【永禄二年(1559年)九月】その二

【永禄二年(1559年)九月】その二


 これまで得た城の開発度では、やはり厩橋城が別格となる。人口や立地の関係からも、勢力としての拠点はこちらに移す形とした。


 近場で他に町として成立しているのは、古河公方の根拠地として栄えた古河、現古河公方足利義氏の御在所で利根川水運の要所となる関宿、あとはかつての山内上杉家の本拠、平井城跡の辺りがそこそこだろうか。厩橋はそれらからすると小規模だが、それだけに整備のしがいがある状態だった。


 厩橋での城下町の拡張は、水路と道路、それに火事の際の延焼防止も含めてゆったりめの区割りとしてみた。まあ、どこまで人が増えるかはわからないけれども。


 上野国の東南部方面を睨んだときには、前線は厩橋城と和田城となる。そのため、上坂英五郎どん一家には和田城に移ってもらった。


 俺、蜜柑、澪は厩橋を拠点に、随時箕輪城、和田城にも顔を出す形とした。国峯城、安中城、松井田城組も含めて登用組を各城に配置しているが、人材不足なのは否めない。かといって、有力な武将を登用する経路もないのが正直なところだった。


 集合教育を実施した少年達からも、一部が常備兵へと志願してきた。集合教育は農繁期以外は継続して実施する方向で準備を進めているのだが、それよりも戦さ働きを、と望む層に無理強いする必要もない。


 平均年齢がさらに若返ったが、国峯城組を筆頭に古参に近い顔触れが存在しているため、うまく組み合わさってほしいものだ。


 農村からの新規の大人の志願者と併せて、各分野の適性を見た上で配属していく形となった。




 長尾景虎や武田勢に北条の出先機関、あるいは藤田氏や佐野昌綱らへのあいさつをするには、政治力の高い家臣も必要だが、手土産があるとなおよいだろう。


 まず、酒好きの軍神殿には、やはり酒が効果的と思われる。この辺りでは茶味がかったどぶろくが主流で、同様に玄米を使った味醂に近い酒が上質とされている。厩橋でも味醂酒が少量ながら作られ、珍重されていた。


 清酒も上方あたりでは作られているのかもしれないが、かなりの貴重品だと思われる。


 そう考えると、この厩橋で清酒を作る意味はありそうだ。精米して、炭で濾過するまでの簡易的な清酒づくりでも有効だろう。


 味醂的な酒を作っている酒造に協力を要請し、召し抱える形での酒造りを提案したところ、杜氏は乗り気だったものの、主人からはやや難色を示された。継続して出荷している取引先があるので、断りづらいということだった。


 厩橋では酒の消費量が少ないためか、取引先は利根川の下流の古河や関宿が多いらしい。その辺りで高利や酒場を営む酒屋は羽振りがよいようだが、こちらの酒造はこぢんまりとした運営となっている。


 結局、酒蔵はそのままで、召し抱えた若手が杜氏の監修を受ける形で現場を仕切ることになった。杜氏も若手も▽持ちで<杜氏>スキルを持っていたので、任せられそうだ。


 まずは、既存のどぶろくを木灰と炭で濾過する手法の確立を目指しつつ、並行して精米による酒造りを目指すことになる。


 発酵繋がりで味噌作りも、同様に職人を招く形で新田家が直接手掛けることになった。味噌も有用な商材となりそうだが、実際の狙いは醤油づくりである。米と麦と塩とを麹発酵させ、いわゆるたまり醤油よりは現代醤油に近いものができそうだが、どうだろう。こちらは、若手の味噌職人と酒造の杜氏とで協力して進めてもらう。


 酒も味噌も座は存在していたので、利益の一部は座を構成する者たちに流しつつ、販売は頼る形にした。うまく回りだせば、既存の商家のうち、やる気のある者には実働部隊を担当させ、そうでなければ家禄を出し、名誉職でも与える形にするとしよう。体面を潰して邪魔されるよりは、捨扶持を渡した方が楽だと考えてしまう俺は、面倒くさがり屋なのだろう。




 酒のつまみ的な土産物候補としては、猪の腸詰めに、ハム、ベーコンなどの試作を進めている。


 現状、料理でもてなすのであれば、天ぷら、唐揚げといった油を使った品目が考えられるが、手土産には向かない。肉、魚、里芋や根菜の揚げ物は、油が高価なために領内での普及には至っていないが、試食した者たちには大好評で、饗応のための手札にできそうだ。


 肉の処理や、ソーセージ、ハムなどの試作には、<調理>と<獣畜解体>のスキル持ちで、手先も器用な澪が主導しつつ、料理系スキル持ちの面々が手伝う形となっていた。俺から元時代の料理法の伝授を進めており、料理塾的な展開となりつつある。


 その中では、元々は志願兵だった耕三という男性料理人が、未来の料理を吸収している筆頭となっている。指示自体は守りながらも、食材事情に合わせた調整を加えてくる場合もあって、今後に期待できそうだ。


 肉の確保は、引き続き澪が担当してくれている。弓兵隊を率いながら、狩人としても活動中の澪の周囲には、女性狩人が親衛隊的に数人付き従うようになっている。


 どうも、猟師の娘がやむにやまれず山に入って、周囲から疎まれる状態はたまに発生してしまうようで、同じ境遇の彼女を慕ってきているらしい。まあ、戦さに参加する必要はないが、猟には人数がいた方がいいだろう。


 それに加えて、常備兵志願組や集合教育の年長組から有望な弓のスキル持ちが何人か出ていて、そちらも澪直属の弓兵として参加していた。


 弓兵系のスキルには、鉄砲系のスキルと共通かなと思えるものも多いので、その観点からも積極的に育成しておきたい。


 狩猟絡みでは、獣の脂を使っての石鹸作りも、酒造や味噌、醤油造りと同様に新田家直轄事業として手掛ける形とした。


 猪、鹿、熊などの脂と、灰汁の原料の組み合わせで、やはり微妙に仕上がりが違う。猪の脂が使い勝手がいいようなので、それを主体にすることにした。原料の配合などが確定したら、村での手仕事として配分するのもよいかもしれない。




 そして、重要度の高い菓子作りについても検討を進めていた。水飴は麦芽と米とで問題なくできたので、砂糖なしでも一定の甘みは確保できた形となる。まあ、南蛮渡来の砂糖の方が使い勝手はいいのは間違いないが。


 あとは、養蜂事業も進めているので、やがては蜂蜜も継続的に入手できそうだった。


 <製菓>スキル持ちの拓朗には、小麦と水飴でクッキーやパンケーキを試作してもらっている。試行錯誤段階だが、味見をする城の面々を感嘆させていた。


 菓子作りには、ミルクと卵がほしい。鶏はいないわけではないが、数は少ない。なかなか手が回らないが、繁殖させていきたいところだった。


 農耕牛の事情を聞いたら、なかなかの規模で牛を育てて出荷している牧場があるらしい。勇んで押しかけたら、攻め込まれたのかと驚かせてしまった。悪いことをした。


 牛の乳を貰い受けたい。できれば定期的に、大々的にと求めたら、目を白黒させていた。菓子職人として育成中の拓朗を連れてきていたので、その場で菓子を焼いてもらう。


 牛乳ありと、牛乳なしでは、やはり仕上がりが劇的に違う。牧場の息子が、菓子を今後も食わせてくれるならとやる気になってくれた。


 今までは、農耕向けに引き合いがあった分だけ育てていたのが、また話が変わってくるという。最大限の協力をすると伝えつつ、糞を硝石にできるように一箇所に溜めてくれるようにも頼んだ。




 食糧増産の話としては、厩橋城の周辺農村の代表者に蕎麦の植え付けを依頼中だ。箕輪城下で行ったように、常備兵を投入したスコップによる開墾で蕎麦畑を作りつつも、より大々的に広めるには自発的に動いてもらった方が早い。段銭の廃止も、その流れを助長してくれるだろう。


 さらに、秋蒔きの小麦も手掛けて、三作物の増産体制を構築しようとしていた。他では、大豆や小豆などの栽培も奨励している。


 史実では長尾勢の関東進出の際、関東南部で日照りによる飢饉が発生し、それが原因で勝手な陣払いに至ったとの話もあったようだし、それでなくても食糧不足は著しい。


 今年の上野周辺が、そこまで食料不足ではないのは、戦乱が少ないからだろうか。近隣でも国人衆同士、土豪同士の小競り合いはいくらでもあるようだが、関東の現在の主戦場は里見と千葉、北条がやりあう上総方面と、佐竹や小田、結城を中心とした諸勢力が攻防を繰り広げている常陸、下野の香取海の北岸方面だった。


 この時代に戦さが多発する原因のひとつに、収穫期の稲を狙って侵攻が行われ、飢えた領民を抱える武将が他の土地を侵攻する、いわゆる「戦さドミノ」が生じていたとの説がある。事実であれば、不毛なことこの上ない。


 北条は侵攻時には他領の田畑を刈り取っていたそうだし、武田勢が甲斐から信濃を目指したのも、自領での不作・飢饉による食糧不足が大きな原因だとされている。食料を奪い取り、また、住民をさらって身代金を取ったり、小者として使ったりしていたそうだ。


 さらには、長尾景虎の関東侵攻も、越後での食糧不足を緩和するために、端境期に関東に軍勢を連れてきて、食料を現地調達する目的があったと断ずる書物も見られた。生存戦略としての戦さと考えると、一概に否定はできない。


 けれど……。


 可能であるなら、その流れを断ち切りたい。


 そのための一手として、食料確保を目指したい。


 目的を踏まえて、新たな耕作地を開発しつつ、米、麦、蕎麦の増産を奨励したいのだった。


 農具も発達させ、肥料としての刈敷、草木灰の導入も進めたい。この時代にはとっくに普及しているものかと思っていたが、たまに見かける程度だった。戦乱の影響で、継続性が薄れているのかもしれない。


 一方の、家畜、人糞での堆肥は、寄生虫の懸念もあるので慎重に扱いたいところとなる。


 蕎麦は、ただ作れと言っても、なかなかやる気にならなさそうだ。この頃の蕎麦の食べ方は、粉にしてこねて丸めた状態の蕎麦がきが標準で、麺状にする蕎麦切りは一般的ではない。少なくとも、厩橋には存在しなかった。


 というわけで、蕎麦切り、うどん切りを作って、野鳥ガラ、猪ガラベースの塩系スープで汁仕立てとして、屋台を持ち込んで農村で試食してもらう活動を開始した。ここには、澪の仕切る二隊のうち、料理方面の要員が投入される。うまいと思ってくれれば、蕎麦と小麦の生産に力が入るだろう。


 また、野菜、根菜、豆類についても、できるだけ確保していきたい。特に稲作の農閑期に作れる夏野菜を増やしたいところだった。できれば外来の作物も手に入れたいが、伝手がないからにはむずかしそうではある。


 他では、椎茸の栽培を目指しての、生えていそうな土地の土を木に塗りつけての放置を継続している。時季的に効果は限られるだろうが、試行錯誤するしかなかった。


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