【DAY・1】その四
【DAY・1】その四
敗残の堂山家の二十人ほどの臣下には、▽持ちこそ二人がいたが、ステータスはどちらも残念な感じだった。
俺は▽無しから、斬り込みをかける姫に従いたい者を募って、配属する。それ以外は、二人の▽持ちに割り振って指揮を任せた。家中での立場がどうのと口にする者もいたが、姫君が決死の抵抗を決意したのだから、邪魔はするなと言い放つと、黙ってしまった。
英五郎どんら村人たちも、あてもなく逃げるよりかはと、半分ほどが参加を表明した。残る半分は、女子供を連れて城を離れて、推移を見守ることになりそうだ。
全体の指揮は、行きがかり上から俺が務めることになった。先程の戦勝の立役者となった農兵の槍部隊は貴重な戦力なので、そことの関係性も考えると受け入れざるを得なかった。
そして、撫で斬りにあった見坂村出身で、城で小者をしていた兄弟も参戦を表明した。狂おしい目をしているのはやや心配だったので、指示に従うようにきつく言い含めた。
城門の内側右手に槍隊を並べ、逆側に堂山勢を配置した。
既に陽は傾き始めている。だが、攻め手としてはやり返された状態のままで日を跨ぎたくはないだろう。その読みは外れず、軍勢が押し寄せてきた。
俺は、澪と二人で城門脇の櫓に身を潜めている。総勢は、五百くらいだろうか。一方のこちらは、総勢でも百をわずかに超える程度である。
先頭集団の赤い▽印に、一際高い能力値の武将がいた。その名は、
統率:E 軍事:B 智謀:F 内政:F 外交:E
称号:鬼武者
スキル:<撫で斬り>、<斬撃(中)>
軍事は高いが、他はさほどでもない。これならば、どうにかなるだろうか。そして、スキルの<撫で斬り>が一際目を引く。どうやら、こいつが見坂村の惨事の元凶であるようだ。
城門は開け放しているのだが、それだけに警戒されているのか遠巻きに様子を見ているようだ。俺は梯子で降りて、蜜柑姫の許に駆け寄った。
「敵の数は五百程度。統率は微妙そうだ。主将さえ討ち取れば、勝機はあるだろう。鬼幡高成という当主が来てるが、斬れるか?」
「強敵じゃが、やってみよう」
この勢力の切り札となる武家の少女は、いい笑顔で応じてきた。ちょっとドキッとしてしまう凛々しさである。どうやら、完全に吹っ切れたらしい。
櫓に戻ると、物見らしい兵が城門から顔を覗かせ、すぐに戻っていく。その視界には、こちらの兵の姿はなかったはずだ。
そして、左側に控えていた一群が動き出した。急ぐでもなく、徒歩で動いてくる。この場合は、駆けてきてくれた方がやりやすかったかもしれない。
澪の弓が、その隊の主将らしき人物に向けられる。仕留めきれなかったら蜜柑姫が強襲し、討ち果たしたらすぐに退く、というのが基本方針だった。
槍部隊は、英五郎どんの指揮で、討てそうな人数が入り込んだ時点で仕掛けることになっている。堂山勢には、乱戦要員としての役割を期待している。
先遣隊の主将が門を通り過ぎるのと、英五郎どんが仕掛けるのがほぼ同時だった。
幾人かが槍に打ち倒され、主将の首を澪の矢が刺し貫いた。今回はほぼ即死状態であるため、蜜柑姫の投入はない。
そのまま、俺が指定する▽持ちを澪が弓で仕留めていく。混乱した敵勢が退去しようとするが、鬼幡某のものらしい怒号の一吠えによって、再び突入を目指す。
雑然とした突入を、槍と矢が出迎える。それだけでだいぶ腰が引けているところに、堂山勢が斬りかかった。
攻め方の歩兵の主力は、おそらく村から徴用された者達なのだろう。乱取りやらの余録はあるとしても、積極的に戦さに参加したい者ばかりではあるまい。死兵にはせずに、追い出したいところである。澪が最後の▽持ちに矢を放ったところで、俺は蜜柑姫に突入指示の声を発した。
▽持ちが既に絶命していたため、化け物級の剣技持ちが、周辺にいた兵を薙ぎ払う。その動きが、敵兵に恐怖を与えたのだろう。どうやら、追い出しに成功した。
後方からは次の隊が突入を試みるが、逃げてくる雑兵と混ざって混乱が生じた。好機なので、俺は澪に城外にいる複数の▽持ちを狙わせた。
業を煮やしたという感じで、中央の主将の隊が進んできた。味方を蹴散らす勢いで、実際に斬られている者達もいた。
澪の弓でも、主将は単独では討ち果たせないかもしれない。そう考えた俺は、周囲の▽持ちを減らしていくことを目指し、指示を重ねていく。
陽は陰りつつあり、弓の出どころははっきりとはわかっていないようでもあった。混乱の影響の方が大きかったかもしれないが。
敵の主力が、味方の敗兵を巻き込みながら城門に達した頃には、めぼしい▽持ちは討ち倒していた。だが、鬼幡某に退く様子はない。現状でもなお押し潰せると考えているのだろうか。確かに、それだけの人数差はある。
蜜柑姫が、ちらちらとこちらを見ている。逸る気持ちを隠すつもりもないようだ。
確かに、鬼幡を討ち果たす以外に、こちらに勝ち目はない。澪の矢が敵の主将に向けられ、俺が頷きを投げると、待ち望んでいたように蜜柑姫が突っ込んでいく。
そこで、戦場の空気がやや緩んだ。どちらも、主将同士の戦いに決着が託された理解したのだろう。
だが、そんな作法に従っていられる状態でもない。残る▽持ちを伝達された狩人の少女は、ためらう様子なく得物に向けて矢を放っていく。
剛剣を振るいつつ、舞うような動きを見せる蜜柑姫は美しい。彼我の力量差は、俺が見ても明らかだった。たまらず鬼幡が後ろを見せたところで、櫓から放たれた澪の矢が敵主将の首を貫いた。そして、姫武者の渾身の一撃が背中を襲う。
撫で斬り当主の身体が地に倒れ、姫君が咆哮を発した。その声に追い散らされるように、雑兵らは我先にと逃げていった。
「これで勝ちなの? 追撃は?」
「押し戻すのが精一杯さ。今日のところは、ここまでだ」
澪の問いに応じた俺は、櫓の狭い床にへたり込んだ。
「なあ、護邦よ。わたしらは、今後どうすればよいじゃろうか」
俺と澪は、なぜか屋敷の広間で蜜柑姫に詰め寄られていた。
「さあなあ。攻めてきたとこを攻略して、領地を広げていくとか、か」
「いや、それ以前に、堂山の家をどうしようかと」
「蜜柑姫が当主になればいいんじゃないのか。まあ、政治は苦手そうだから、婿でも迎えればいいだろう」
突き放したつもりはないのだが、姫君はどこか傷ついたような表情になった。
「護邦は、どこかに行っちゃうのか?」
「ここに留まる理由はないからな」
だって、明らかな泥舟じゃないか、とは口には出さなかった。
「なら、どこに行って、何をするのじゃ。もちろん、今日のお礼に路銀くらいは用意するぞ」
「それは助かる。……今は戦国時代なんだよな。どこかの大名に仕官して、天下統一を手助けして、多くの人が安全に落ち着いて暮らせる世界を目指す、かな。できるかどうかは、わからないが」
さすがに、素性の知れぬ身でどこかの勢力の養子になって勢力を継承、なんてのは虫がよすぎるだろう。
「わたしも連れて行ってくれないか」
「ここの人たちはどうする。領民は領主の持ち物なんだろう? 持ってはいけないぞ」
意味ありげに澪に視線を向けた姫君は、こちらに向き直ると、思い切った表情で口を開いた。
「なら、ここで、わたしと一緒に天下を目指してくれないか。当主の座は渡すから」
……いや、モブ豪族から天下統一とか、無理ゲーもいいところだ。……今はいったい何年なんだ。
俺は、今年が何年かと、ここがどこかを訊ねてみた。防戦に必死になっていて、確認が後回しになってしまっていた。
「今年は永禄二年じゃな。ここは、上野国の西、国峯城じゃ」
「……ってことは、箕輪衆?」
「ああ。この辺りを仕切っておられるのは、箕輪城の長野殿じゃ」
長野業正か……。
「厩橋城の城主は誰だ」
「そちらも長野一族じゃぞ、確か。箕輪長野氏とは別の家のはずじゃが」
「上杉でも、北条でもないのか?」
「……上杉とは、かつて関東管領を世襲していた山内上杉家か? 憲政殿なら、長尾景虎殿を頼って越後に退去しておられるぞ」
関東管領が世襲職だったのは、過去の話との認識のようだ。
「そうか……。厩橋長野氏は、北条に従っているんだよな。箕輪勢は、北条に抵抗してるのか?」
「いや、我ら箕輪衆は北条方じゃぞ。関東の西方は、北条が席巻している。抵抗なんかしてたら、蹂躙されていたじゃろう」
まあ、そりゃそうか。軍記物などでは、箕輪長野氏は関東管領の上杉家に忠節を尽くして、北条家に抵抗していたとされているが、この世界ではそうではないようだ。こちらの方が自然ではあるが。
永禄は1558年から。なら、今年は1559年になる。桶狭間が永禄三年、1560年だから、その前年。そして……。
「攻めてきた鬼幡ってのは、安中城か、松井田城の城主か?」
「ああ。その二つの城を治めていたのが、あの鬼幡じゃ」
であれば、それらを手中に収めて、箕輪長野氏の下につければ、あるいは……。
なにしろ、攻めてきたのは向こうだからな。反撃して城を奪っても、文句はあるまい。この世界が、どこまでゲーム的なのかはわからないが。
堂山家唯一の生き残りは、心細そうにこちらを見ている。
「受けてくれるのか?」
じっと見つめられると、その瞳に吸い込まれるような感覚に襲われる。
どこかに仕官と言っても、雑兵からの成り上がりは難しい。いっそ商人ルートもありうるが、簡単ではないだろう。勢力の長として始められるのは、幸運なのかも。
……いや、認めよう。俺はどうやら、理由をこじつけて自分を納得させようとしているようだ。
「話を受けよう」
「おお、そうか。ならば、すぐに祝言を挙げよう。体制を固める必要があるのじゃ」
「名乗りは、堂山にするのか」
「いや、新田がいいな。義貞公は、尊敬している」
「あー、その話が途中になっていたな。俺は、新田氏だが、義貞公とは別系統なんだ。もちろん、源氏でもない。「新田」と書いて、「しんでん」と読んでいたのが、変化して「にった」読みになった家でな」
「ほほう」
蜜柑姫は、いまいち理解していない様子である。まあ、本来なら新田姓を名乗るのは正気の沙汰とは言えないだろう。
この時代は足利家が開いた室町幕府の治世の末期で、新田義貞、楠木正成は初代将軍の仇敵として認識されていそうだ。実際、南北朝の争乱の中で新田の嫡流は途絶えている。
関東で新田氏と称しているのは岩松氏と、その岩松氏の家臣だったのに下剋上した、後に由良氏を名乗る横瀬氏くらいか。
岩松氏は、父系で言えば足利氏なのだけれど、家祖が父親に義絶され、母だった新田の方の一族だと称した、ややめずらしい家となっている。特に南北朝の争乱の中で、足利と新田のいいとこどり、というお得状態でもあったようだ。
横瀬氏は、小野篁の子孫でもあるらしい。確か、途中の当主に新田の血筋が入ったとかなんとかいう話だったような。眉唾な話だが、そこらはもう名乗ったもん勝ちなんだろう。
新田義貞からの嫡流は途絶えているため、現状では新田姓を名乗る家はないと思われる。岩松氏は、確か幕府から新田の嫡流扱いされていたんだったか。
一方で、新田の庶流としては、関東では安房の里見氏がいる。他では、山名氏や大館氏もそうだったか、
いずれにしても、新田姓を名乗るのは、やや危険な香りが漂う。ただ、だからといって、自分を偽るというのも……。
まあ、足利との絡みだけを考えれば、史実ではやがて義輝が暗殺され、義昭が織田信長に絡む程度だから、気にすることもないのかもしれない。いや、古河公方もいるか……。
さらには、護邦という名の方にも、関東においてはやや支障がある。個人的には、クラシカルで気に入っているのだが。
そちらについても、話をしておいた方がいいだろう。
「それとな、護邦という名は父が付けてくれた名前なんだが、やや微妙なんだ」
「微妙? よい名ではないか」
「鎌倉幕府の最後の将軍を知っているか?」
「源実朝殿じゃろう? 公暁殿に殺められた……」
「それは、源氏の将軍の最後だな。その後は?」
「執権の北条氏が実権を握ったのじゃったか」
「よく知ってるな。その時の将軍は知ってるかな」
「あ……、宮様が将軍として来ていたんじゃったか」
「そう、その宮将軍の最後、鎌倉幕府滅亡時の将軍が、漢字は違うが、守邦親王だったんだ」
「攻め寄せたのは……」
「そう、新田義貞だな」
その事情を知る者からは、シニカルな偽名だと受け取られるかもしれない。
「俺の姓名は、天地神明に誓って偽りではない、祖父の代から受け継いだ姓と、親が付けてくれた名だ。だが、偽名を使う山師だと見做す者もいるかもしれん」
「わかった。偽りでも別によいのじゃが、護邦がそう言うなら、わたしは信じるのじゃ。言いたい奴には、言わせておけばよいではないか」
「……頼もしいな」
ふひひと笑うさまは、なんとも可愛らしい。
「では、祝言を挙げるぞ。よいな?」
「いや、その前にするべきことがある」
「夜襲の警戒なら、人手を出しているが」
「もっと大切なことだ」
目的を告げると、蜜柑姫は大きく頷いた。
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