まな板の上で踊る

買い物が終わり家に帰ると、時刻は午後6時を過ぎていた。

「もうこんな時間か。出前でも頼むか?」

「だめだよそんな健康に悪いのは。ちょっと待ってて!」

そう言って、小夏はキッチンへと向かった。冷蔵庫には何もないはずなのに、冷蔵庫を覗き、何かを取り出すと、心地よい「トントン」といった包丁の音が響いた。

その音に釣られ、自然とキッチンへ足が向かった。

「なに作ってんだ?」

「んー?豚しゃぶだよー」

といいながら、キャベツを切っていた。

「サラダも作るのか?」

「そうだけど、なにか食べれない野菜とかあるの?」

「トマト…」

その言葉を聞いた瞬間、小夏は水を得た魚のように「おこちゃまでしゅねー」と煽ってきたので、切り終えてあった千切りキャベツを小夏の口に詰め込んでやった。

「ほっほはひふんほほ!」※ちょっと何すんのよ!と言っている。

「なんかムカついたから。」

「ふふぁふぇんふぁ!」※ふざけんな!と言っている。

と言いながら、けつにいいキックをくらったので、大人しくソファに座っておくことにした。

なんかこう見ると、彼女ができたみたいだな。

いやいや何考えてんだ俺。あくまでこいつの宿として貸す代わりに食事を作ってくれているだけだろ。何勘違いしてんだ…

「何してんの?」

「え、あ、いろいろと考え事を…」

「そう。これ持ってってくれる?」

そういって彼女はきれいに盛り付けられたサラダを手渡してきた。そのサラダを少し俯きながら受け取った。自分の思考を読まれないように…

「ねぇ」

不意に背中に声を掛けられ少しビックっとなりながら「な、なんだよ」とできるだけ冷静を装うようにゆっくり振り向くと

「まさか、私が彼女だったらーとか考えてんじゃないでしょうね?」

「そ、そんなことないよ。」

「目は口ほどに物を言うって本当だったんだね。」

言葉では誤魔化せても顔は無理だったようだ。でもわかってる。俺の望みなんて叶うわけない。こいつはもともとこの世界ワールドの人間じゃない。だから…

「まぁ私もあんな人じゃなくて君なら幸せなのかなって思ったよ。」

「え…」

それって、俺のこと。

「もうできるから座ってて」

そういってそれ以上話してくれなかった。


「いただきます。」

「はい。」

今日の夕飯は「豚しゃぶ」と「味噌汁」「サラダ」という献立で、こんなに健康的な料理を食べたのなんかいつぶりだろうって感じの夕飯で、

「ふふ…」

「なんだよ」と白米をかきこみながら聞くと「なんか自分の料理を子どもに食べてもらう時の気持ちってこんな感じなのかなって思って」と出会ってから一回も見せてこなかったとてもやさしい笑みに思わず心をつかまれそうになる。

恋人はまず胃袋からっていうけどこいつは直接心を奪いに来てるな。


「ごちそう様」

「お粗末様でした。」

なんだかんだあったけどこの生活も悪くないなと思ってしまう自分が少し変わり始めているのをを知るのはまだ先みたいだ。

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パラレルパラソル 日生 千裕 @hinasetihiro

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