【永禄二年(1559年)八月下旬】その二

【永禄二年(1559年)八月下旬】その二


 刈り入れ時を前に、かつて箕輪城で実施した周辺住民代表との会合と同様に、厩橋城、和田城周辺の土豪衆、及び村々の代表者と対話を持った。


 俺からの要望も、住民側からの反応もほぼ同じとなる。違いは、この段階で五公五民宣言をした点だろうか。仁助も含めた箕輪の住民代表を何人か招いており、彼らからも実情を話してもらった。


 土豪衆については、箕輪城下でのこちらの対応は把握されているようで、顔合わせに出てこずに退散する者や、防備を固める者もいた。


 退散組は直轄地とすれば問題ないが、敵対組は厄介である。まあ、しかし、攻め潰すのも芸がないので、条件を提示した上で様子を見ることにした。仕掛けてくるなら、遠慮なく滅ぼすとしよう。




 人材登用については、今回は視察して回るのではなく男女の城働きの志願者に来てもらう形とした。


 そこからの選抜は容易で、広場に集めた▽付きを呼び集めて、ステータスを確認していく形となる。ここまでの領主生活で、どれだけ値が低くても▽付き人材は重要だと俺は理解していた。戦場に立たなくても、その存在感は非常に大きなものとなるだろう。


 その中でもステータスが高めの者に加え、戦闘系スキル持ちを重用するのはもちろんだが、<調理>スキル持ちも引き続き厚遇する形とした。


 これまでと毛色が変わっているのは、<武具修理>などの鍛冶系スキル、大工のうちの<船大工>、<養蜂>といった、過去の経験に基づいたと思われるスキル持ちが見られた点だった。


 集合教育についても、暫定的ながら準備が進んだので、近隣農村の十代前半の男子を呼び集めてみた。額面通りの教育をするのに加え、城働き志願者と同様のスキル選抜の意味合いも含んでいる。


 少年たちの中には、神後宗治と同じ<船上戦闘>、<航海術>といった水軍系のスキルや、<築城>、<冶金>、<製菓>といった、未経験のはずの事柄のスキルを所持する子らも見られた。いきなり召し上げるとややこしくなるので、ひとまずは集合教育期間を済ませてから考えるとしよう。


 こうなると、女の子も見ておきたいのだが……。祭礼でも企画して、スキルを見て回る機会を設けるのがいいだろうか。ただ、それで寵姫を集めているなどと噂が立とうものなら取り返しがつかない。慎重にすべきだろう。




 農作業の効率化には、やはりスコップ、ツルハシの量産が欠かせない。そう判断した俺は、城下から刀鍛冶や野鍛冶を何人か集めて、作ってくれないかと持ちかけてみた。笹葉さんにお手本としてのスコップ、ツルハシ製作の実演を頼んだところ、気安く請けてくれた。


 集まった鍛冶たちに、半ば召し抱える形でこちらが用意した施設で作業する方式を提案したところ、何人かが乗ってきてくれた。一方で、独立して活動を続けたい者たちの多くも、仕事自体は受けてくれた。


 できたものは新田家で買い上げて、村に貸与する形としよう。新たな耕作地開発に弾みがついてほしいものだ。


 見つかっていた鍛冶系スキル持ちには、鍛冶施設に放り込んで、先輩鍛冶達の教えを受けながら一通りの体験を積ませることになった。さて、誰かに鉄砲鍛冶適性があるとよいのだけれど。




 ある日、俺は蜜柑と澪を誘って、厩橋城の櫓に登ってみた。そこからの眺望は、なかなか雄大なものだった。


「いい眺めだな」


 遠くを見つめながら、澪が首肯する。


「本当だね。まあ、あたしの場合は、城にいるのがそもそも信じられないよ。蜜柑は、その点は慣れているんだろうけど」


「そんなわけがないのじゃ。国峯城なんて、ここに比べたら全然小さくて、比べ物にならんぞ」


 謙遜というよりは、実感に近い言葉のようだ。俺は、浮かんだ疑問を口にした。


「でも、蜜柑なら、ここに輿入れしてくる可能性だったってあったんじゃないのか?」


「ないない。剣術に夢中な骨太の醜女なんて、貰い手が見つからなくて、どっかのおっさんの後添えとかになるのが関の山じゃ」


「醜女ってことはないだろう。蜜柑は美人だと思うんだが」


「美人ってのは、目がすうっとしてて、すっきりした顔立ちのおなごを言うのじゃ。わたしなんて……」


 蜜柑が両目尻を横に伸ばしながら応じて、肩を落とす。そうか、この時代は能面みたいな顔が美人とされていたんだっけ。


「俺のいた時代では、蜜柑や澪みたいなはっきりした顔立ちで大きい目の娘が美人とされていたぞ。だから、俺は蜜柑のことを美人だと思う」


「そうなのか。……なら、子作りの延期は、わたしが醜女だからではないのか?」


「違うって。その……、抱き寄せたい衝動には、わりといつも駆られている。けど、そうしたら、たぶん押し止められない」


「そうじゃったのか……。わたしが醜女だから抱きたくなくて、その方便なのかと思ったぞ。このまま、夫婦のふりを一生続ける気なのかと」


「言ったろ。まず、次の夏までだって。今の勢力圏を守れるだけの実力を蓄えれば、まずは一安心だ」


「わかった。なら、よかった。……なあ、お歯黒はした方がいいか?」


「いらない、いらない。新田家では、基本なしにしよう。……俺のこの髪型は、変かなあ」


 少し伸びてはいるが、俺の髪型は現代風のままである。


「月代は、兜で蒸れないように髪を剃って作ってるだけみたいだし、別にいいんじゃないか。師匠たちも、やってないじゃろ?」


「そっか。なら、このままにするかな」


 正直なところ、月代にちょんまげを結った自分は想像できなかったので、ちょっとほっとした。


「……あたしも服装を蜜柑みたいにして、髪を伸ばした方がいいのかな」


 澪が外見を気にするのはめずらしい。彼女は毛皮の上着に、野良着的な服装が多い。


「いや、今のままでいいんじゃないか。着替えたくなったら、それでもいいけど。髪型は、澪に似合っていて可愛らしいと思うぞ」


「そう……」


 視線を落とした澪を見つめていると、剣術少女に頬をつねられた。


「いひゃい、にゃにをしゅるんにゃ」


「そうやって、わたしと澪で女性を口説く練習をするために、ここに誘ったのではあるまいな」


「そんなわけないだろ、失礼な。二人が見せてくれた光景だからさ、一緒に眺めたいと思って」


「でも、護邦がここに連れてきてくれたんじゃない」


「そうそう、三人じゃなきゃたどり着けなかったのじゃ。もちろん、英五郎どんや師匠、他の人たちも欠かせなかったがな」


「ホントだな。……できれば、ここを平和な土地にしたい。仮に敗れるとしても、農村を豊かにしておいて、できるだけ楽に暮らせるようにしておきたい」


「えー、ここまで来たんだから、関東制覇とか考えてもよいじゃろうに」


 蜜柑が無茶を言い出す。対して、澪は不思議そうに問い掛けてきた。


「護邦の視線は、もっと先に向けられてるんじゃないの?」


「うーん、そうだな。先は見据えつつ、まずは足元を固めていくしかないな。……蜜柑。お前が軍を率いてくれなかったら、ここまで生き残れなかっただろう。今後も、一緒に歩いていってくれるか」


「もちろん。それはむしろ、こちらが頼みたいことじゃ」


「澪。お前の矢が行く手を示してくれたから、ここまで進んでこれた。料理で皆の士気を高めてくれているのも、本当に助かっている。できれば、一緒に国を創っていきたい」


「うん、不要と言われない限り、あたしも一緒に生きていくよ」


 この日は、三人で夕方になるまでその櫓で、これまでとこれからとを語り合うことになった。

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