3 狂い始めた何か
マンションのエントランスをくぐり、エレベーターへ。乗り込むと彼女は7階のボタンを押す。僕ら二人を乗せた無機質な箱は静かに上昇していった。
「そういえばまだ君の名前を聞いてなかったね。」
「駒北湊、です。」
「かっこいい名前じゃない。顔と似合っているわ。…私は岡田結衣(おかだ ゆい)っていうのよ。よろしくね。」
二人、目が合い微笑んだ時、ポーン、というちょっと間抜けな到着の音が鳴る。僕らがエレベーターから降りる際、入れ違いで眼鏡をかけた30歳前後の男性がエレベーターに乗っていった。こっちをちらっと見ていたので会釈をしていく。そのまま男性はエレベーターで降りて行った。
「はい、ただいまあ、そしていらっしゃい。」
「お邪魔します…。」
岡田さんの部屋はとても綺麗…というか全体的にこざっぱりとしていて、置いてある家具や物が異様に少なかった。
「…最近ね、断捨離したの。5年付き合っていた彼氏と別れちゃってね…。」
「へえ…。」
そうなんとなく流すと岡田さんはブンブンと頭を振り、こっちに笑顔を見せてお酒飲みましょ!と誘ってきた。
お酒を飲みながら話していて分かった事がある。岡田さんは、発見当時はかなり態度も身なりも乱れていたが、お酒の飲み方もツマミの食べ方も綺麗な事。愛情に飢えていて、ここんとこ何日か大衆居酒屋に夜転がり込んではそこで出会った男性に抱かれまくっていた事、どちらかと言えばポニーテールより髪は下ろしていた方が落ち着く派な事。…鎖骨にホクロがある事。ただ、総じて言えることは、僕なんかより精神的にも経験数的にも僕よりは断然大人であることだ。
「ねね、駒北君ってさ、彼女いるの?」
不意打ち過ぎる質問に思わず飲んでいたハイボールを吹きそうになる。
「まあ、いるっちゃいるけど同棲もしてないですし遠距離恋愛なもので…。」
すると岡田さんは、ふーんと言ってこっちを見つめて来た。
「遠距離恋愛かぁ…。会えるのは1カ月に1回とか?」
「お互い忙しいと2カ月に1回なんですよね…。」
「寂しいよねえそれ…。やっぱ恋人とはできるだけ一緒に居たいものじゃない?」
どうしようもないことなので…とため息をついてしょげる僕の頭を岡田さんは撫でてくれた。無意識、自然にしてきた仕草なのか心から慰めようとしてくれた事なのか僕には分からない。でもその手には言いようがない温もりと優しさがあった。
「男は、浮気する生き物。」
突如彼女が発した言葉にギョッとする。
「…彼氏ね、浮気しててね?」
「はい。」
「…問い詰めても反省の色が無いどころか、開き直ってそう言ったのよ。」
ひでぇなぁ…。と呟きながらちょびちょびハイボールを飲む僕を見て彼女は微笑した。
「でも、実際そうじゃない?世間に溢れる芸能人のスキャンダル沙汰とか悪い浮気話って大体男が原因じゃん。だからね、決めたの。」
「…何を…?」
「世界中の男を食ってやろー!ってね。」
そう元気に拳を振り上げる彼女の瞳には、水滴が溜まっていた。
乱愛 万事屋 霧崎静火 @yorozuyakirisaki
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