【永禄二年(1559年)八月上旬】


【永禄二年(1559年)八月上旬】


 勢力圏内はそこそこの安定度となっており、俺は急ピッチで諸々の対応を進めていた。


 本拠は榛名山麓という立地ながら、最も開けた土地を周辺に有する箕輪城に置き、山がちな土地にある国峯城、松井田城、安中城の防備は、軽めなものに留めることにした。


 箕輪城から南西に位置する他の三城は、警戒さえ怠らなければ守りやすい立地にある。不意を衝かれたとしても、一撃さえ凌いでくれれば、箕輪城からの後詰めで対応できるだろう。さらには、上泉門下の情報網を頼れそうなのも大きい。


 武田への手当ては、碓氷峠方面の偵察をしっかりすれば、奇襲は防げそうだ。軽井沢に砦を作ってしまうのもありだが、刺激してはやぶ蛇的展開になりかねない。


 箕輪城下の村々からの常備兵の応募に勢いが出てきており、訓練を箕輪城に集約するのが効率的だとの事情もある。


 常備兵が集まってきているのは、能力次第で雑兵から侍大将的な立場になれるとの話が広まったためらしい。


 統率がBの英五郎どん的な掘り出し物こそいなかったが、D、Eならば幾人か見つけられたし、最低ランクのFであっても無印より格段に有能なのは、訓練でチームを率いさせるだけでも明らかだった。


 もちろん、重視するのは統率だけでなく、軍事、智謀のE以上も厚遇している。統率に秀でた者が全体を見て、智謀系が助言し、軍事の高い者に先陣を切る役割を担ってもらう。


 その形で動きは格段によくなっている。SやAが並ぶ綺羅星のような武将が揃わなくても、強化は可能であるようだった。


 同時に、特に志願兵については、ありふれたものであっても、スキル持ちは重視するようにしていた。


 また、内政だけが高めの者は、行政方面に引き抜く形としている。外交については、さすがに有望な者は見当たらなかった。


 取り立てた▽印持ちの者達の報酬は、初手から上げる形とした。それがまた、やる気を生んでいるようだった。


 常備兵の俸禄は、採用してすぐの一般兵で年間一貫文と定めている。一貫文とは一文銭が紐で百枚連ねられた束が十束の千枚で、一文銭がざっと百円だとすると、十万円となる。


 年間で十万円? 安っ、という印象かもしれないが、住居と食事が保証されれば、無償でも歓迎、という者たちも多かった。実際、徴用されていればほぼ無給で、雑な食事が与えられる程度だし、特に収穫前には農村で食糧不足が顕著になる。


 この額で応募してきた者たちが喜んでいるのは、村に貨幣がさほど普及していないためであるようだ。規模の大きな町で兵を集めたり、職人を雇用しようだとかすれば、また話が変わってくる。ただ、町で兵を集めるとなると、乱取り前提のすれた者たちが主体となりかねない。ここは、農地からに限定し、半ば兵役免除の代わりに、というていで集めるのがよいだろう。


 取り立て組の年俸は、まずは五貫文。小隊長級なら十貫文だが、全般的に経験による昇給に加え、貨幣の普及も踏まえて改定していく必要があるだろう。ちなみに、大幹部である英五郎どんは五十貫文となっている。


 取り立てられた彼らが才能を示してくれれば、選抜への納得感も高まる。俺としても期待は大きかった。


 原資としては、箕輪城に溜め込まれていた銭を活用させてもらっている。さらには、一括払いをするわけでもないので、収穫さえ順調なら資金繰りに問題はなさそうだった。




 常備兵志願者の訓練をしつつ、刈り入れ前に村の子供たちを集めた集合教育を実施する準備も進めている。そのあたりは、英五郎どんと一緒に箕輪城に入った奥方が手伝ってくれていた。


 英五郎どんの奥さんは国峯城の侍女だった時期があり、同じく箕輪の長野家に振り回されてきたとの認識を共有するらしい安中城、松井田城出身の侍女勢とは通じるところがあるようだ。箕輪城にいた侍女たちは、奥方らと一緒に落ち延びた者達が多く、現状は支城勢を再編して回してもらっている。


 また、そちらからの縁で、鬼幡家、長野家の戦死した武士の妻子を侍女や下働きとして雇う話も進めている。特に下級武士などは憎くて殺したわけでもないし、その家族が困窮しているのを、いい気味だと嗤う趣味もない。


 実利的に考えれば、一定の教育を受けた未亡人や遺児は貴重な人材でもある。男児は登用候補にもなるし、女性は常備兵の婚姻相手としても期待できる。


 もちろん、俺を恨んで拒否する者もいるだろうが、それは仕方のない話だった。




 税制方面では、棟別銭、段銭の廃止と、直轄地の五公五民を宣言した。この辺りでは、領主や国人によって六割、七割持っていかれる場合も多く、さらに家屋にかかる棟別銭、畑にかかる段銭と負担が大きかったため、全般的には歓迎された。


 当初は元時代で北条の税率とされていた四公六民に合わせようかと考えていたのだけれど、どうも少なくともこの時代には五公五民で、段銭、棟別銭なども徴収しているようだ。四公六民は北条の統治初期の話なのかもしれない。


 新田領内で新たに定めた、五公五民で棟別銭、段銭を廃止という税制は、なかなかに衝撃的な内容だったようだ。特に、新田の直轄地と自領とで差が出る土豪衆には、波紋が広がったようだ。


 土豪衆の動員力は侮れないもので、彼らの兵力を頼りたい気持ちはもちろんある。だが、先々を考えると、ここは無理をしてでも直轄軍を整備し、自由に人材を配置できる状態を確保したい。どうしても、ゲームの「戦国統一」における兵農分離政策な思考になってしまう面はあるのだが。


 五公五民、棟別銭と段銭の廃止などを宣言するために村の代表者を集めた際には、スコップとツルハシの試作品を示し、食糧増産への助力を求めた。引き続き、常備兵による開墾協力も約束する。


 これまでは段銭が設定されていたために、確実に手入れできない田畑を持ってしまうと、自分の首を締めることになっていたらしい。なんとも非合理な話である。


 仁助のところを含めた幾つかの村が手を上げてくれて、スコップ、ツルハシの威力が発揮される流れとなった。


 夏に入っている今の時期から、米を作るのは無理筋となる。開墾した農地は、まずは蕎麦、次いで秋蒔きの小麦が作付の候補だった。


 これまでのこの地域では、領主である箕輪長野氏の命令で米作りに注力していたそうだ。戦略物資であるからには、無理もないとも言える。その結果として、蕎麦、麦やその他雑穀の栽培はごく限定的だったようだ。


 将来的な飢饉への備えを打ち出し、蕎麦、小麦は新田家で買い上げるとも言明した上での増産要請を、農村側はどう受け止めただろうか。まあ、少なくとも領主指示ではあるわけで、ひとまずは従ってくれそうだ。


 一方で、城下の空き地に直轄農園設置の準備も進めている。食料確保のためはもちろん、農村で不人気の作物を試験的に栽培できれば、との思惑もあった。




 農業方面への手当ては、俺と英五郎どんが中心となって、常備兵志願者からの内政登用組を通して実施している。


 その間、蜜柑は、八幡さま近くの新陰流道場に出入りしながら、調練にも顔を出して機嫌よく過ごしてくれていた。


 特に軍事のステータス値が高い者からすれば、所作を見るだけで蜜柑が武技に秀でている度合いはわかるらしく、すっかり手のうちに入れつつあるようだ。調練を得意とするかどうかと指揮能力はやはり別のようで、彼女が率いると明らかに動きがよくなるのだから不思議である。


 寝所では、蜜柑と澪と三人で眠るのが通例となっていた。それぞれの動きを把握する意味でも、そこでの情報交換は有用だった。


 澪の方は、引き続き常備兵のうちの弓と槍に適性がある者達を連れ、狩猟に出かけることが多くなっている。彼女もまた、弓に興味のある者からすれば、憧れを抱く対象であるらしい。


 狩猟での獲物は<獣畜解体>スキルを駆使して食料としてくれている。この時代、肉食は上方ほどではないにしても禁忌視され、さほど普及していないはずだが、狩猟で得られた肉は別扱いとなるようだ。


 澪の<調理>スキルに俺の元時代知識をかけ合わせた揚げ物やら煮込みやらは、家中でなかなかに好評を博している。結果として、常備兵の食事情は良い状態となっていて、募集が順調なのは、その話が伝わっているためもあるようだ。


 揚げ物については、まず揚げるという発想がない上に、油の流通量も少ないために存在していなかったのだろう。現状は、ラード的な獣肉の脂で揚げる形となっている。


 後に徳川家康が食べたらしい鯛の天ぷらは、ほぼ素揚げだったとの話もあるようだから、下味をつけ、粉を打って揚げている唐揚げ的なうちの料理の方が進んでいるだろう。卵をふんだんに使えれば、また違ってくるのだが、農村での鶏の飼育も盛んではない。


 汁物は、だし取り用のコンブやかつお節が群馬で容易に入手できるはずもなく、また、塩や味噌は貴重品である。大根やごぼうの根菜と、鶏ガラならぬ野鳥ガラ、トンコツならぬ猪コツあたりを使ってだしを取り、塩を少々といった味付けをしてみている。野趣溢れる味わいだが、調練で体を使っている兵たちにはちょうどいいのだろう。


 歓迎されれば、狩猟の参加者のやる気も出るわけで、澪の存在は家中で大きくなっていた。


 厨房要員については、侍女からの志願者に加え、常備兵募集に応じた中にちらほらと<調理>スキル持ちがいたことから、志望を確認した上で投入している。給金は一般常備兵よりも高めに設定し、こちらも家中での人気の職種となっていた。支城的扱いの国峯、松井田、安中の各城はほぼ従来の食事情のままだが、こちらも徐々に広げていくとしよう。


 


 英五郎どんには、持ち前の統率力を活かす形で、箕輪の城代的な立場を任せている。俺はどちらかというと、遊軍的に飛び回る状態だった。


 見坂村の生き残りのうち、農夫に連れてこられて助かった赤子は、英五郎どんの養子としている。どうも夫妻は子供ができない体質らしいのだが、子供好きだそうで、それならと見坂村から城に小者として上がっていた兄弟、武郎と智蔵の世話も頼んでいる。


 その絡みに加えて、統率役が農民だと都合が悪い面もあるので、正式に家臣として取り立て、苗字を持たせた。村の名を取った上坂英五郎どんというのが、新たな名乗りとなる。いや、どんは余計か。軽んじているわけではないのだけれど、どうもどんがつかないと落ちつかないのだった。


 一方の、見坂村の兄弟は見坂姓として、見坂武郎、智蔵と名乗らせた。それが元服扱いとなったのか、白▽が生じた。能力値的には、今後に期待したい感じでD以下が並んでいた。


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