レイヤー:1 「彼」へ

 その後、部屋の中。近くにある森林の中。

 何度も電話で連絡をしたが、反応は無し。


「……となると、警察に捜索願を出すか。えっと、どうやってやるんだけか」


 スマホのキーボードで『警察 行方不明者』という所で手が止まる。

 心が止めた。

 こういう感じなのか、と頭の中で思った。

 今まで身近に放浪癖がある人も、行方不明の人なんて出ない環境だったからか喪失感がいっそう強く感じる。


 なんのために来たのか、ここまで来た意味とは。

 それに、この絵の意味は何なのか。

 

(……折れ目、出来てないよな?)


 利き手じゃない方で持っていたそれに、目線を下ろす。

 たった1枚の絵ハガキ。自分が描いたと言えば多少高い金額で売買されるかもしれない。

 けど、はさせないしやる気も無い。

 谷川たにかわれい杉村すぎむらあきが出会ったきっかけ。そして、その二人が親友である証拠。


「そういや、まだ村の人に聞いて無かったな……せみ、五月蠅いな」


 焦りまくっていたのか、落ち着いた今の自分には綺麗に耳に入って来る蝉の鳴き声。

 忘れてはいけないが、今は7月の中旬。小中学生でいう夏休みの時期だ。

 

 一旦汗を拭いて、ようやく今の自分が理解出来て来た。

 全身は汗まみれで、所々にかすり傷が出来ていた。森林とかで切ったのだろう。

 空を見ると綺麗な青空と雲。に刺されてないだけマシだろうか。


 思い出したように呟くと、住宅がある方に足を運んだ。

 とにかくまともな思考が回らない。焦りと緊張が一気に来るだけで人はここまで壊れる。とりあえず、低い土地にある畑に向かうことにした谷川たにかわ





「すみません、杉村すぎむら……さん見ませんでしたか?」

「ふぇ? なんだって? 菅原すがわらさんかい?」

杉村すぎむらです。すーぎーむーらー」

「おぉそうじゃった。いやー、歳は取りたくは無いのう」


 そう笑いながら答えていたのは、しわくちゃの顔に麦わら帽子が似合う和田倉わたぐらさん。因みに結婚はしている。

 杉村すぎむらさんがよく畑仕事の手伝いをしていた、というのと家を紹介してくれた人だ。

 この人なら何か知っているはず、もしも伝言でもあったらこの人に言っているだろう。

 谷川たにかわはそう信じて質問した。

 ……伝言なんて10数年の中で、1度も使うことは無かったが。


「それで、杉村すぎむらさんがどうしたんじゃ? 忘れ物でも取りに行ったのか?」

「それが、家に行ってもいなくて。近くも探してみたんですが、それでも見つからなくて……何か知ってると思ったんですが」

「いない? そんなはずは無いんじゃがのう








  …………確か、最後に見たのは1週間前じゃったかのう?」


「い、1週間前?!」


 欲しい返答は貰えた。だが1週間は長すぎる。

 捜索届が受理されるのはいつからだっただろうか。谷川たにかわは再度ズボンのポケットから、スマホを取り出した。しかし、表示されたのはシャットダウンの7文字。

 充電切れ。持って来たモバイルバッテリーも、杉村すぎむらの家の中だ。


 最悪だ、強く後悔するように重く呟く。

 普段と比べてここまで暗くなっては、たまにしか合わない関係でも心配になる。

 それどころは、初めましての人でも心配だと感じてしまう程の顔になっていることを、谷川たにかわはまだ気付かない。


「……ありがとう。なぁ、近くの警察署ってどこだ? 教えてくれ!」

「警察署はこの道を真っ直ぐ行った先にある、分かれ道を左に行けばすぐじゃ」


 和田倉わたぐらはまっすぐ一本道の先を指さす。

 この辺りは田畑が多く、都会と比べて分かれ道がそんなにある訳じゃない。

 ただ、都会と比べて道が長く感じるだけに過ぎない。


「ありがとう。それじゃ

「待て!!」


 和田倉わたぐらから、ドスの効いた低い声が放たれる。

 子供が親に怒られる時の恐怖心、波動のようなものを肌でびりりっと感じる。

 

 どうして、速く行かせろ。もはや他の人を気にしてられなくなった谷川たにかわ

 杉村との待ち合わせの時間から、どれぐらい過ぎたのだろうか。

 時間が今すぐ調べられない田舎は、こういう時田舎だなぁと感じる。(まぁ都会もそこまで直ぐに時間を調べられる訳では無いが)


「な、なんですか? 別に、俺の足を止める理由なんて無いでしょうし」

「………………まぁ待て。ここから向かうのか構わんが、杉村すぎむらさんの家に帰る頃には暗くなるはずじゃ。、今日はもう他の人に聞くだけにしなさい」

「べ、別に夜ぐらいで」

「お主、わし以外の誰かから聞いたのかね?」

「っ?!」


 核心を突くような質問だった。

 確かに、最後に見たのが1週間というのが現状ある情報だ。

 他にも調べてみたら、案外昨日病院行ったなんてあるかもしれない。そもそも1週間ぶりに会う人関係とか、何だか田舎あるあるのようにも聞こえる。


(そもそも、杉村すぎむら自体が仕事上インドアみたいなタイプだからな。うっかり1週間出てないなんてこともある……よな?)


 谷川たにがわの頭の中では、嫌な予感がぐるぐると渦巻いていた。

 まさか倒れていないだろうか。過度の集中で栄養失調を起こした、なんて事件をちょっと前に仕事場で聞いてしまった故か、背筋がぞわっと震えた。


「え……まさか、どこかでぶっ倒れた! 杉村、アイツまさか……」

「お主、今日はやたら被害妄想してるのう。ひょっとして年に1度来るのは、その中毒症状を収めるためとか言わないかのう」

「だまらっしゃい」


 


 その後も色々な人に聞いて見た。が、3日目以前の目撃情報が無い。

 つまり行方不明になってからそんなに日が経ってないらしいいが……親友の谷川たにかわだけは異常なレベルで心配症状になっていた。


「うぅ……杉村すぎむらぁ……どこに行ったんだよ。ひぐ、えっぐ」

「いい大人がしょーもないことで泣いてるんじゃないよ。ほら、今日の分のピーマン、ゴーヤ、ズッキーニに胡瓜きゅうり


 緑が多いなぁ、諦めモードで野菜を見る谷川。

 差し入れてくれたのは最初に道案内をしてくれた亀山かめやまさんだった。畑で仕事をしてきたのか、泥臭さが混じっていた。

 

 もう外は夕焼けにオレンジ色に変わり果てていた。

 それこそ、遊びの時間の終わりを連絡するような。

 もうここまで来ると、絶望しか出てこない谷川たにかわ


 何があったらここまで変わるのだろうか。

 子供の駄々を見てるような疲労感を久々に感じた、心優しき亀山かめやまさん。

 落ち込み過ぎる余り、玄関で体操座りをしている谷川たにかわを同じ目線になるように一旦しゃがむ。


「ほーら、これで元気出しなさいよ。また明日、探せばいいだけだし」

「明日……え、でもまだ時間がありますよ?」

「何を言ってるんだい? 夜はきつねさまの時間だから、家にいなくちゃいけないよ」


 ぴくっ、と現実逃避をしていた谷川たにかわの体が揺れる。

 まただ、今日はよく聞く言葉。きつねさまとは一体どういうことなんだ?

 この土地に伝わる神話……みたいなのだろうけど、長く住んでない谷川たにかわにはピント来ない話だった。


「な、なぁ……一つ聞いていいか?」


 谷川たにかわは顔を半分だけ出して、恐る恐る右手を上げる。


「その、きつねさまがいる夜に出るとどうなるんだ?」

「そりゃ、背の景色はいのけしきに連れていかれるってことさ。きつねさまだけがいる、この世とはまた違う次元だよ」

「えっ……」


 どれもこれも初めて聞く話だ。

 杉村すぎむらからそんな話は聞いたことが無い。なんなら、夜に外出禁止ということも。


 それよりも、だ。


 背の景色はいのけしきという言葉が、どうにも引っかかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る