【永禄二年(1559年)七月中旬】その一

【永禄二年(1559年)七月中旬】その一


 第一次志願兵のお試し訓練を終えて配属が済んだ頃から、常備兵の希望者が徐々に増えてきた。


 どうも、国峯勢が主体になって、他の地域出身者はその下に組み入れられるのではないかと危惧する者たちがいたらしい。


 国峯城周辺の農夫からは、十五人ほどが引き続き参加してくれていて、堂山家から引き継いだ武士たちは、若者を中心に二十余名となっている。


 新規志願組と合わせて再編成した諸隊は、能力重視で、具体的には▽持ちのステータス値とスキル重視で指揮役を定めていた。


 既に死地をくぐり抜けた間柄の国峯勢は頼りになるし、蜜柑、澪、英五郎どんが中枢になるのは間違いないが、末端まで変に重用して派閥を作るつもりはさらさらない。


 ただ、本人たちからすれば、俺が何を基準に選抜、序列付けをしているのかがわからないだろう。俺としては、天禀を感じる者を選抜しているのだと言い切ることにしていた。選に漏れた者からも、今後の様子を見て取り立てはありうるとも伝達していく。


 血縁、地縁が重視されるこの時代に、俺のような外来者が徒手空拳から勢力を築くには、中核となる子飼いの兵力の確保が必須となる。蜜柑に従う国峯勢を中核として新規雇用勢を指揮させる選択肢ももちろんあったが、それではいかにも発展性に乏しい。できれば、雇用する兵から中核を作り出していきたいところだった。


 新たな志願者の中には、俺が打ち破った鬼幡某と長野業正の旧家臣も幾人か含まれていた。こちらとしては、特に否やはない。新たな場所で活躍してほしいものだ。


 そして、土豪衆からも、お試し的な参加者が出始めた。この時代の国人衆、土豪衆とは、要するに小領主である。兵力を蓄え、周囲の農村を支配し、自衛しているのだから、上位者に従っていても独立国だと考えてもいいのかもしれない。大名によっては、傘下の豪族達の言いなりになるしかない場合もあるらしい。


 ただ、一言に土豪と言っても、規模も性格も様々で、武辺寄りの土豪もいれば、開発が得意な家もある。


 開発系土豪の中には、一族の者を指揮者含みで新田家の調練に参加させつつ、開発に注力しようとする勢力も見られた。


 一方で、武辺寄りの土豪の多くは、俺への反発を強めているようだった。彼ら土豪達に頼っていれば、お手軽に兵力を集められていたのかもしれないが……。まあ、既に踏み出した道ではある。




 ある日、「静寂」号との馬の稽古を終えて城に戻ると、蜜柑が剣の稽古をつけてくれるとの話になった。剣も天才系の彼女は、人に教える資質は持ち合わせていないが、練習相手としてならば得難い強敵だった。


 稽古の合間の発言からして、どうやら澪と一緒に馬の稽古ばかりしていたのが気に入らなかったらしい。そう言われても。


 いい汗を流して、蜜柑と休憩の時間を取る。満足そうだが、俺は少し考えてしまった。


 現在の家中で、この蜜柑が剣技で随一の存在なのは間違いない。だが、教える技量としては、残念ながら秀でてはいない。


 上泉秀綱の道場の稽古ぶりも見学させてもらったが、少なくとも高弟たちの指南は初心者向きではなさそうだった。


 調練の場でも、上泉門下の幾人かは蜜柑の流儀についていっているが、一般の兵に対してとなると微妙な状況である。教え方がうまい剣士が現れてくれるといいんだが、と思いながら、俺はなけなしの剣術知識を絞って、素振りや模擬戦などの訓練のメニューを考え、課すようにしていた。


 先日の戦いでは、矢戦さ向けの盾を利用して、敵の攻勢を遅延させるのに成功した。そう考えれば、この時代には鎧の高度化によって顧みられなかった盾の導入を考えてもいいのかもしれない。


 今後も、相手の▽持ちを弓矢と突撃で仕留める戦法が有効ならば、防備を専らとして時間稼ぎができる兵種は貴重な存在となりそうだ。そして、鉄砲が全盛になる流れを考えると……。


 ただ、まあ、少なくとも今は基礎的な部分を底上げするべきではあった。




 集落の長たちに約束した手仕事の割り振りについても、検討していく必要がある。


 国峯城周辺には、槍作りの実績があるので従来よりも長い、信長方式の長槍作りを依頼することにした。これまでは強制的な労役の割り振りだったのが、些少ながらも給金を出す方式に切り替わった。


 通常の長槍は二間半なので、三間半にして優位性を狙う形となる。これは蜜柑姫には大不評で、槍の本道から外れるとかなんとか文句を言われた。武芸として武将が馬上から突く槍と、足軽が集団で叩く槍とでは兵種が違うんだと説明して、なんとか半分くらいは納得してもらえたようだ。


 槍隊については、戦力としても期待したいが、相手の攻勢を遅延させる役割も担ってもらいたい。


 澪の剛弓と蜜柑の斬り込みという切り札を活かすための方策は、今後も考えていく必要があった。


 その他の土地の集落については、当事者とも相談しながら考えていくとしよう。




 さて、戦さ支度も重要だが、今後を考えると農業振興の重要性は同等かそれ以上に大きい。農機具の確保を目指して鍛冶屋を探したところ、箕輪城下に笹葉という名の妙齢の女性野鍛冶がいるとの話を聞きつけた。俺は早速訪問して、スコップとツルハシの試作を依頼していた。


「笹葉さん、どうだい?」


 槌音を響かせていたご婦人が、ゆったりした風情で振り返る。


「おう、城主様かい。本当に気軽に訪ねてくるねえ。領主なんて、城でふんぞり返ってるもんだろうに」


「こないだまで浪人だったんだから、その辺は勘弁してくれ。で、出来栄えはどうかな」


「こんな感じでどうだい? もらった絵図からは、ちょっと変えてみてるんだけど」


 スコップもツルハシも、試作品が幾つか出来上がっていた。


「あの図面は参考でいいんだ。いいと思うように手直ししてくれれば」


「なら、よかった。……ちょっとそこらの土を掘り返してみたよ。これはいいねえ。あたしでも、簡単に扱えて。とりあえず三本ずつ作ってる。すこっぷの最後のやつが、もうちょっとで仕上がるよ」


 試させてもらったところ、見事な出来栄えだった。このまま量産してほしいと要望したら、十本くらいまでなら作るけど、それ以上は勘弁してほしいと言われてしまった。同じものを作り続けるのは単調で苦痛らしい。


 どうやら、新しいものを作りたがるタイプのようなので、脱穀用の千歯扱きも頼んでおく。スコップを完成させた彼女なら、苦もなく仕上げてくれるだろう。


 ただ、そちらも量産は頼めないかもしれない。となると量産を頼める鍛冶を探さなくてはいけないか……。


 盾を頼むとしたら、どんなものがいいだろうかと考えつつも、まずは農作業向けの道具の整備を進めていこう。




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