けがあると考えれば、自分で切り分けるか?」


「おい、それは毒を仕込まれる懸念が」


「それには及びませぬ。ありがたく頂戴しましょう」


「酒は嗜まぬので、毒味ができんが」


「ならば、俺が飲んでやろう」


 意気揚々と剣豪が番屋の卓から湯呑を持ってきた。


「おお、いけるな。するする飲めるぞ」


「毒味だってのに。……これは、既存のどぶろくを炭濾過しただけだけど、他にも一から作る予定だから、そっちも意見を聞かせてくれよな」


「ああ、もちろんだ。……お主も飲むか?」


 いい気分になったらしい剣豪が、湯呑を忍者に突き出した。


「では、ご相伴に……」


 くいっといった忍びも、どうやらイケる口らしい。どぶろくが玄米で作られているためか、布で濾して炭濾過しても琥珀色の風情は残り、味醂酒ともまた違った風味なのだそうだ。


 精米した米を原料にして炭濾過すれば、また違った仕上がりとなるものと思われた。ただ、目の前の二人には、酒であることそれ自体が重要なのかもしれない。


「ねえ、護邦。これはどういう状況なの? もう一本、徳利を持ってきたほうがいい?」


「いや、これ以上飲ませると危険な気がする。領内の偵察に来たらしい忍びを捕まえて、解放するついでに、土産物を持たせようとしていてな」


「ふーん」


 澪は、早々に理解を諦めたようである。


「なあ、あんた。道中で全部飲むなよ。頭目によろしく伝えてくれ」


「承知しました」


 人の良さそうな忍者を送り出した俺に、剣豪殿が声をかけてきた。


「持ち帰るかな?」


「さあなあ、捕縛されたのを伏せて報告するかもしれんが、そこはそれだな。……現状では、領内に入ってくる諜者を、漏らさず捕らえて殺す手立てがない。おとなしい忍びとは共存していくしかないだろう」


「それは……、さすがに甘いのではないか?」


「彼らも好きで忍びになったわけではあるまい。ならば、できれば殺したくはない」


 剣豪はニヤリと笑った。


「そういう話であれば、暇なときは諜者対応に同行しよう。宗治なんかにも声をかけておく」


 神後宗治なら、確かに頼りになりそうだ。


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