【DAY・1】その三


【DAY・1】その三


 澪と俺も加わった討議で、英五郎どんが女子供を連れて城に退避し、茂吉どんと鹿太郎どんが住民の男衆を率いて抵抗すると決した。


 ふと気づくと、猟師の娘、澪の上に白い▽印が現れている。


「澪……、君も戦うつもりのか? 本来はこの村の人間じゃないだろうに」


「放ってはおけないもの」


 静かな口調からは、逆に覚悟のほどが伝わってくる。やる気になったために、仕官が可能な浪人状態に移行したのか。


 狩人の少女のステータスは、なかなかに目を引くものだった。




統率:D+ 軍事:C+ 智謀:D 内政:F 外交:F


称号:弓聖


スキル:<強弓>、<連射>、<狙撃>、<刺突>、<弓兵指揮>、<獣畜解体>、<調理>




 ステータスだけでも堂山某より格段に上で、有力大名家でもなければ主力武将扱いできそうな値となっている。ただ、それよりもスキルが凄まじい。個人としても見事な構成だが、弓兵隊を組織させればすごい戦力になりそうだ。残念ながら、住民へ渡せる余分な弓は手元になかったが。


 村の武器としては、刀が何本かと具足が少々確保された。徴兵される場合があるため、多少の武具は用意されているようだ。色々と口出しをしていたら指揮を執れとの話になったので、一本預からせてもらった。


 また、この地は槍の産地だそうで、作りかけの槍が豊富にあった。穂と呼ばれる先端の刀身部分はないが、それでも殺傷能力はありそうだ。


 作戦といっても、綿密な動きができる状態ではない。茂吉どん、鹿太郎どんが組織した男衆で、坂上で藁束に隠れて待ち伏せするのが一段目。澪による精密射撃で敵将を狙撃というのが、用意した二段目となる。三段目に入れるかどうかは、ちょっと微妙なところだった。


 しばらくして偵察から戻ってきた澪によれば、押し寄せてきたのは百五十人ほど。城攻めの軍勢なのか、それともこの上坂村を撫で斬りしようというのか。ただ、どちらであってもこちらの対応は変わらない。


 血塗れの状態でなにやら笑い合いながらやってきている時点で、俺はもちろん、村人たちの戦意も高まっていた。一気に寄せるでもなく、ばらばらに坂を上がってくる。槍の攻撃範囲に入るまで、俺は逸る槍兵隊を抑え続けた。


 先頭の三人が槍で殴打されて坂を転げ落ちたところで、澪が藁束に隠れる形で構える。既に標的については俺から伝達済みで、立て続けに二人の隊長級が矢を受けて倒れた。


 そして、状況のつかめぬままに抜刀して駆け寄ってきた数人が、槍での攻撃で転げ落ちていく。その頃には、変事を察した多くが駆け寄ってきた。戦い慣れた者達なのだろう。


 槍隊が押し返そうと努めているが、こちらは明らかに戦いに慣れていない。隙を衝かれて突破されそうな局面が幾度か生じたが、そのたびに澪の弓が唸りを発してくれた。


 回り込もうとした一隊を撃退したところで、英五郎どんが戻ってきた。


「戻ったぞ。第三段を爺婆さま方に仕掛けさせてよいかのう?」


「ちょうど頃合いだ。頼む」


 足腰の関係で逃走を諦めた爺様、婆様たちには、村で鍋の油を加熱して、可燃物をかき集めるようにと頼んでいた。戻ってきた英五郎どんが、彼らを束ねて連れてきてくれているらしい。


 と、そこで無印のはずなのに動きのいい敵方の若武者が、槍をかいくぐって突進してきた。動きが明らかに周囲と異なる。


 突入を許して、爺婆様方が追い散らされては勝機が消え去る。澪が放った矢が叩き切られたタイミングで、俺は斬撃を浴びせた。


 間近で接してみると、十五である俺と同じ年代か、やや若いくらいだというのがはっきりと分かる。元服前の、ゲームでは登場時に乱数で能力が決まる、世継武将なのだろうか。


 嫌な手応えがあったのだが、一撃で倒れてはくれなかった。振りかぶらずの一閃が俺に近づいたところで、矢がその若武者の首を刺し貫いた。また、澪に命を救われたわけだ。


「さあ、者ども、押し戻せっ。英五郎どん、鍋に藁やら火種やら入れて投げつけてくれ」


 若武者が討たれて意気消沈と激昂とが相半ばする坂の途中の敵勢に対して、再び活性化した槍隊が仕掛けていく。その頭上を、うおー、という叫びとともに、鍋が越えていった。


 熱された油を浴びた兵から、絶叫が上がる。そして、その兵が激しく燃え上がった。


 時を置かずに、防柵代わりにしていた藁束が蹴り落とされ、集められた布切れなども放り込まれる。第二、第三の鍋も宙を飛んで、斜面に火が広がった。


 槍で突いたためもあって、火達磨になった兵たちが転げ落ちていった。澪の剛弓によって、最後の▽持ちの息の根が止められ、ひとまずの撃退は完了した。




 敵がこれだけとは思えないし、全員に致命傷を与えられたわけではない。時間は稼げただろうが、態勢を建て直されたら終わりである。殊勲甲の爺婆様も連れて、急いで城へと向かう。


 一時間程度の道程で到達した城は、防備もほとんど行われていない状態だった。そのまま入城すると、落ち延びてきたらしい兵士達はいるが、あきらめムードが漂っている。


 責任者と話をしたいと申し入れても、彼らは顔を見合わせるのみだった。


 やむなく、中心部の屋敷状の一角に踏み込むと、そこには白装束で身を包んだ長髪の娘の姿があった。頭上には、橙色の▽印が浮かんでいる。「戦国統一・極」では、オレンジは武家勢力の妻女らの縁者だったか。ステータスは確認できなかったが、「豪族堂山氏の娘」との表記は見えた。


「城主の縁者であるなら、防備を固めたらどうだ。この先の村でいったんは寄せ手を退けたが、農民に撃退されて撤退するとは思えないぞ」


「……父は戦死した。わたしは、城を枕に討ち死にしようと考えておったところじゃ」


「なら、準備をしてくれよ。その間に避難してきた領民を逃すから」


「じゃが……、母は弟を殺して、自死したのじゃ。わたしを残して」


 家族をいっぺんに失ったわけか。それは、つらいだろうけれども。


「なら、降伏するのか?」


「いや、自死しようかと……」


「頼ってきた領民がいるのに、勝手に死ぬな。領主だと言うなら、彼らを生き延びさせるために命を使え」


 少し拗ねたような表情を、姫君が見せる。


「領民は、領主のものじゃ。そのために戦うなど……」


「持ち物だというなら、慈しめ。相手は、村人を撫で斬りにする連中なんだぞ。皆殺しにするのを許すなら、お前も同罪だ」


 俺の断言に、さすがに美麗な顔立ちが曇った。俺は、意識して声の調子を柔らかに切り替える。


「あんたがつらいのはわかる。だが、せめて、領主を頼ってきた村人たちが落ち延びる時間を稼ぎたい。あんたが命じれば、兵は動くだろう?」


「……わかった。戦おう。どうせ死ぬのなら、なにかを為してからの方がよいな」


 目の前で人の覚悟が固まる様を、俺は初めて目にしていた。そして、姫様のカーソルが赤に染まる。


 ステータス欄を覗くと、堂山蜜柑という名が表示されていた。




統率:B 軍事:A 智謀:F 内政:F 外交:F+


称号:姫武者


スキル:<斬撃(強)>、<渾身>、<見切り>、<強運>




 ……化け物級である。いや、織田や武田なら複数人いてもおかしくないが、おそらくモブ豪族であるこの家では、至宝的な存在だろう。あのまま、当主の娘状態で戦っていても、修羅の動きを見せていたのかもしれない。


「おい、お主。そこまで言うからには、名を教えるのじゃ」


「失礼した。俺の名は、新田護邦。通りかかった村が襲撃されたので、成り行きで一緒に行動している」


「新田とは……、あの義貞公の?」


「いや、違う新田だ。源氏じゃない。……その話はまたでいいだろ?」


 またの機会があるかどうかはわからないが、蜜柑姫の能力を持ってすれば、活路が開けるかもしれない。


「澪、引き続き頼めるか?」


「うん」


 少し離れたところで姫と俺との対話を聞いていた狩人の少女は、あっさりと頷いた。


「では、作戦だ。蜜柑姫は、俺が声をかけたら、この子が放つ矢が向かった武者を優先して倒してくれ。それが、敵の隊長級だ」


「承知したのじゃ。……捕まったら、その娘の弓で殺してもらってよいか?」


「わかった。一撃で殺してあげる」


「感謝なのじゃ」


 姫君は朗らかな笑みを浮かべた。


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