【DAY・1】その五
【DAY・1】その五
家中の者達や、避難してきた農民総出でその場所へと向かった。俺が澪に連れられて最初に訪れた、見坂村の焼け跡である。
既に指示を受けた者達が探したが、生存者は一人も見つからなかったそうだ。英五郎どんが連れている赤子と、城に小者として出仕していた武郎、智蔵の兄弟だけが、生き残りということになる。
蜜柑姫の瞳は潤んでいる。
「すまん。我ら堂山が不甲斐ないばかりに」
彼女が総勢を率いていれば、あるいは……。いや、それは言っても詮無いことだろう。
「悪いのは、鬼幡の連中だ。だが……、無念だっただろう。英五郎どんが抱いている赤子を託した農夫は、この中で一番の幸せ者だったんだな」
話題に出た▽印持ちの農夫が、肩を落としてつぶやいた。
「平和だった村が、いきなり殺戮の場になったからなあ。早いうちに殺された方が、まだましだったかもしれん」
そうだったろう。絶望感の中で命を取られるのは、どれほどつらいことだろうか。気づくと、俺の頬を涙が伝っていた。意識するともう止まらず、俺は子供のように泣き出してしまった。
つられたのか、農夫や兵士たちも、小者の少年たちも、蜜柑も澪も泣いている。
と、そこに一段と激しい泣き声が覆いかぶさった。それは、英五郎どんが連れた赤子だった。
ぎこちなくあやしながら、槍隊を率いた戦功者が口を開いた。
「さあ、泣くのは赤子に任せて、祝言の支度をせねば。死んだ者を悼みつつも、我らは生きていかなくてはなりません。笑って、いい祝言にしましょうぞ」
明るい口調でそう提案する農夫の頬にも、涙が伝っていた。
祝言の席で蜜柑によって行われた、当主には俺が就くとの宣言にも関わらず、生き残りの総勢五十人ほどの武士、小者たちは祝ってくれた。先代の周囲を固めていた重臣的存在は軒並み戦死したようで、半ばやけっぱちになっているのかもしれない。
見回すと、▽持ちは三人いて、比率は村よりは高いが、各ステータス値は、やはりほぼE、Fが並ぶ状態である。統率は英五郎どんがずば抜けている。
一方で、剣技は何人かスキル持ちがいた。顔を見ると、蜜柑姫に従っていた者達である。自覚があって、行動に反映されていくのだろうか。
俺の服装は、さすがにポロシャツにスラックスではまずいとの話になり、借り物のそれらしい装いとなっている。髪は当然そのままだが、見回すとちょんまげ姿はいないわけではないが、数は少ない。まあ、田舎である上、若手がほとんどだからというのもあるかもしれない。
さて、どうやって生き残っていくかと考えてくると、澪がやってきた。
「おめでとう。朝には熊に襲われていたのに、いきなり城主になるなんて、あたしもびっくりした」
「いや、澪のおかげだよ。……だけど、これでよかったんだろうか。生き残れるか、正直自信がない」
「護邦ならだいじょうぶだって。あの熊との対決も凌ぎ切ったじゃない」
「そっちも澪のおかげだけどな」
にこりと笑って杯に茶みがかった濁り酒を注ぐと、短髪の狩人の少女は去っていった。入れ替わりに、英五郎どんがやってくる。
「英五郎どん。今日は本当に助かった。よければ、このまま新たに生まれるこの家に仕えてほしいんだが」
「けんども、わしはただの農夫に過ぎんのだが……」
「村での避難誘導に、爺婆様を従えての油攻め、それに槍隊の指揮統率と、今日の殊勲第一だぞ。まあ、蜜柑姫と澪は別だが」
「第一は護邦どんだろうに。もっとも、主君となられたからには対象外なわけか。……なんにせよ、できるだけやってみるとしよう。なるべく早く、農夫に戻してくれよ」
「いや、たぶん無理だって」
「けんどもなあ……」
こうして、俺は頼りになる武将を招くのに成功したのだった。
宴がまだ続く中で、婚姻したのだからと蜜柑姫に寝所に引き込まれた。
「なあ、待てよ。祝言は挙げたが、結婚はふりでいいだろ」
「いや、脆い絆なんだから、確かなモノがないと壊れてしまうじゃないか。……戦って死ねればまだしも、捕らえられていたら兵たちに慰み者にされていたか、この地を統治するための道具にされていたかだったのじゃ。覚悟はできている」
そう口にした姫君が、俺の腕をつかんで布団へと引っぱり込んでいく。腕力では太刀打ちできそうにない。
「だから、婿入りして、この家を継ぐ自体はかまわないってば。なにも、すぐ同衾しなくてもいいだろ」
「言葉ではなくて、契を結びたいのじゃ。共に跡継ぎを作ろうとするのが、家族の証となる」
「家族が欲しいのか」
「父は戦死し、母は弟を殺して、自死された。わたしだけを置いて。……わたしは、一人なのじゃ」
蜜柑の瞳に虚無の影がちらつく。俺の心を怯えが過ぎった。
「家族として、一緒に歩いて行こう。それは、もう決めている。だからこそ、いきなりというのは避けたい」
「わたしに魅力がないからか。それは自覚しているが、跡継ぎを……」
灯明の影が、蜜柑の顔にちらつく。魅力がないどころか、かなりの美少女である。心のどこかで、相手の求める方向に進むべきだとの声が湧いているが、俺は理性に力を集中させて妻となった女性に向き合う。
「聞いてくれ。今日のところは、襲いかかる敵をどうにか討ち果たせた。だが、まだこの地で独立した勢力として生き残れるかどうかは定かではない。そうだよな」
「それは、お主の言う通りじゃが……」
「この城が落とされたら、一緒に逃げ延びて再起を図ってくれるか」
「ああ、もちろんじゃ」
「なら……、安定するまで。子作りは待とう。現状では、蜜柑の剣の技量が頼りなんだ。身重では、生き残れる確率がぐっと低くなる」
姫君は拗ねたように口を尖らせた。
「そんなこと言って、遠ざけるつもりなんじゃな」
「次の夏までだ。次の夏に、おそらくこの関東の地の情勢はがらっと変わる。その時をどう迎えられるかで、俺達の未来は決まってくる。そこまで待ってくれないか」
「……わかったのじゃ。子は成せなくても、一緒に生きてくれるのなら、かまわないのじゃ」
いまいち話が噛み合っていないようだが、ひとまず落ちついてくれた。
「じゃが、寝所を別にしては、家中に気づかれかねない。それはまずいのじゃ。少なくとも、今晩は」
「ああ、それはもちろんだ」
蜜柑が俺を上掛けの中に招き寄せる。甘酸っぱい香りが、鼻腔を満たす。俺は、申し出を断ったことを後悔しつつあった。
密着して、身体の色々なところが触れる中で自らの宣言を守るには強い意志が必要だった。ただ、家族の死を思ってか、泣き出した蜜柑を抱きしめて落ちつかせているうちに、興奮は収まってくれた。
涙を流すのは、むしろ当然だろう。両親と弟が死に、戦場に臨み、初対面の男と祝言を挙げたのだから、動転しない方がどうかしている。
そして、明日からは家中を再編し、場合によっては攻勢に出るわけだ。せめて今夜だけでも、ゆっくり休んでほしい。
そう考えながら起き出した俺は、夜闇に浮かぶ月を見つめていた。
俺にとっても、今日は非常にことの多い一日だった。振り返っていると、月明かりを浴びた澪がやってきた。
「今日はありがとうな。改めて思い返していたんだが、本当に助かった。澪のためにできることは、何でもさせてもらう」
「いいのに。……なら、あの村の生き残りの赤子を、気遣ってあげて」
「ああ、英五郎どんに頼んでいる。子はいないらしくて、夫婦しておっかなびっくりで抱き上げていたよ」
紹介された奥さんは、かつてこの城に女中として務めた経験があるそうだ。恰幅もいいが品もいい、穏やかな女性だった。
「じゃあ、あたしは行くね」
「……行っちゃうのか?」
「むしろ、あたしがいてもいいの?」
澪は不思議そうな表情を浮かべている。
「これから、平和な時代をできるだけ早く作るための戦いが始まる。いてくれれば心強いけど、無理強いはしないよ」
「でも、婚儀を終えたばかりなのに、邪魔じゃないかな」
「そんなことないぞ。心強いし、弓矢で進むべき道を示してくれて、とても助かった。できれば、今後も行く先を示してほしい」
澪は、うーんと言いたげに首を傾げている。と、背後から微かな足音が近付いてきた。姿を表したのは、蜜柑だった。
「すまん、ちょっと聞いてしまったぞ。護邦を独占するつもりはないのじゃ。別妻となってくれても、全然構わんぞ」
「澪とはそういう関係じゃない」
「そうなのか? てっきり……」
「そうじゃないが、せめて落ちつくまででも居てほしいとは思っている」
「わかった。別妻になるかどうかは、ゆっくり考える」
あ、考える余地はあるのね。同じように感じたのか、蜜柑が誘いの言葉を投げた。
「よかったら、三人で寝ない?」
「え、いや、いきなり三人でというのはちょっと」
「眠るだけじゃ。わたしも、その、そういう感じではないし」
「ああ、明日から忙しい。ゆっくり寝よう」
頷いた澪は、一緒に寝所までやってきた。
二人の寝息に挟まれながら、俺は思いを巡らせていた。蜜柑が放出する甘酸っぱい香りと、澪から漂う清冽な空気感は、どちらも心地よい。美少女二人に挟まれていながら、冷静さを保てているのは我ながら不思議だった。
戦略SLGの「戦国統一」シリーズには、ゲーム開始時に独立勢力としての国人衆と呼ばれる豪族を、モブ的にランダム生成するモードがある。多少の揺らぎを持たせるためなのだろう。
上野国の西端には、本来は箕輪長野氏の従属勢力、箕輪衆と呼ばれる存在として、安中氏、小幡氏らが存在したはずだ。ただ、わりと早期に武田あるいは北条によって踏み潰される立地なためもあってか、両者の勢力圏はモブ豪族と呼ばれるランダム生成武将の出現対象地域とされていた。
ここ国峯城は、いずれ富岡市になる場所の南の山にある城で、史実では国人衆の小幡氏の所領だった。そして、攻めてきたのは、安中城、松井田城を治める勢力である。あの鬼武者鬼幡氏は、安中氏相当の存在なのだろう。
長野業正率いる箕輪長野氏の従属勢力である箕輪党は、婚姻政策によって血族関係が張り巡らされていたと思われるが、初期配置モブ豪族については、ゲーム内でもそこまでは反映されていなかった。
であれば、ゲーム開始時に食い合いが起こってもおかしくはない……のか? いずれにせよ、大勢力に吸収されるか踏み潰されるかの存在で、プレイもできない勢力なので、気にしたことはなかった。
この地から西に進めば碓氷峠、軽井沢がある。峠を越えれば、そこは戦国最強軍団との呼び声高い武田家の勢力圏だった。
史実通りに推移すれば、いずれ武田信玄が攻めてくる。長野業正が現時点で北条方であるなら、上杉謙信……、いや、まだ長尾景虎か、の関東侵攻以降の話となるはずだ。そして、業正の存命中は凌ぎ切り、死後に武田の侵入を許すのだった。
この世界が「戦国統一オンライン・極」に準拠しているなら、史実がある程度トレースされそうだが、ゲームでは戦闘結果を史実通りとする補正までは行われない。そのため、プレイヤーの介入がなくてもいずれ史実とずれていくことになる。
仮に現状が開始状態であれば、しばらくは史実通りの動きとなるだろう。
ここ上州……、のちの群馬県は、近隣の下野、武蔵、下総辺り……、栃木、埼玉、東京、千葉辺りまで含めて、北条、上杉、武田が抗争する場所となる。
戦国時代に戦さが頻発したのは、飢饉や人口増加による食糧不足からの、米の奪い合いの意味合いが強かったとされている。奪い合いが多発すれば、そのドミノは日本中に広がり、いつの間にか戦わなければ生きられない、戦いこそが正義という状態になっていったのだろう。
さらには、新進の土豪や旧家も含めて婚姻が盛んで、養子縁組も多いので、違う家であっても実際は血族だという場合が多い。本来は、味方を増やすための策なのだろうが、それが親族特有のねちっこい争いを誘発してきた面もありそうだ。どこかじゃれ合いめいた、手加減しつつの戦さも多く見られていた。
大名のうちでもいわゆる守護大名は、城持ちの国人衆、村を拠点とする土豪らが共同で奉じる連合政権的な意味合いが強い。そんな守護大名がやがて戦国大名として発展したり、そもそも最初から戦国大名として生まれたりして、戦国の世は収束に向かっていく。
織田信長の美濃……、岐阜制圧が1567年、今から8年後の永禄十年で、そこから天下布武がスタートするわけだから、まだしばらく先の話となる。
どうしてかは不明だが、こうして出現したからには、できるだけこの地に平和な状態を作りたい。そして、この西上野を足掛かりにできれば……。武田の脅威はあるにしても、生き残って一段上に到達する可能性はゼロではなかった。
そう、この二人となら……。
未来に思いを馳せながらも、どうせならどこかの大名家の世継に、記憶だけ残して転生したかったな、なんて考えも脳裏に過ぎった。この地の常識と譜代の家臣からの信頼を兼ね備えた状態で、元時代の知識が加われば、難易度はだいぶ変わってくる。
ただ、言葉や常識がある程度通じる世界だったのは、僥倖だと言えそうだ。少なくともそのあたりは、ゲーム的な状態なのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はこの世界で初めて眠りに落ちた。夢なら覚めてもらってかまわないのだが。
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