第5話 アイルの恋人
清掃担当のアイルは、店の外の掃除と、閉店後の店内の掃除の他に、営業中には空いたテーブルを拭くという作業も担った。いつも明るいアイルは、にこやかにテーブルを拭き、そこへやってきたお客にも、
「いらっしゃいませー!」
と、とびきりの笑顔を向けた。
そんなアイルの笑顔に、つられて笑顔になってしまう客は多い。仕事に疲れていても、アイルの笑顔で癒やされたという会話もしょっちゅう聞かれた。そんな癒やされているお客の中に、一人の軍人がいた。名をバースと言った。歳は19で、アイルよりも3つ年下だが、開拓軍人らしく、体が大きくて筋骨隆々だった。
バースは毎日毎日、穴が開くほどアイルを見つめた。けれども、なかなか話しかける事が出来ない。何とか声を掛けられたかと思うと、
「あ、あの、アイルさん、俺・・・。」
「はい?」
「・・・・水、ください。」
「はい、ただ今お持ちしまーす。」
こんな会話しか出来なかった。
バースは思い詰めた。何日も何日も迷った挙げ句、デートに誘ってみようと決心した。ろくに話しかけられないくせに、飛躍し過ぎである。
アイルは会計も受け持った。ある時バースが代金を支払いに来て、
「あ、あの。もし良かったら、今度・・・。」
と、言いかけた時、
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております。」
アイルは言葉を遮って笑顔を向けた。バースは出鼻をくじかれ、すっかり意気消沈してしまった。
しょげ返って背中を丸め、店を出たバース。しかし、お釣りをポケットにしまおうとして、ふと手の中を見ると、レシートと一緒に紙切れが1枚握られていた。
「ん?なんだ?」
バースがその紙切れを手に取り、二つに折られていたので広げてみると、そこには文字が書かれていた。
「今夜10時15分 店の外」
そう書かれていた。
「え?あれ?なんで?」
混乱したバース。けれども、これはアイルが自分に渡してくれたものだ。つまり、今夜この時間に会えるという事なのだろう。バースはスキップでもしたい気分だった。
そして夜、10時10分にカフェに来たバース。店の中を覗くと、アイルが掃除をしていた。箒で掃き、雑巾でカウンターや柱を拭いていた。そして、掃除が終わると、エプロンを外して扉から出てきた。
「ハーイ!来てくれたんだね。」
店の外にいたバースに向かって、アイルはそう声を掛けた。そして、通りから外れて、カフェの裏側へ回った。裏側は畑である。夜には誰もいないし真っ暗だ。建物の窓から漏れる明りで、お互いの顔は見えた。
「あの・・・。」
どうして呼び出されたのか分からないバースは、ずっと戸惑いっぱなしだ。
「君、何歳?」
アイルが聞いた。
「19です。」
「ふーん、3つ下かぁ。まあいっか。」
「何が、ですか?」
「恋人が年下でもいいかなって。」
アイルはニッコリ笑う。
「え?え?どういう・・・。」
バースがビックリ眼で問うと、アイルは首をかしげてふふっと笑った。その顔を見たバースは、思わずアイルを抱きしめたのだった。
こうして、二人は恋人同士になったのである。
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