【DAY・2 / 永禄二年(1559年)七月上旬・国峯城】その二

【DAY・2 / 永禄二年(1559年)七月上旬・国峯城】その二



 箕輪衆の枠内に入る国人衆同士の内訌を受け、箕輪長野家の選択した行動は、我が国峯勢の成敗だったようだ。城近くに戻った時には、既に先鋒が迫ってきていた。


 おいおい、ふざけるな。こっちは被害者なんだぞ、と抗議したいところだが、そうも言っていられない。弱体化した上に、どこの馬の骨とも思えぬ者を引き込んで当主にしたと伝われば、すぐにも排除しようとなっても不思議ではなかった。


「護邦っ。すぐに指揮を」


 櫓から声をかけてきた澪に手を挙げて応じると、俺は閉じかけていた城門に滑り込む。


 ざっと状況を確認して、すぐに指示を発した。


 英五郎どんには、引き続き村人の志願者をまとめた槍部隊を指揮してもらう。


 婚儀を終えても姫武者である蜜柑には、剣技スキル持ちを中心とした稽古仲間を配し、突撃隊を編成した。


 兵の中には弓使いが何人かいたので、弓兵隊を結成して澪の指揮下に置く。


 その他の兵は、俺の直衛となる。見坂村の生き残りの兄弟もいて、やる気を見せていた。どうも、兄の方がお調子者で、弟が冷静な感じの好対照な関係性のようだ。明るさはあるが、家族や縁者が惨殺されたばかりである。動きには注意する必要があるだろう。


 ざっくりした配置を終えて、櫓へと上がる。遠望すると、長野業正らしき甲冑武者が視界に入った。




 統率:A 軍事:B 智謀:A 内政:E 外交:C


 スキル:<怒号>、<追い打ち>、<斬撃>




 いやあ、名将である。敵に回したくないし、できることなら家臣に迎えたいところだ。ただ、史実では数年内に死亡するはずだった。さらには、息子の業盛の姿もあり、こちらも年若いのに軍事Bである。


「こうして攻め込まれているからには、妥協の余地はないんだよな。だがなあ……、あらためて臣従するように使者でも出してくれれば、それでよかったのに」


 箕輪衆の従属国人衆として勢力を固めつつ、長尾勢の関東侵攻のどさくさに独立の機会を伺うのが、昨晩時点での戦国渡世プランの第一候補だった。場合によっては、いずれ西上野侵攻を仕掛けてくる信玄に降って、その尖兵にというのも頭にあった。


 俺の慨嘆に応じたのは、一緒に櫓に上がってきていた蜜柑だった。


「あ、使者なら斬ったぞ。首は従者に持ち帰らせた」


「は? なんでだよ」


「我が夫の首を差し出して、妾になるなら降伏を受け入れると言われたのじゃ。……首になりたかったか?」


「いや、そういう話だったならかまわんのだが、それはそれで知らせてくれよ」


「お主がどこにいるのかも分からぬし、使者を立てている暇はなかった。連絡は遅れたが、陣触れは出したではないか」


「なるほど、確かにそっちの方が優先だな」


「じゃろう?」


 頭を撫でると、でへへと笑っている。ちょっとあれなところはあるが、いい子ではある。


「で、具体的にはどうするのさ」


 弓の準備を整えた澪の声が尖っている。まあ、確かにゆっくりしていられる状況ではなかった。




 長野業正が率いていた手勢は、約五百人。本来の動員数から考えれば、ごく少数だと思われる。


 今回は計画された侵攻ではなく、蜜柑が使者を斬ったことで、瞬間的に沸騰して出てきたのであろう。


 相手が武田であれば自重もするのだろうが、今回は手下に噛みつかれたくらいの認識なのかもしれない。まあ、俺個人には、奴の禄を食んだ覚えはないのだが。


 今回は、城を出て布陣する形とした。昨日の鬼幡某と違って城におびき寄せての騙し討ち的な手法が通じるとは思えない。


 主将を、こちらの主力で打ち砕く。それが、唯一の勝負手だった。


 戦端は、長野業正の<怒号>によって開かれた。スキル持ちだと知っていても、びくっとするからやめてほしい。


 ……と思っていたら、ウォー、ウォーと断続的に叫び続けている。熊かよ。まったく。怒号おじさんと名付けておこう。


 強襲というほどでもなく前進してきた敵軍の前には、倉庫に死蔵されていた矢盾が並べられてある。この時代、矢戦さは無くなってはいないが、主流からは外れている。剣や槍相手には使いづらい置き盾は、あまり使われなくなっているようだ。


 その背後にいる槍部隊は、刺突のタイミングを図っている。防御というよりは、時間稼ぎに近い状態となっていた。


 こちらの戦法は、澪の弓矢とそれに続く蜜柑ら突撃隊の突貫で、▽付きを着実に倒していき、指揮系統を砕くことに尽きる。そう考えれば、他の兵たちは膠着状態を作り出せればいい。


 澪の矢が二人、蜜柑の刀が三人の▽持ちを仕留めたところで、苛立った長野業正が怒号を上げながら突進してきた。死に体の弱小勢力を踏み潰すつもりだったのが、有力な部下を次々と討たれたとあっては無理もない。


 そして、俺らからすれば待ちに待った状態だった。


 英五郎どん率いる槍隊で牽制しつつ、弓兵隊が集中攻撃を浴びせる。弁慶みたいな状態だが、こちらには弓聖がいるのである。二つ、三つと矢傷を負わせたところで、俺がGOサインを出した蜜柑が仕掛ける。


 あちらの兵は、主将同志の一騎打ちと捉えて一歩下がったようだ。けれど、こちらに付き合う理由はない。打ち合わせ通りに蜜柑が槍衾の方向に押し込み、並んだ槍の間からは澪の強弓が唸りを上げる。


 卑怯なり、との声音もまた怒号だったのだろうか。


「いきなり攻めかかってきて何を言っていやがる」


 つぶやいたときには、蜜柑の大上段からの一閃で長野業正は斬り伏せられていた。




 歓声を合図に、俺の配下として出番を待っていた侍たちが一斉に駆けていく。先頭には、見坂村の生き残りの兄の方、武郎の姿が見えた。その頃には、指揮役はほぼ討滅が済んでおり、寄せ手は一気に潰乱していた。


 周囲にいた人数を集めての急襲で、集落からの徴発組はごく少なく、基本的には手練れの集団だったと思われる。それでも、主将があっさりと討たれてしまえば、脆いものだった。


 城から馬を出すと、蜜柑を先頭に、逃げ散る兵たちを追い越すように箕輪城へ向かう。箕輪城は、榛名山麓にある城で、神泉の道場よりもさらに北にある。蜜柑の後ろに乗った俺の周辺には、十騎ほどが固まっていた。武郎の姿もあるのは、ちゃっかりと馬を確保してついてきたのだろう。


 残されていた城兵はごく少なく、攻めかかられる想定はしていなかったようだ。誰何されるのを無視して突入して二人を斬り伏せると、その後の抵抗は形式的なものに留まった。蜜柑の直衛が携えてきた城主の首級を示すとそれも収まる。


 こうして、箕輪城は陥落した。乱戦の中で、長野業正の息子も命を落としたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る